追加情報


 それからしばらく高速上を走っていると。ついに名谷なたに部長が限界だと呟いた。高速上に位置するサービスエリアに車両を停めると部長はまるでゾンビかと思うような足取りで、ふらふらと自販機に向かう。ここで交代だ。

 どうやら余程コーヒーが飲みたかったらしい。俺の分まで買ってくれているとは、さすが名谷部長である。


「あー、疲れた。マジで疲れた。大倉、ブラックでいいだろ?」


 そう言いながら部長は首を回す。バキバキと鳴ってはいけないような音が響いた。これはかなりお疲れのご様子。そのまま自販機からコーヒーを取り出して、ひとつを放って俺に寄越してくれる。


「いただきます。ていうか大丈夫ですか、部長。さっきの首の音、かなりヤバイ音な気が」


「あぁ、いつものことだから気にすんな」


 部長の目の下のクマがえぐい。それだけ見てると当直中の俺たちも、その辺の覚せい剤中毒者ポン中と変わらないように見えるのは気のせいだろうか。明らかな不健康顔。


「部長、さっきの話の続きですけど」


「あぁ、なんだっけ?」


「USJですよ。対象の位置探査結果。なんでそんな場所でヒットしたんです?」


「なんでって、そりゃ対象に聞かねーとわかんねーだろうよ」


「まぁ、そりゃそうなんですけど」


 コーヒーのキャップを捻って、部長は喉にコーヒーを流し込んでいた。その飲み方、絶対間違ってる気がする。手のひらのコーヒーはわりと温かい。12月の空気は、その温かさをより感じられるかのように冷たくて痛い。


「大体、17歳の小娘だぜ? おれらとは生きてる世界が違う。なんでUSJ近辺にいるのかってのは、おれらにはきっと理解できねーよ」


 確かに、それは部長の言うとおりである。しかし、スマホの位置探査結果は絶対だ。対象名義のスマホが、間違いなくUSJ近辺にあるということは確かなのだ。つまり、今俺たちが追っている対象もそこにいるということになる。

 ……本人が今もそのスマホを持っていれば、の話だが。

 

「そういえば、探査結果がUSJ近辺って、どれだけ近いんですか? 位置探査時刻は?」


「確か、スタジアムシティって駅の基地局を基点として、6時から8時方向。距離約1キロメートル。ちょうど、USJ客向けのホテルがたくさんあるエリアだ」


 スマホの位置探査は、大きく分けて2種類ある。基地局位置探査と、GPS探査だ。

 GPS探査はピンポイントでその位置を割り出せるのだが、対象にバレてしまうことが欠点だ。スマホにデフォルトでついているGPS位置探査通知サービスも同じ。今、まさにそのスマホが位置情報を発信しているということが、端末上にモロに表示されてしまう。それに気づかれて、電源を切られたら終わりだ。

 一方、今まさにやっている、基地局の位置探査にはそれがない。これは各所に点在する携帯電話端末の基地局──つまりアンテナに、どの角度からその端末が発する電波が入ったのかを調べる探査方法だ。

 結果は、先に部長が言ったように回答される。今回は、駅の基地局から見て、北を12時とした時に、6時から8時方向にその端末があるということになる。方角で言えば、今回は南西方向。範囲は1キロメートル。

 そのエリアに対象名義のスマホがある、ということだ。


「探査時刻は昨日、つまり金曜の23時。そこから移動している可能性もあるが、どうかな。おれはまだそこにいると踏んでいる」


「ホテル街だからですか。対象は宿泊している可能性が高いと?」


「あそこはな、埋め立て地なんだよ。暖冬とは言え海の近くだぜ。この時期、外で過ごすには少しばかり根性がいる。それに対象は女の子だ。おれは、どこかのホテルに泊まってる可能性が高いと思うね」


 なるほど、部長の言うことももっともである。もしその対象がどこかのホテルに宿泊しているなら、まだ探しようはある。

 人海戦術だ。片っ端からホテルに電話をしまくるのだ。こういう名前の女の子、泊ってませんかと。

 個人情報にうるさくなってきている世の中だから、警察といえどホテル側も簡単には教えてくれないが。

 

「各ホテルに、対象の氏名で宿泊している客がいるかの照会はしたんですか?」


 部長はポケットからタバコを取り出した。スイッチを入れながら、クスリと笑う。

 

「どのホテルも該当なし474だからおれたちがここにいるんだよ。おそらくだが、対象は偽名を使ってる。歳も偽ってると思うぜ」


 なるほど。もしそうだとすると、ちょっとマズイ事態になる。

 確か、受理票にはこう書いてあったはずだ。父親の言によると、現金の所持は多く見積もっても1万円弱であると。

 ウチの管内からUSJまで、一番安く来ても交通費だけでそれくらいの金額はかかる。つまり、この時点で対象の所持金はほぼセロだということだ。

 

