第4話 非のない所に煙が立つ

「部活の更衣室には鍵付きのロッカーがあるし、教室には常に誰かがいるから。でも、シャワーのときは、脱衣所のカゴに服とか荷物を置いたら、みんなすりガラスの向こう側に行ってシャワーを浴びてるから、脱衣所には人目が無くなるんです」

「そのときに何があったと思うの?」

「カバンに吸いかけのタバコの箱と、使用感のある過熱の機械を入れられたんだと思います」

 少女の目から涙がこぼれた。ひざの上に置いた手は、スカートを強く握り締めている。


「でも、それだけだったら、別に何も問題がなかったんです。後で気づいて処分するだけのはずでした。その日は運が悪くて。体育館の裏にタバコの吸殻が落ちているのが見つかって、急な荷物検査をされました」

「いまどき、先生が生徒の荷物を調べるの?」

「嫌がった子もいたんですけど、化粧品とかアクセサリーとか雑誌とかなら、持っていても目をつぶるからって先生に言われて、みんな仕方なく検査を受け入れたんです。それでも男の先生にカバンの中身を見られたくないって子もいたから、女の先生がしたんですけど……」

「そうしたら、あなたのカバンから、タバコが出てきたの?」

「そうです。私のじゃないって言ったんですけど、吸いかけのタバコの箱と、使われた形跡のある加熱機械を持ってたのは言い逃れの余地がないって言われて」

「怒られたんでしょうね」

「大学の推薦も取り消しになりました。両親にも連絡が行って。私はタバコなんて一度も吸ったことがないって言ったけど、信じてもらえなくて」

「それで、どうなったの?」

「退学にはならずに済んだんですけど、大学は絶望的になって……」


 悲しそうな顔をする少女を、深広は鼻先で笑った。

「絶望的って、勉強すればいいじゃない。推薦がなくなったのは痛いけど、一般の入学試験が受けられなくなったわけじゃないでしょ。努力すればいくらでも取り返しがつくことだと思うけど?」

「私が喫煙しているって知って……。本当はしてないんですけど。父がすごく怒って、しっかり更生するまでは家を出さないって言うんです。ここから通える大学には、強い陸上部がないし、学部だってちょっと違っていたから」

 食い下がってきた少女に、深広は追い討ちをかけるように、

「人生なんてそんなものよ。私だってね、思い通りにならないことばっかり。大学を出てから営業の仕事をしててね、一生懸命に働いて、取引先を開拓したの。それなのに、この年になると急に、担当を変えて欲しいって言われたり、大切な取引は女に任せられないって見限られたり。上手くいけば誰かが必ず邪魔をしてくるの」


「そうなんですか?」

 少女は深広の顔を見つめた。心配するような、同情するような目だった。


 そのか弱そうな表情の裏にある、少女の気持ちは手にとるように分かった。彼女は深広がどんな酷い目にあったのかを知りたいと望んでいるのだ。


 自分が辛いときには、優しい言葉をかけられるよりも、誰かの辛い話を聞くほうが慰めになる。人の不幸は蜜の味じゃないけど、余裕のある人の上から目線のアドバイスなんて反吐へどが出る。でも、自分より可哀相な人を見れば、胸がふわっと軽くなる。自分のほうがマシだって思えるから。


「仕事でも辛い経験はたくさんあったけど、高校時代が最悪だったわ」

「何があったんですか?」

「私はね、中学まで陸上部のエースだったの。短距離なら、百メートルでも二百メートルでもずっと一位だった。県大会で優勝したこともある。でも、高校の陸上部では思い通りにいかなかった」

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