第30話 五声(6)

 月の弱い光も契約物として認められたのか光が現れた。聖晶世界へと意識を飛ばすと、いつもと風景が違った。靄があるにはあるのだが、目に映る色が全て白だったのだ。

 よく観察してみると、それは雲のようだった。その雲の上に何故かマミは立っていた。

 雲は固体ではないので本来立てるようなものではない。考えられるのは聖晶世界の常識がコルニキアと異なるのか、またはマミが意識を飛ばしているだけであり、実体がないから立っていられるかだ。


「何でこんな所に……?」


 辺りを見回してみるが、空と雲があるだけで鳥などが飛んでいるようにも見えない。いつものように聖晶世界の地上にいるわけではないようだった。


「―あなたが私を召喚するのに足る人物だったからですよ」


 声は目の前から聞こえてきた。さっきまではいなかったはずなのに、いつの間にかマミの目の前に女性のシルエットをした、鳥のようなものとは違う黄色い羽の生えた存在がいた。手には長い杖を持っており、身長はマミの倍ほどあった。


「あなたは……?もしかして天使、とか?」

「―そこまで位は高くありませんよ。初めまして、マミ・フェリスベット。私は月の上級精霊、ルナ・ミラスです。ルナとでも呼んでください」

「月の上級精霊?……まだまだ知らない存在がいっぱいいるんだなぁ」

「―実際にコルニキアに来てもいないのに、コルニキアの全てを理解することなどできませんよ。初めて召喚を行ったジュン・ルイベスですら全てを知りえなかった。まぁ、彼にも様々な事情がありましたが」

「じゃあ、フーバー・デオ……ルフィア・シィリィは?彼女が聖晶世界を見付けたんでしょう?」


 その質問にルナは答えてくれなかった。特に表情を変えることなく、ただ微笑んでいるだけで肯定も否定もしてくれなかった。


「ごめん。こんなこと聞いてる場合じゃなかったね。ルナ、お願い。力を貸してほしいの」

「―ええ。力を貸しましょう。暴走したグラディスの方々も解放しませんと」


 マミが左手をルナに伸ばすとコルニキアに意識が戻っていた。

 すぐ目の前にルナがいて、地面から浮いていた。地面に足がついていないのだ。

 そして、左手に持っていた杖を水平に一度振った。それだけでさっきマミがやった細い光を降り注ぐことをやってのけてみせたのだ。それでグラディスの動きを止め、トールが一気に片付けていた。


「―マミ。私は他の上級精霊と異なり、前線で戦うことに慣れていません。後方支援ばかりしていて、接近戦などは得意ではないのです」

「え?そうなの?っていっても、上級精霊がそんなに戦えることを知らないんだけど……。大体今みたいに光を使うんじゃないの?」

「―私はそうですが、四大属性の精霊ともなると接近戦もするのですよ。私は見た通り杖を持っていますが、あくまで光を使うための補助具のようなもので」


 マミはそこまで上級精霊を見たことがない。だから戦い方など言われてもわからないし、今召喚できたのも謎だ。何か召喚しようと思ったらできただけ。本当に召喚はよくわからない。

 だからこそ研究のし甲斐があるのかもしれないし、面白くもあるのかもしれないが。


「とりあえずわたしはあの結界を維持するから、あの結界の外にいるグラディスをとにかく攻撃してくれる?トールと協力してくれればいいんだけど」

「―トール?」

「うん、わたしが召喚した存在なんだけど……」


 ちょうど結界の周りで戦っているトールを指差すと、ルナは少しだけ顔を訝しくした。だが、気にせずトールの援護をしてくれた。


「―たしかにあなたの召喚したグラディスでしょうが……。初めて見ました」

「そうなの?聖晶世界に住んでても知らないんだ?」

「―私の役目が聖晶世界でも特殊だからでしょうね。天使の住む城を守るのが役目ですから」

「守る?何から?」


 聖晶世界で争いは起きていない。それはトールから聞いたことだ。クレアからも聞いたが、聖晶世界の存在が言ったことの方が信憑性がある。


「―人間からですよ。どんな人間が天使を召喚しようとしているのか。それを量るのが私というわけです」

「査問官ってこと?それだけ天使って特別な存在なんだ」

「―聖晶世界でも特殊な立ち位置ですよ。変わった方々が多いですが、昔本当に変わった方がいましてね……。すみません、少し話が脱線してしまいました」


 ルナがまた杖を横に振ったので光を放つと思ったのだが、実際にはホーリーフェアリーを呼び出していた。

 光の中から現れた五体の小さな光を纏った羽の生えた存在。

 やはり聖晶世界にグラディスを呼ぶには光をくぐってこなければならないのだ。


「なんとかなりそう?」

「―あなたとあの赤髪の少女次第でしょうね。あなたが倒れたらあの赤髪の子が倒れる。あの赤髪の子が倒れたらあの黒い光を壊せる人がいなくなる。あのトールという存在でもいいでしょうが、彼だって迎撃で忙しい」

「それぞれの役割を果たそうってことだね?」

「―そうです。あなたはあの結界と私の存続だけを考えていてください。そうすればあの子がどうにかする」


 マミはルナに言われた通り持続だけに全ての意識を委ねた。マミを襲おうとするグラディスはルナとホーリーフェアリーが倒してくれた。

 あとはクレアを信じることだけだった。


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