「なにか気付いたか、大倉?」


「決め手に欠けますが、もしかして。他者の介在の可能性が?」


「さすがだな。若手のエースって呼ばれてるだけのことはある」


 部長はまたしても不敵な笑みで言った。若手のエースだなんて、よくそんなウソを平然とつけるものだ。俺は同期の中でもポンコツの部類。それは自分が一番良く知っている。


「所持金額なんてアテにならねーのはお前も良く知ってるとは思うけどな。でもバイトもしてねー女子高生が、わりとまとまった金を持ってるとは思えない。つまりがいるんじゃねーのか、と思う訳だ」


「それはまずい。非常に良くないですよ」


「あぁ、良くない。行方不明事案はあくまで行政警察活動だ。だがお前の言うとおり、もしスポンサーがいるとしたら。つまり他者の介在が認められたら、そりゃもう事件だ。その時点で司法警察活動に切り替わる」


 肺に入れていた煙を吐き出しながら。

 部長は吐き捨てるように言った。


「事件の戒名かいみょうは未成年者略取りゃくしゅ、あるいは誘拐だ。そうなりゃおれたちの天敵、クソ刑事サマの出番ってことになるな」


 生安せいあんと刑事は、まさに水と油。この先どれほど警察改革が行われようと、きっと混じり合うことはかなわない関係だ。

 生安は事件を未然に防ぐのが主な仕事だが、刑事は起こった事件を検挙することが目的だ。

 つまり、あいつら刑事は事件にならないと出張ってこない。だが、ひとたび「事件」になると何処からともなくやってきて、現場をめちゃくちゃに荒らしていくのだ。被疑者マル被を逮捕できたらそれでいいのが刑事。被害者マル害のことなんてあいつらは考えてない。

 マル害対応は生安の仕事、と偉そうに考えてる刑事がいまだに多すぎる。それに被害者支援は本来、警務けいむの仕事なのだが。


「部長、現時点で刑事には一報入れてんですか?」


「事案が走り出した時点で入れてるよ。でも回答はいつも通りだ。『事件が立ったら呼んでくれ』ってやつ」


「ふざけてますね、あいつら」


「これが『事件』になったら、略取か誘拐だぜ。デカい事件なのに刑事は初動してなかったのか、って上からカマシ入れられたらいいんだ、ふん」


 クチは悪いが根は優しい部長。だが、こと刑事が相手になると話は別だ。まるで親の仇のように刑事を毛嫌いしている。昔、何かあったのだろうか。聞けない雰囲気が周囲に漏れ出ているから、ここは話題を変えるしかなさそうだ。


「とりあえず、充分休憩もしたし出ますか部長。あと半分くらいでしょう」


「あぁ、そうだな。そろそろ……」


 と、部長がそう言ったところで。俺と部長のスマホが、ほぼ同時に鳴った。これはグループトークに新たなメッセージが送られてきたということだろう。

 スマホを見てみると、同じ防犯係の伊川部長からの写真付きメッセージだった。


『対象を防犯カメラで見つけた。今日の人着。届出人の父親から、娘に間違いないとの言を得ている』


 メッセージの後ろに、鮮やかな黄色のハーフコートを着ている女の子が単独で写っていた。撮影時刻は金曜日の午前11時。場所は駅前のコンビニだろう。下衣はスカートではない。濃紺のデニムっぽいパンツ。

 つまり対象は、制服を着ていない。それに背負っているリュックの大きさから考えて、ハナっから家出を計画していたのだろう。

 穴が空くほどスマホを見ていると、谷上班長からのメッセージが入った。


『伊川が対象の着衣と経路を割ってくれたぞ。自宅から徒歩→最寄駅から電車→新幹線で確定や。着衣は黄色のコート、濃紺デニムのズボン。黒髪でわりと長い髪をしとる。対象が現金で大阪までの切符を買うてんのも確認済。大阪班、頼むで』


 防犯カメラに映る対象。画素が荒いが、可愛らしい女の子に見える。どことなく気品を感じる、頭の良さそうな委員長タイプの子だ。

 こんな子が何故家出を、と考えても仕方ない。彼女には彼女の事情があるのだろう。


「受理票に添付されてる写真とは、少しイメージが違うな。服装のせいもあるかも知れんが、防犯カメラ画像のが大人びて見える」


 受理票の写真は、生徒手帳に貼付されている写真だった。もちろん今回の防犯カメラの方が、より新しい写真である。俺は彼女の背格好を記憶する。どこかですれ違ってもわかるように。

 スマホをポケットにしまう前、再び班長からメッセージが入る。


『追加情報。SNSのタイムライン上で、対象が男とメッセージのやりとりをしてる痕跡を発見。男のアカウントに鍵がついてるから、全体の流れはわからん。でも頻繁にやりとりしてるから、こいつと一緒かも知れんぞ』


 その男のタイムラインは見ることが出来ない。見れるのは、その男の名前が『みさき』ということと、後ろ姿ではあるがUSJを背景に撮ったと思われる画像を自身のアイコンにしていることくらいだ。


「この岬ってヤツが今回の事案に絡んでるとなれば、かなりまずいな。さっき言ったとおりになるぞ」


「言ったとおりってのは、」


「大嫌いな刑事が出張ってくるかも、ってことだ」


 ふん、まったく面白くねーぜ。

 続けてそう言う部長の顔は、今まで見たことがないくらいに酷く歪んでいた。

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