第29話 五声(5)
トールが来たからといってそこまで状況は変わらなかった。トールはたしかに多くの暴走したグラディスを倒してくれているのだが、それ以上に黒い光から出てくる暴走したグラディスの方が多いのだ。
(どうしよう……)
マミのポーチの中に蓄光石はあと二つしか残っていなかった。これのおかげで光を数多く召喚できているのだが、尽きてしまえば何にもならない。
空気があれば火や水を召喚することができるが、存外目に見えない契約物というものは人間には扱いにくい。
風のように感じることができれば五感が働いたことで神経が活性化し召喚に扱いやすくなるのだが、五感が働かないようなものは感じるという理解ができないために召喚には不向きなのである。
もちろんマミは今まで自分が召喚は不得手だと思っていたために、目に見えない契約物を使ったことなどない。
そして得意になり始めている光属性の契約物がなくなりかけているマミにとって、今の状況は召喚士としてどうしようもできなかった。
契約物のない召喚士など、こんな事件の最中ではただのでくの坊でしかないのだ。弾丸のこもっていない拳銃と同じだ。
(考えろ、考えなさい!マミ・フェリスベット!あなたの頭は何のためについてるの!)
頭をフル回転させながら周りの状況を見て、今のマミがやるべきことであるクレアの援護を最優先した。
一個蓄光石を使い、遠くからクレアへ近付いている暴走したグラディスの群れへと光の塊を放った。
暴走したグラディスたちの現状の主な標的はクレア、マミ、トールである。
その三人が自分たちを脅かす存在であり、自分たちを倒すことすらできない二人の教師と避難している生徒たちは視界にも入っていなかった。
暴走したグラディスに理性などなく、コルニキアに存在していられるマナが尽きるまで本能で動いている獣たちでしかなかった。
元々グラディスは多くの種が人間を超える身体能力の持ち主であり、それを聖晶世界では発揮できていないだけである。
そんな存在がマナが尽きるまでという制約以外何も受け付けず、そして理性が崩壊しているのであれば、人間目線で暴走しているというのは当然なのであろう。
「クレアがあの黒い光に辿り着くまでもう少し……!」
黒い光の近くほど暴走したグラディスが集まっているが、クレアと召喚したアクアドラゴンやゴーレムたちも負けていない。
ゴーレムが大きな体を利用して動きを止め、フェアリーたちも足止めをして、そこを威力のあるアクアドラゴンの吐く息吹きやクレアの剣によって確実に数は減っていった。
マミは剣について詳しくなかったのでよくわからないが、クレアが持っている剣に大した特徴・装飾は見られなかった。
つまり名前が通った剣ではないのだろう。それなのに暴走したグラディスを倒し続けているということはクレアの剣技が優秀だということだ。
さらに二刀流というのは最低でも一本小刀でなければ難しい。
本来両手で持つような剣を片手で持ち振るということは筋力という面を除いても感覚的に難しい。片手で剣を振るということに慣れていないとできない芸当なのだ。
あとは剣を振る軌道だ。両手で振り抜けば、振り抜いた先に軌道を邪魔するものはない。
だが、振り方によれば剣と腕の軌道の先にもう一つの剣及び腕があることもある。それによって本人の全身のバランスが崩れてしまえば、そこを相手につけいれられる。
こういった様々な困難な条件がありながらも剣についての初心者がその動き一つ一つを綺麗だと感じてしまうということは、クレアの剣技の優秀さを裏付ける要因の一端を担っている。
そんなクレアにマミがしてやれることは最大限の支援。クレアが黒い光の中心に向かえば向かう程多方向から攻められる。
それを防ぐのが今のマミの役目だ。
今クレアの周りにはクレアの姿が見えなくなるほどに暴走したグラディスが集まっている。マミの手元に安心して使える契約物は蓄光石一つのみ。それが最後の召喚になるかもしれなかった。
「できることを、わたしはしなくちゃ……!」
マミは蓄光石を掴んで召喚のための光を出した。それは今までのものよりも随分と大きな光だった。
これまで二十回もの召喚をしている召喚士の光としては尋常であり、その光を放っているのがマミだというのは周りの人間からすれば驚きであった。
知っている人からすればランクの低い召喚ですら失敗し、暴走させてしまう研究者を目指す少女。
知らない人からしても、この場にいるということは召喚について追試を受けに来た人間だという認識はあった。
「一、 長時間保って。
二、クレアたちの邪魔をさせないように強くあって。
三、円形として形を保って。
