第34話 エピローグ(1)


 結局、補講はやり直されることとなった。

 あの後、まず国防軍の調査が始まり、マミとクレアは保健室につれていかれた。地面の上で寝ているよりはベッドの上で寝た方が健康的であるからだ。

 怪我人もいて、その人たちはすぐに病院へ運ばれた。重傷の人間はいなかったが、精神的に傷付いた人間は多かったのだ。

 怪我人を運んだ後無事だった人たちに国防軍は事件の詳細を聞き出した。学校関係者と、暴走したグラディスの討伐に協力したトールに主に聞き込みをし、羽根を持ち帰っていった。

 避難していたヒュイカも保健室に来て、マミとクレアの傍にいてくれた。二人とも疲れ切ってはいたのだが、何故だか眠ることはできなかった。

 マミたちに話を聞きに来たのはグレイムではなく、女性の反喚部隊の人だった。なのでクレアは思わずこう言ってしまった。


「なんだい。役立たずのトップエース様が謝りに来たんじゃないの?誠意が足りないねぇ」

「クレア。あの人だって全部のことが出来るわけじゃないんだから、そんなこと言ったらダメだよ」

「……それってグレイムのこと?」


 女性軍人がそう訝しげに聞くと、クレアは上半身を起こさないままうなずいた。

 制服は土を被ってしまったために、二人とも脱いでいた。そのため二人はベッドの中で下着姿なのだ。

 正直、女の人で良かったとマミは思っている。グレイムが来てしまっていたら恥ずかしすぎて顔も合わせられなかっただろう。


「要請だってヒュイカが早目にしたはずなのに、ずいぶん来るのが遅かったねぇ?」

「部隊編成に戸惑ったのは申し訳なく思うわ。それに本部もごたついていたのよ。出動命令だっていつもより遅かったぐらい」

「ふーん……。で、あたしらに事件のことを聞きに来たんだろうけど、わからないことだらけなんだよねぇ」


 それからあったこと、自分の推論も交えて三人は女性軍人へ話した。トールから聞かされているかもしれなかったが、あの羽根についても述べた。

 マミとクレアの召喚について聞かれたが、それはマミにもわからないことだった。二十回を超える召喚、今まで知られていなかった上級精霊の召喚。

 できてしまった、ということしか言えなかった。そして最終的に疲れが出て、倒れてしまっただけなのだ。

 クレアも同じようで、できてしまったから仕方がないとしか言わなかった。

 黒い光を消す方法を知っていたのは聖晶世界の存在に聞いたからとしか答えなかった。構造的にそうすれば塞がると思ったから実行しただけ、とも付随して加えた。

 トールやルミが察していたのだから、他のグラディスも気づいていたのかもしれない。


「なるほどね……。参考になりました。これを本部に持ち帰ろうと思います。それと、遅れてしまったことは本当に申し訳なかったわ。ごめんなさい」

「あの羽根が一般に売られてるなら、もっと事件が増えますよね……。こんな大規模な事件に発展したら、大変なことになるんじゃ……」

「そうならないように調査を早くしないといけないわ。……正直、あのトールって人には国防軍に入ってほしいぐらいよ。それぐらい実力者が少ないのよね。実力ある人って皆コロシアムで生計立てようとするんだもの。ホント、男って単純……」

「あー……」


 トールもそんな一人なので何とも言えなかったが、たしかにコロシアムにいるのは男性が多い。かといって国防軍に男性が少ないかと言われたら比率では確実に男性の方が多い。

 ただ、絶対数は足りていないというのが国防軍の本音なのだろう。


「トールに話を聞いてみないとわからないですけど、トールって性格難しいですよ?あと、試験とかは……」

「本人が許可をくれれば入ってもらいたいわね。試験って言っても、適性試験だから。書類とか用意してもらえばすぐよ。聞いた実力ならね」

(その書類が無理なんだよね、トールの場合)


