第37話 クリティカル

「ねえ、ダーリン」


フィンが照れた顔で、こちらを見上げる。


「どうした、最愛の人よ」


「最──」


フィンが耳まで真っ赤になる。

そっと抱き寄せ、


「フィン、耳まで真っ赤になっているぞ?俺を好いてくれているのだな・・・嬉しいよ」


「あの・・・ダーリンの事は好きだけど・・・あのっ」


そっと唇を奪う・・・うわ、柔らかい。

フィンの体温が上がり、息が乱れ・・・


「らめぇ・・・今、魅了チャームが効いているからぁ、耐えられないからぁ」


涙目で訴えるフィン。

じっとりと汗ばむ服を・・・少しずつ乱していく。


「フィン、可愛いよ」


「待って・・・もうすぐ・・・もうすぐだから・・・少しだけ・・・待ってぇ」


フィンの目から・・・涙・・・

・・・これは・・・流石に・・・


「・・・すまない」


フィンの服を乱すのをやめ、抱きしめる力を強くする。

俺は・・・何をしているんだ。


「・・・止めちゃうの?」


上目遣いにフィンが見てくる。

何・・・だと・・・


そっと手を動かし・・・服を・・・


「うう・・・やっぱ駄目ぇ」


フィンが魔法を行使。

フィンの体を光が走り・・・?


フィンの様子が、静まっていく。

フィンは深呼吸をすると、落ち着いた様子で、


魅了チャームを解除したよ。ダーリンと2人になる時は、解除する様にする」


おい。

自力で解除できるの?!


「・・・でも、この前より、ダーリンが好きな気持ちは強くなってる。神器の力を限界以上に引き出す様な真似はできないけど・・・」


小悪魔の様な目でこっちを見て、


「ダーリンの事は好きで好きで堪らないけど・・・一線を越える心配は無いよ」


「・・・そうか・・・」


残念だな。

だが。


「さっきの、蕩けた様な顔も堪らなく可愛いが・・・今の、その余裕の有る顔も堪らなく可愛いな」


「ふふ、有り難う」


フィンが微笑む。

・・・俺のハートにクリティカルヒット。

9999とかダメージがポップした気がした。


フィンを抱き寄せると、耳元で、


「やっぱり、俺はフィンが好きだ。誰よりもフィンが好きだ。余裕が有る時も、余裕がない時も・・・どっちも好きだ」


「あ・・・うん・・・そう、余裕、余裕が有るよ。今は魅了チャーム状態じゃないからね」


はむ


耳を口に入れる。


「フィン・・・フィンの鼓動の音が・・・聞こえるよ」


「あ・・・う・・・」


体が密着した部分から、フィンの体温が、鼓動が伝わってくる。

先程落ち着いた鼓動が、再び激しく脈打ち始める。


「温かいよ、フィン」


「な・・・何で・・・魅了チャーム、無いのに。今、魅了チャーム無いのに。もう解除できる魅了チャーム無いのにぃ──むぐ」


フィンの唇を奪う。

息づかいが、聞こえる。

俺の息づかいも、聞こえている筈だ。


「こんなの・・・嘘だぁ・・・駄目・・・だよ・・・魅了チャーム無いのに・・・もうこれじゃ・・・言い訳できない・・・」


弛緩しきったフィン。

そっと倒すと・・・体を重ね・・・


「フィン・・・良いよな?」


「ダーリン・・・待って・・・待って・・・欲しい・・・」


・・・


やはり・・・無理は・・・


くい


離れようとした俺の服を、フィンが掴む。


「ダーリン・・・聞いて欲しい。私はダーリンが好き・・・でも・・・今は、魔王を倒す事を優先したい・・・」


フィンが語り始める。


「魔王の討伐はね──この世界の人々の悲願なんだ。何度も復活はするのだけど・・・その度に、みんな本気で戦っているんだ・・・深刻なんだよ」


フィンが、俺をじっと見上げ、


「今回の魔王が復活したのは・・・僕の領地の領主の城。前回魔王が討伐された場所だから・・・復活の魔導具が残っていたんだろうね」


フィンが悔しそうに言う。


「城内に突然魔王が出現したんだ。その街は一瞬で陥落。貴族は全員処刑。一般市民は、軟禁状態・・・自由が保障される、にはほど遠いみたいだけど」


そりゃ、魔王が突然城に現われたら、たまったもんじゃないな。

フィンが続ける。


「続いて、周辺の都市が攻められ・・・4都市が陥落。僕の国の領土は、合計2箇所が魔王軍の手に落ちているそして──」


フィンが、俺達が来た方向?を見やり、


「最後に寄った要塞都市・・・次に狙われるのは恐らくあそこで・・・あそこが陥落したら、王都に直接進軍できる状態になってしまう。僕は別の国に避難する事になっていたと思う」