現れて、今のわたしの全開!」
マミは召喚を起こすと、クレアたちの周りにまるで結界のような光の壁を作りだしていた。しかもさっきまで召喚していたようなすぐに消えてしまうような攻撃ではなく、クレアの突撃を守るために外部と切り離すための代物。
クレアの近くにいた暴走したグラディスたちは光の外側に弾かれ、クレアを襲おうとしても逆に伸ばした腕が吹き飛んでいた。
「最高だよ、マミ!あんたはこの学校で一番の召喚士だ!」
「さすがに、上級のアクアドラゴンと他の生き物も複数召喚してるクレアには勝てないよ」
弱い個体であれば、マミの結界に触れただけで消えていった。この結界を判定するなら上級としても過大評価ではないだろう。
マミはこの結界が消えないように維持することだけを考えていた。生き物の召喚と同じだ。維持し続ければクレアは目の前と新しく黒い光から出てくるグラディスだけを相手にすればいい。
それだって大変だが、これがマミの限界でもある。
外にいるグラディスならトールが処理してくれる。内側はクレアがどうにかしてくれている。これであとは国防軍の反喚部隊を待てばいい。トールとクレア、それに反喚部隊がいればさすがにこの事態は収まるだろう。
だが、その考えは甘かった。
「マミ!危ない!」
トールのその声で左側から一気に近付いている個体が六体ほどいるのに気付いた。トールも向かって来ているが間に合わないだろう。
結界が壊せないのであれば、結界を作りだしている召喚士を倒してしまえばいい。理性などなくても暴走したいグラディスなら当然思い付く考えだった。
マミはポーチの中に手を突っ込んだが、あるのは砂金が入った小瓶だけ。それを出して瓶の蓋であったコルクを片手で開けてマミから少し前方の上へと投げた。
そうして砂金は空中へとばら撒かれた。夏の日差しが強い中、それは光を受けて煌めいてくれた。その煌めきをマミは結界を維持していない左手で利用して召喚の光を放っていた。
「一、 結界が崩れない程度の強さで現れて。
二、降り注いで。
以上!」
結界が崩れてしまっては何の意味もない。迎撃さえできればいいので、マミは見えている暴走したグラディス全員に降り注ぐように細い光の雨を召喚した。動きさえ止めてしまえばトールが倒してくれる。
思った通り、トールは炎を召喚してマミの目の前のグラディスを倒してくれた。
「全く、無茶をする」
「わたしが危なくなったら助けてくれるんでしょ?」
「そういう契約だからな。……考えたじゃないか、砂金を光を集める媒介にするなんて」
咄嗟に思い付いただけだった。
光を召喚するのがマミには向いているのかもしれない。それなら光に関連するように契約物を使えばいいだけなのだ。
契約物だって物だ。物には様々な用法がある。想定されている使い方以外もできるのだ。
「だが、もっと単純に物事を考えてもいいだろう?その光の大元を使えばいいじゃないか」
「太陽?」
「まあ、光には様々あるが、使ってもいいんじゃないかというアドバイスだ。あとは……」
トールは太陽とは違う方向の空を指した。
その方向を見ると、うっすらとだが、基本的に夜にしか見えないものがあった。
「今は太陽のせいで弱々しいが、あれだって光を放っている。どっちがマミに向いているかは俺にはわからない。どっちにしろ、契約物を用意しなくて済むだろう?」
「月か……。あと、夜なら星の光もいいかもね。今は見えないけど」
「この前の夜、蓄光石を使った召喚で用いたいのは月か星の光だろう?そっちの方がマミには向いているかもしれない。慣れてるだけかもしれないが」
それだけ言ってトールは再びグラディスの群れへと駆けていき、倒し始めた。
炎や雷、更には風や岩、水までも使って倒していた。暴走したグラディスにも属性はあるのだからそれに適した属性を使い分けているのだろうが、トールがグラディスだと知ったらどれだけの人間が驚くだろうか。
五属性の力を使い分ける人型のグラディス。そんな存在は召喚が発見されてから数百年経っているが、未だに発見されていない。
マミのことで驚いていて、トールのことでこの場にいる人間は驚いているが、トールがグラディスでそのマスターがマミだと知れば、今以上の驚きとなる。
「やっぱり、バレないようにしないとな……」
そう呟いた後、マミは月へと左手を伸ばした。
召喚による倦怠感のようなものは感じない。ということはマミはまだ召喚ができる。
召喚をして疲れや倦怠感を覚えたらそれ以上召喚するなと教えられてきたが、そんなことは今まで感じたことはない。
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