 その時、確認のノックもなしに保健室のドアが唐突に開いた。


「失礼するブベッ⁉」

「……バカなんじゃないのかい?ええ?女子しかいない保健室にいきなり入ってくるなんて」


 入ってきたのはグレイムであり、それを見たクレアが瞬時に枕を顔面へぶつけていた。その間に二人はタオルケットで体を隠していた。

 マミは顔を真っ赤にしていたが、クレアは呆れているようだった。ヒュイカは今の状況に頭が付いていっておらず、女性軍人は頭を抱えていた。

 さらにグレイムの後ろからもう一人の人物が保健室へ入ってきた。トールだ。


「本当にバカだな。デリカシーに欠けるぞ?グレイム」

「……トールにデリカシーは語ってほしくないかも」

「ん?……親戚同士なら別に気にしなくていいと思うが?」

「年齢は考慮しようねっ⁉」


 一応親戚というニセの関係を貫いてくれたが、実際は親戚でも何でもないので問題なのである。グラディスだから気にしないのか。

 それともトールが神様だからなのだろうか。


「えっと、グレイムとトールさんが来た理由は……?」

「アンジュリカに帰るっていうのを言うためと、二人の見舞いだよ……。元気そうで良かった」


 枕をどかして立ち上がり、本当に安堵したような顔を向けられてしまった。このグレイムは狙っているのかジゴロなのか不明だ。


「トールも心配して来てくれたの?」

「それもあるが、さっきまでこいつに事情聴取されていたから一緒に来ただけだ。あとほら。カバンだ」


 トールはベッドまで近寄ってマミにカバンを渡してくれた。人間の下着姿に動揺している様子はなく、そもそも下着は今着けているものではないが、見られていることを思い出した。

 マミはともかく、クレアも下着姿であり、マミと比べられない程スタイルが良いのだが、それも特に気にしていないらしい。


「ありがと」

「さっきPPCが振動していたぞ?誰からの連絡だったのかは知らないが」


 言われてPPCを取り出すと、一件のメールが届いていた。学校の事務からだった。


「え……ええ~⁉補講やり直し⁉」

「あ、今回の事件で免除じゃなくてやり直しなんだ……。腐っても進学校ってこと?」

「わ、わたしは免除でもいいでしょ⁉だってルミなんて、上級精霊なんだから!」


 下級の召喚という意味では、合格以上の成績だ。この学校で上級精霊を召喚できる生徒は今のところマミ以外居ない。

 上級精霊はプロの召喚士でも召喚するのが難しいのだ。


「理由としては三つだろうな。ルナ・ミラスという存在を把握していないことと、召喚した生徒がマミだと知っていないこと。あとは補講は補講と言いたいのではないか?指定したものをまだマミが召喚していないとか」

「……上級精霊召喚できるのに、召喚の補講受けるなんて……」

「ご愁傷様。ま、あたしらには関係ないけどね。で、次はいつやるの?」


 マミはもう一度PPCを見ると、日時と詳細がメールの下の方に書いてあった。


「うわ……。筆記補講と一緒に外部施設で二泊三日?お金かかる……。これだけは四年間行かないって思ってたのに……」

「あれま。マミは成績良いからそれには絶対行かないって豪語してたのに」

「いっそクレア一緒じゃない?筆記の補講とかないの?」

「あたしのPPC見ないとわかんないかな。あ、今日寮に置いてきたから持ってないや」

「私が見るよ」


 ヒュイカがPPCを起動して学校の連絡通知を開くと、それを見てヒュイカが吹き出していた。


「残念でした。一年のクレア・エルファンさんは筆記補講です」

「えー⁉今回は赤点回避したと思ったのに!」

「あー……。残念なことが続いてるみたいだけど、俺たちは帰るから。また何かあったら連絡くれ。軍宛てでも個人宛てでもいいから」

「あ、お疲れ様でした……」


 グレイムがそう言って軍人二人は保健室から出ていった。個人宛てというが、正確にグレイムのPPCのアドレスを知っているのはクレアだけである。トールも知っているが、今向けられた言葉はマミたち三人に宛てた言葉だろう。


「さて、俺も帰るかな。ヒュイカ、悪いが二人の服を寮から持ってきてやってくれないか?さすがに土がついた制服のまま帰りたくないだろう?」

「そうだね……。ヒュイカ、頼める?」

「よろしくー」


 マミのカバンの中とクレアのスカートのポケットからヒュイカは寮の鍵を抜き取って、そのまま保健室から出ていくのかと思ったが、トールの前で止まった。


「あ、あの!だったらトールさんと寮まで一緒に行っていいですか⁉」


 下心丸見えのヒュイカの誘い。これを二人は攻めたなと思い、当の本人は顔を真っ赤にしていた。


「別に構わないが……。寮なんてすぐそこだろう?」

「そうですけど、ちょっと話したいことがあるかなって……」

「……わかった」


 トールの表情からして本当は一緒に帰りたくないのはわかった。トールはヒュイカの好意に気付いている。マミが教えてしまったからか、教える前から気付いていたのかわからないが、人間に恋することはないとは本人の談だ。

 罪悪感からか、何から来る感情なのかはわからなかったが、ヒュイカとの交流を快くは思っていないのが読み取れる。

 二人が保健室から出ていったのを見て、恋愛事には鈍いであろうクレアに何となく尋ねていた。


「クレア、ヒュイカの恋は成就するかな?」

「無理じゃないかい?相手にその気がないと見た」

「あはは……。ずいぶんバッサリだね」

「っていうかトールさん、あたし等と一歩引いて接してるからねぇ。マミは例外だけど。人間嫌いとか?」

「さぁ?」


 種族が違うから、マミは特別というよりトールのマスターだから、が答えなのだがクレアには言えなかった。


「わたしが例外なのは関わった期間が違うからだよ。親戚だし」

「しっかし、ホントに凄い召喚士だねぇ。四大属性の上級精霊にヴォルト召喚しておいて、その上五つの属性を使い分けながら召喚するなんて。コロシアムに出たら冗談抜きで優勝しちゃうんじゃないかい?」