国を棄てざるを得ない状況、か。

薄情な様にも思えるが・・・神器資格者の血筋を絶やす訳には行かないのだろう。


「そうなったら、僕は、結婚相手なんて選べる立場じゃ無くなっていた・・・状況が進めば、レミアも同じ状況になっていたと思う」


結構ぎりぎりの状況、か。


「人間側だけじゃない。魔族にも、人間との争いを良しとしない人達がいて・・・やっぱり、魔王の出現は深刻な問題なんだ」


フィンは、また俺を見て、


「今回の魔王は、規格外に強力だと報告に有る。準備に10年かかると見ていた・・・そうなれば、どれだけの人が殺され、どれだけの土地が奪われていたか・・・そもそも、勝てていたのかどうかも怪しい。勇者を育てる安全な土地・・・そこが確保できなければ、そもそも対抗の手段すら準備できないしね」


まあ、魔王にしてみれば、育成途中の勇者がいたら、さくっと倒したいよね。

育つ前に。


「ダーリンには本当に感謝しているし、望みには応えたい。そして──私自身、ダーリンを愛している・・・ダーリンにこの体を捧げたい・・・ううん、ダーリンにいっぱい愛して欲しい。でもね──」


フィンは真剣な表情になると、


「今は、悲願、魔王の討伐を優先したい。ダーリンと結ばれる事で、神器の力に影響が出るかどうか・・・その心配もあるし・・・それに、幸せになったら、この決意が風化してしまわないか・・・決意が揺らがないか・・・それが怖いんだ」


・・・確かに。

今の状態、が魔王に有効で有るなら。

その条件を、魔王討伐の前に変えるのは・・・得策では無い。


「目の前の人参。魔王を倒せば、ダーリンと結ばれる事ができる・・・そう思う事で、自分を頑張らせる事もできるしね・・・だから・・・」


フィンは、潤んだ目で俺を見ると、


「エイコクさん・・・僕は、貴方が好きです・・・だけど・・・今少しだけ、少しだけ、待って下さい」


「フィン・・・」


俺は・・・召喚された時、自分の職業が勇者とかの期待される職業じゃなくて・・・ほっとした。

好き勝手に、脇役としてこの世界を楽しめると思った。


その後の展開でも、如何にして美味しい思いをするか。

この異能を使って、どう楽しむか・・・そればかり考えていた。


見目麗しい女性が周囲に集まり、ハーレムが出来て・・・

一線を越えられないまでも、色々美味しい思いができて・・・


でも・・・


みんな、真剣なんだ。

魔王は、本当に脅威なんだ。

みんな、魔王を倒したいんだ。


愛しい人。

いや、愛しい人達。

その悲願。


それだけじゃない。

この世界の多くの人達、一部の魔族達。

その悲願。


俺は、英雄の器じゃない。

貰ったスキルも、悪役スキルだ。

でも。


「フィン。俺も、本気でやるよ。本気で・・・魔王を倒す」


俺が倒す訳じゃないけど。

それでも。

今まで、美味しい思いをする事を優先していたのを・・・魔王を倒す事を優先する事にする。


魔王幹部を倒しまくってるせいで、敵は混乱している。

それでも、被害が出ていない訳では無いだろう。

時間が経てば、それだけ不幸が生じるのだ。


「ダーリン・・・有り難う」


フィンが、くてん、と俺に体を預ける。

弛緩しきった体・・・これまで以上に愛しいが・・・フィンの決意を俺は汲む。

だから、もう惑わない。

そっと、フィンの頭を撫でる。


・・・?!


「フィン・・・何処を触って・・・?」


「ん・・・ダーリンが決心してくれたみたいだし・・・僕は自分を抑えるのが苦しいから、ダーリン、頑張って抑えて欲しい」


ちょ、フィン?!


ぷー


フィンが俺の袖に口をあて、熱い吐息を吹きかける。


「ふふ・・・好きぃ」


甘い声で、フィンが囁く。

・・・神様・・・女神様だっけ・・・

早速意思が折れそうです。

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