第6話 あなたも……

よ。どうせ生きててもろくなことなんて一つもなかったんだから!」

「深広に感謝って、どういうこと?」


 少女は感情の消えた表情になって深広を見た。ガラスのような目には、深広の姿が反射している。でも、彼女は何も見ていない。そんな気がした。

「どうって、分かるでしょ!」

「まさか……」

 息を呑んだ少女に、深広は嘲笑を向ける。


「そう、タバコを入れたのは私。あんたが、私が受けるはずだった推薦の枠を取ったから、仕返しをしたのよ!」


 言い終えて、深広はすっとした。

 あの日、深広はシャワールームに入る歩美を尾行して、持っていたタバコと加熱機を彼女のカバンに入れた。ちょっとした悪戯のつもりだった。でも、その日に限って運悪く自分が吸っていたタバコの吸殻が体育教師に発見されて、手荷物検査になってしまった。それから間もなく、歩美は自殺した。


 歩美の代わりに推薦を受けられたのは嬉しかった。でも、ばつの悪さは常に感じていた。罪悪感を感じなければいけないようなことをしたとは思っていない。歩美が色仕掛けで自分から奪い取った短距離選手としての栄光と、推薦入試の権利を奪い返しただけだ。でも、死なれてしまったのはさすがに後味が悪かった。

「でも、生きていたって、どうせ辛い思いをするだけだったんだから、逆に良かったでしょ?」

 深広は少女の肩を叩いた。自分は悪くない。不幸な出来事は起きたけど、そのおかげで歩美は辛い人生を早めに終えることができたのだから、結果を見れば恩人だと言ってもいいくらいのはずだ。無理のある解釈だと薄々感じながらも、深広は歩美に言い聞かせるふりをして、自分自身をごまかそうとした。


 少女は迷ったように視線を宙に漂わせたが、最後にはこっくりと肯いた。


「そうだよね。生きていたって辛い思いをするだけだから、だったんだよね?」


「うん。でも、ごめんね。私のした意地悪で傷つけちゃったことだけは謝るよ」

「いいよ、別に……」

 深広は自分の罪が消えてゆくのを感じた。歩美が納得してくれたのだから、もう万事が解決だ。今後はばつの悪さを感じなくて済む。長らく背負っていた重たい荷物を降ろしたような爽快感があった。


「でもさ、本当に生きてても辛いだけなんだったら、深広も死んだら?」


 氷のように冷たく響く声だった。心臓に爪を立てられたような感じがした。

「いや、私は……」

 深広は言葉に詰まった。

「タバコ、今は吸ってないって言ったよね? どうして?」

「そんなの、ちょっと禁煙をしようと……」

「健康とか意識してるの? 死んだほうがマシなんでしょ?」

 少女から冷気が立ち昇り、深広を氷漬けにしようとするみたいに迫ってくる。

 殺される! そう直感した。

 深広はベンチを立ち、公園の出口へと走った。

 音もなく、少女が追ってくる。

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