第5話 転落劇
深広の打ち明け話を少女は興味深そうに聞いている。
湿っぽい風が吹いて、地面に捨てた成人雑誌がぱらぱらとめくれる。ゴシップで地位を失った政治家や、スキャンダルが元で干されたアイドルの記事が、投光機の明かりに照らされた。大衆の娯楽。華やかな世界にいた人たちの転落劇だ。そんな記事を横目でちらっと見下ろしてから、深広は、私が一番だったのに、とつぶやいた。
「えっ?」
少女が首をかしげたとき、強めの風が吹いた。
舞い上げられた砂埃が、少女の体をすり抜けて、深広のスーツを汚した。
「推薦で入った子は私の他にもいた。でも、記録は私が一番だった。それなのに、コーチは別の子に目をかけたのよ。骨格がいいとか、フォームがきれいだとか言ってね。顔がいいだけなのに、男のコーチだったから
「私も、骨格がいいとは言われたことがあります」
「そうよ。あなたよ!」
「えっ?」
少女は困惑して、眉間にしわを寄せている。
「あなたのせいなの。私は陸上でやっていくはずだった。でも、あなたのせいで、ちゃんと練習を見てもらえなくなって、成績だってどんどん落ちていって……」
「どういう意味ですか?」
「分からない? 私よ。三枝深広、覚えてるでしょ?」
「深広って、でも、えっ?」
深広の面影を感じ取ったらしくて、少女は目を大きく開いた。分からないという風に体を反らせて、唇をかすかに震わしている。
「あんた気づいてないの?」
「気づくって? 何?」
「あんたはもう死んでるの。あんたが死んでから十年も経ったのよ!」
いら立ち混じりに深広は言い放った。
「推薦が取り消されてしばらくして、そこのマンションから飛び降り自殺したのよ」
「うそ……」
「自分が死んだことぐらい覚えておきなさいよ」
「私が、死んだ?」
「でも、死んで正解だったと思うわ。あんたの推薦が取り消されて、代わりに私が推薦を受けられることになって、あんたが行くはずだった大学に行ったわ。でもね、陸上の世界なんてクソみたいなものよ。体重制限、走りこみ、トレーニング、そんなのをずっと繰り返して。それなりの記録が出ても、ちょっと持てはやされるだけ。結局は他の子と同じに就職して、つまらない仕事をさせられて、そのうちオバサンになるだけよ。楽しかったのは高校まで」
「そうなの?」
思いのほかあっさりと、少女は自分の死を受け入れた。もともと、それとは知らずも、自分の死を感じていたのかもしれない。
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