第32話 五声(8)


「―マミ、大丈夫ですか?私の召喚に加えて、あの結界の維持。それをしながら人々の救助を同時にするなんて……」

「心配してくれてありがと、ルナ。でも皆が怖がっているままあそこにいるのを放っておけないよ」


 マミとルナは近くにいた人間から助けていた。マミは肩を貸して運ぶのがやっとだが、ルナは杖を持っていない方の手だけで人間を軽々しく持ち上げていた。

 その腕力からして人間とは違うことを改めて認識していたが、それよりも引っかかったことがあった。

 抱え上げられる男子生徒の表情だ。

 マミは運動ができる方ではない。体育の成績なんてよくて五段階評価で三だ。正直な話、男子生徒なんて肩で抱えられない。

 だからルナには男子生徒を運んでもらっているのだが、皆顔を赤くしていてデレデレしている。ルナも視線が合う度にニコリと、母性満々の笑顔を向けるためにそんなことになっているのだ。

 ルナは全長が高い。トールよりも大きいためか、体のラインもはっきりしている部分ははっきりしているのに、腰回りは本当に細いのだ。

 要するに、胸とお尻は大きいのに、ウエストだけ細い。そういったところに目が行く男子ばかりである。

 マミだってある程度はわかっている。大半の男性は「ない」よりは「ある」方が好きなのだと。しかも「大きい」となおのこと喜ぶということも。

 マミとルナが校門近くに怪我人を降ろして、再び校庭の方へ戻っている最中にルナに話しかけられた。


「―マミ、どうかしたのですか?先程から私に意味あり気な視線を向けていますが……」

「べ、別に~?ただ、男子が皆デレデレしているのが気になったというか……」

「―そんなことですか。フフ。私という存在が単に珍しかったからでしょう。きっと勘違いしているんです。私を天使だと思っているのでしょう。最初のマミみたいに」

「――絶ッッ対違う!その胸に目が行ってたんだよ!」


 マミが半ギレ、というか本ギレで言うと、さっきまでクスクス笑っていたルナが、キョトンとしていた。


「―あら、男性が私に目線を向けていたのはそういうことだったのですか……。てっきり珍しがられているものだと」

「無自覚⁉ちょっと性質悪いよ⁉」

「―私、あまり人間の方とは関わりませんからねえ。そもそも私なんてルナという種で考えると、平均ぐらいですよ?人間とは体の対比が異なるために大きく見えるだけで」

「これで平均⁉ウソでしょ!」


 人間との体の対比が違うのは見れば一目瞭然だが、それでも大きいことに変わりはなかった。マミだって同い年の中では平均的な大きさだと思っていたので、それを聞いて種という壁を感じた。


「―マミなんて慎ましやかでいいではありませんか。それぐらいが好みの方もいますよ。むしろ私はそれぐらいが好みです」

「ルナの好みは聞いてない!……ルナ・ミラスだから、えっと……ルミ!あなたのこと今度からルミって呼ぶから!」

「―あらあら、そんな呼ばれ方初めてで新鮮です。他のルナや天使には単純にミラスとしか呼ばれるだけですからね。ウフフ。ありがとうございます、可愛いカワイイマスターさん」


 やはりからかわれている。一応は主従関係であり、マミの方がマスターであるはずなのだが、これでは関係としてはマミの方が従者のようだ。

 トールといいルミといい、マミが召喚したグラディスは何故か身勝手な部分がある。会話ができるからか、彼らを召喚したのがマミが初ということもあるのか、主従関係がわからなくなってきた。

 マミとルミが次の助ける人を決めようとしているところで、マミの視界にはおかしな違和感が入り込んでいた。


「えっ⁉あの子、バカなの!」

「―どうかしましたか、マミ?」

「来て、ルミ!」


 マミは説明するよりも体を動かしていた。ルミもわからずついてきてくれたが、マミの向かっている方向を見て状況を理解し、目をギョッとしていた。

 それもそのはずで、ジェイミーが例の鳥の羽根を用いて召喚を行おうとしていたのだ。今校庭で襲われているのはマミとトール、ルミたち上級精霊だけだ。クレアはマミの結界の中にいて外からは襲われていないし、他の生徒は見向きもされていない。

 それなのに失敗続きの契約物で召喚をしようとしているのだ。


「―あれは異常です!先行します!」


 ルミが先に飛んでいき、ジェイミーの召喚を妨げようとしたのだが、黒い点が少しだけ膨れ上がり、召喚が成立してしまった。

 もちろん、暴走した状態で黒い鳥型のグラディスが召喚されてしまった。


「え……?」


 どうしてそうなったのか、ジェイミーは理解していないようだった。マミたちも完全に理解しているわけではない。だが、あの羽根では暴走したグラディスしか呼べないことだけは理解していたのに。


「ルミ!」

「―はい!」


 ルミが杖を振り、グラディスに光でできたレーザーを二門ぶつけていたが、それだけでは倒しきれなかった。

 ホーリーフェアリーも加勢し、各々が産み出した光をぶつけていたが、それでもその存在を止めることはできていなかった。

 ルミよりも大きな巨体を維持しながら、その場で翼を広げながら二回転した。ルミはジェイミーとホーリーフェアリーたちを庇うために全ての打撃を受け止め、二回転目の最後の翼によって吹き飛ばされていた。