「どうだろ?二重召喚できるのかな?トールって」


 あの召喚の光は見せかけであるので、実際にはできないだろう。そもそも召喚士ではないのだから。


「それはともかく、あの無尽蔵に近いスタミナはマミと同じだし、遺伝かもしれないねぇ。マミの家系って実は凄い召喚士の血筋とか?」

「えー?有名な召喚士なんていたっけ……?いや、いなかったはずだけど」

「ま、何にしたってそれはマミの才能なんだから、誇るべきだよ。研究者に近付けたんじゃないかい?」


 そう言われて気付いた。たしかに召喚ができることは研究者になるために必要なことだ。

 だが、そのことではなかった。


「あ、あー!論文発表会の論文を書き上げなきゃ!あと、お金も必要だからアルバイトも探さなくちゃ!っていうか、補講もあるし……!どうしよう!」

「やることが多くて楽しそうだねぇ。あたしなんてやることほとんどないのに」

「コンクールの練習は?」

「あー……。そっか。やらないとね。……うん。やることいっぱいあったわ。忙しい」


 クレアはぶつぶつと言いながら指折りしてやることを確認していた。その内容はわからないが、片手で収まっていなかった。


「そういえば、将来やりたいこと決まった?それこそクレアならコロシアムで稼ぐっていうのも一つの選択肢だと思うよ?嫌かもしれないけど。それほど召喚ができるってことは長所なんだから。コンクールでもいいし、国防軍とかもいいんじゃないかな?」

「将来?あたしの将来か……。……一人旅とか、いいかも」

「ええっ⁉……誰か一緒の方がいいんじゃないかな?さすがに一人は……」

「そうだねぇ。一緒に旅してくれるような相手いたらいいけど」


 そう言いつつ、クレアの言葉はどこか不安げだった。その理由がわからなかったので聞いてみた。言葉で確かめるのが一番いいのだ。


「どうかしたの?」

「将来のことが心配になってね。あたしは別にマミのように明確な夢があるわけじゃないから。あーでも……反喚部隊が一番やりたいことに適してるかもしれない」

「そっか。女の子なんだし、お嫁さんとかでもいいんじゃない?」

「あはは!あたしに限ってそれはない!」


 断言されてしまった。夢としては結婚というのも一つだと思うのだが、そもそもクレアは好みの顔は、と聞かれて一角獣と答えるような女の子であることを忘れていた。


「あたしの夢っていうか、やりたいこと……笑わない?」

「笑わないとは思うけど、何?」

「聖晶世界の存在が幸せであること。だから暴走する子たちは鎮めたいと思うし、できるなら不憫な召喚させられてる子も召喚士ぶっ叩いて戻してやりたいって思うんだよね」

「……」

「マミ?」

「すっごい良いと思う!皆そんな風に思ってくれればいいのに……」


 純粋にそう思ったのだが、クレアは目を丸くしていた。召喚は聖晶世界と繋がれる神秘の力だという考えがマミにはある。

 それを知りたいという好奇心から研究者を目指しているマミからすれば、召喚を何かの手段にするというのはあまり好まないのだ。コロシアムのような場所で一緒に戦うからこそ信頼感が産まれるという考えならいいのだが、お金稼ぎの道具という考えは嫌なのだ。


「なるほど、ルナ・ミラスが召喚に応じるわけだ」


 クレアはマミの方を見ないでそう呟いた後にマミの方を見て笑っていた。


「ま、こんなこと思ってたって試験の成績悪かったら何にもならないからね。ってことでマミ先生、これからも一つよろしく」

「勉強は見てあげるからさ、その代わり召喚の練習に付き合ってよ。まだ心配だからさ」

「はいよ。あれだけできれば十分だとは思うけどねぇ」
















「遅くなってごめんね。持ってきたよ……って、あれ」


 ヒュイカが二人分の服を持ってきて帰ってくると、二人とも静かに寝息を立てて眠っていた。幸せそうに眠っており、起こすのが躊躇われるほどだった。

 二人とも終わった後倒れてしまったのを見ていたが、こうやって疲れて眠ってしまうのが当然なのだ。それほど二人は召喚を駆使して、一生懸命戦ってくれたのだ。


「お疲れ。二人とも」


 その仲睦まじい様子に、思わずヒュイカは笑みが零れていた。


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