第24話 四声(3)


 夜になってやはりトールは帰ってきた。いつの間にかリビングと玄関を仕切る扉を開けてリビングへと入ってきたのだ。もちろん、玄関の扉が開くような音はしなかった。

 今日はPPCで夜ご飯は要らないと言っていたので先に食べてしまった。どちらかというとトールは外食の方が多いが。


「ただいま」

「おかえり。そういえば明日の予定聞いてなかったけど、何するの?まさか部屋でずっと寝てるとか?」

「それもいいかもしれないな。だが、どうしてだ?別に予定を言わなくてもいいだろう?夫婦ではないのだから」

「夫婦って……。一応予定聞こうと思っただけ。一応一緒に住んでるんだから。コロシアムで試合もないみたいだし」


 最近ようやくトールの冗談に慣れてきた。男に耐性がついてきたのか、トールに慣れてきたのか、それは定かではないが、この生活には慣れてきたということだろう。


「そんなに毎日戦っていられるか?休養はどんな生き物にも必要だ。明日はそういう休日だよ」

「そっか。別に深い意味はないんだけど、ヒュイカが試合見れないって残念がっていたから。で、どう?人間の女の子に好かれるっていうのは」


 少し意地悪く、口角を上げて聞いてみた。マミはこんな風にからかうこともできるようになっていた。

 一方トールは少しだけ悲しそうな顔をした後、クレセント・ムーンの本を取ってそれを開きながら、とてもつまらなさそうに答えた。


「関係ないな。俺と彼女では生きる世界が違う。……種族も違う。それでどうやって恋が成立する?俺がここにいられるのはほんの少しの時間だけだ。マミとの契約が終わって、俺のやるべきことが終わったら聖晶世界に帰るっていうのに」

「その種族について聞きたい。……トールって、雷神トールなの?」

「それはコロシアムでの通り名だろう?」

「それが正体じゃないの?」


 それだと様々な辻褄が合う。

 属性を複数持っていること。

 色々な力を持っていること。

 幻想級に匹敵する力を持っていること。

 イフリートやヴォルトといった上級精霊を従えていること。


「どう……なの?」

「別にそう思いたいならそう思えばいい。正解とも不正解とも言わないが、その時が来たら全部話してやる」

「その時って、いつ?」

「さあな。だが、話さないということはない。……別にいいだろう?正体なんて、わかったところで納得して終わりだ」

「その納得ができなくてもやもやしてるんだけど」


 それでも答えてくれない。

 よくよく考えれば、トールが本当の名前なのかすら怪しい。トールと言われてしまってはどうしても神様のトールと関連して考えてしまうものだ。それほど有名すぎる名前なのだから。


「ではマミはクレセント・ムーンの正体を知りたいと思うか?」

「……それとこれだと話が違うと思うんだけど?クレセント・ムーンがどんな人なのか気にならないって言ったら嘘になる。けど、こんな身近な存在と、本の著者なんて自分との接点が違いすぎるよ」

「……それもそうだな」


 トールはあっさりと納得してくれた。だが、会話はそこで途切れてしまい、トールは本を読むだけだった。

 まだ寝る時間には早く、かといって二人でやることも特にはない。掃除や洗濯はだいたいトールがやってしまう。夜ご飯の食器洗いも終わっていてお風呂にもすでに入ってしまった。日記も書き終わっている。


(ん?お風呂?)


 気になってしまったマミはトールに近付き、さりげなく匂いを嗅いでみた。

 だが、別に変な匂いはしない。逆に良い匂いがするくらいだ。マミが知る限りトールと生活してから一度もトールはお風呂に入っていない。外で入っているのだろうか。

 マミが使っているシャンプーともリンスとも違う匂い。

 マミがいない間に入っているということはなさそうだ。お客用にバスタオルなどは一式予備があるが、それを使っているとは思えない。


「……マスター、気は確かか?まさか他の男にもそんなことしているわけではないだろうな?」

「しないよ。トールって食事はするのにお風呂には入らないのかなって気になっただけ」

「必要ない。食事をするのはこっちに留まるのにマミ以外の力が必要だからだ。それを食事や、あとは無駄な力を使わないように寝たりして蓄えている。体臭は聖晶世界にいる時から変わらない。これは全てのグラディスに言えることだ」

「皆一日も経たずに還してるからわからないってこと?」

「そうだ。それほど持続できないのが一般人だよ。俺ほどのグラディスをこんな長時間コルニキアに留めておけるマミはよっぽどだってことだ」


 マミはそれほど生き物を召喚しない。暴走が怖いからである。だから最小限しか呼ばないことと、呼んでもすぐに帰してしまうから持続性なんて気にしたこともなかった。

 持続性を気にするのはコンクールに出るような人と、コロシアムなどで戦う人だけだろう。召喚を職業と関連でもさせていないと特には気にしなくていい持続性。

研究者にはどれだけ質の高い召喚ができるかの方が重要で、持続性は二の次なのだ。

 さすがに珍しい召喚をするのであれば持続性も必要であるが、召喚する存在によって変わってしまうものだから仕方がないとして諦めているのが今の現状である。


「割と無意識なんだけど……」

「それはそれは。やはりマミは特別だよ。追試なんて本来受けるべき人間じゃない」

「でも、力の調整ができないのは問題じゃないかな?研究者として」

「加減を覚えるしかないな。そればっかりは感覚だから数をこなせとしか言えない」

「はーい」


 マミは返事をした後に明日学校へ行く支度をしていなかったことを思い出した。明日使わない物をカバンから取り出すだけだが、重いカバンのまま学校に行くのは嫌だ。

 一応追試について書かれた紙を見ながら準備したが、特に必要な物もない。契約物も必要ないと書いてあるので置いていこうと思った。

 なので机の上に契約物が入っている袋を置くと、後ろから声がした。


「マミ、契約物を置いていくのか?」

「あ、うん。明日の追試は学校が用意してくれるんだって」

「だからって置いていくのは感心しないな。召喚士として、自分の身を守るために常に契約物を持っておいた方がいい。いつ誰に襲われるかわからないからな」

「うーん……。それもそうだね。一応持っていくよ」

「あと、そうだ。これをやる」


 そう言ってトールが投げてきた物は契約物を小分けして収納しておけるポーチ。それは出していたマミの手にすっぽりと収まった。オレンジ色のもので、六種類の契約物を入れられる物だった。

 腰に取り付けることもできるので、取り出すのが楽になる。コロシアムに出場している人間はほとんど着けている。


「それがあった方が便利だろう?」

「そうだけど、貰っていいの?」

「マミのために買った物だからな。使ってくれないとかえって困る」

「なんか、色々してもらってばかりだね。わたしって」

「マスターに尽くすのが従者としての俺の役目だぞ?これぐらい朝飯前だ」


 持っているだけの契約物をポーチへと移し、ポーチをカバンに入れた。明日使うことはないだろうが、いつか使う時のために入れておいた。

 それからしばらく二人は静かに読書をして、マミを眠気が襲いあくびをしたことで二人は電気を消して眠りについた。




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