「ルミ!大丈夫⁉」

「―私よりも目の前の相手に集中しなさい!標的はその子と、あなたです!」


 ルミの言葉通り、目の前のグラディスは明らかにマミとジェイミーを敵視している。ジェイミーは何故こうなってしまったのかわかっていないようでその場に立ち尽くしており、ホーリーフェアリーが三体護衛に向かっていたが間に合いそうになかった。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 マミは頭を空っぽにして、がむしゃらに走っていた。少しでもグラディスと距離を縮まるために。たとえ嫌いな相手であっても、目の前で誰も傷付かないために。

 そして、利き手である「右手」で召喚用の光を出していた。それを地面に当てて、契約内容も思い浮かばないままとにかく光を産み出していた。


「爆発しろおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 マミの言葉通り、地面が爆発を起こし、大きな岩片がグラディスへと突き刺さっていた。爆発音がすさまじく、鼓膜が破けるかと思ったほどであった。

 その爆発は学校にいる人間の体を震わせるほどに全てを振動させ、実際に二本ほど木が倒れるほどであった。校庭にはひびが入り、亀裂がそこら中にできてしまった。

 それだけの威力だったからか、目の前のグラディスは消えていた。その代わり他のグラディスに注目されてしまった。

 右手で結界の維持をしてきたのだから、その右手を使ってしまったら結界が消えるのは道理である。クレアの周りのグラディスでさえ、マミを標的として捉えていた。


「マミ!結界が消えたから気を付けな!トールさん、マミの援護!」

「ああ、わかってる!」


 クレアとトールの言葉はかろうじて聞こえていたが、返答できる状態ではなかった。肩で息をしており、目がチカチカしていた。若干頭痛までしてきた。


「はっ!はっ!はぁ……はぁ……」


 無理な呼吸をしているせいか、肺まで苦しい。胸を右手で抑えて、中腰で呼吸を整えていた。ここでしゃがんでしまったら、二度と立てなくなりそうだったから地面に腰を着けることだけはしなかった。


「な、何で……?」


 マミから少し離れていたところで、今度はしゃがみ込みながらジェイミーが呆然としていた。少しだけ落ち着いたマミがゆっくりと近付くと、しゃがんだ状態のまま後ずさりされてしまった。


「落ちこぼれのクセに……。何なのよ、その召喚は!あの天使は何⁉何でボクを助けるんだよぉ⁉だってキミ、ボクのこと嫌いだろう⁉」

「……そうだね。嫌いだよ。変な逆恨みされてるし、勝手に被害を増やすし……。うん、頭が痛い。悩みの種だね」

「ならどうして!」

「クラスメイトを助けるのに理由っている?」


 マミははっきりと言い切った。ただそれだけ。もっと言うなら目の前の誰かが傷付きそうになっていたからだ。

 そんなマミのことを信じられないような目でジェイミーは見ていた。信じられる要素がないのだろうが、それが事実なのだから仕方がない。


「ねぇ、ジェイミー。あなただってわたしと同じでしょ?」

「何がよ……?」

「誰かを助けたかった。だから召喚をしたんじゃないの?」


 マミは笑って断言していた。そうである確信はないのに、降りしきる日差しを受けてなおかつ必死に動いているために流れる滝のような汗を拭い、マミは正面を向いた。


「ジェイミー。わたしはたしかに落ちこぼれだよ。そうじゃないとこの場にはいないから。それでもね、最近周りの人に教えてもらったんだ。わたしは自分で限界を決めてた。世間一般の常識に囚われてた。わたしは召喚が苦手なんだって決めつけてた。……ううん、それは嘘になるかな?わたしは今だって召喚に苦手意識を持ってるよ。でもね、他人ひとにはできることが自分わたしにはできなくて、他人ひとにはできないことでも自分わたしにはできることがあるってわかったんだ。当たり前だよね。世界にはわからないから面白いことがあって、わたしはそんなわからない神秘を知りたくて研究者を目指しているんだから」


 マミの顔は晴れ晴れとしていた。まだ目の前の光景は地獄に等しい。それでもようやく、マミはマミとして一歩踏み出せた気がしたのだ。

 これが彼女にとっての一種の成長オッド・リープ。一つの到達点であり、通過点。

 彼女は見つけたのだ。自分の立っている場所を。今まで歩んできた道も、これから歩むであろう道も。それがようやく、見えてきた。光差したのだ。


「わたしにだってトクイなことがあったんだ。ジェイミー、あなただってわたしと同じ考えだったんだから、いつかはわかるよ。自分にできることとか自分にしかできないこと」

「……ッ!勝手な憶測をするな!ボクがキミと同じ考えだなんて……!」

「とりあえず、少し考え方を変えると良いかも?グレイムさんのことが好きなのはわかるけど、それなら自分の力で自分自身のことをアピールしなきゃ。で、そういう気持ちを召喚に向けると良いかも?」

「グ、グレイム様のことはファンとして好きなんであって、そういう意味じゃ……!それと、かもかもうるさいよ⁉全部憶測じゃないか!」

「とりあえずそういうことだから、逃げられたら自力で校門の方に逃げてね!」

「自分だけ一方的に言い切って、勝手に去るなー⁉」


 話している間に少しは体調が元に戻っていたのでトールとルミの傍へと駆け寄った。二人がグラディスを足止めしてくれたおかげで二人とも無事だったのだ。


「もういいのか?マミ」

「うん。ありがとう。ルミも」

「―いえいえ。それよりも、私の維持に集中してくださいね、マスター。あと少しですから」


 クレアが相手をしていない校庭に残っている暴走したグラディスは今トールが倒し切った。ヴォルトとシルフから特に連絡がこないということは学校外にももう残っていないということだろう。

 クレアの様子を見ると残っているのは三体のグラディス。その中でも一体だけ一際大きな個体がいた。


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