第23話 四声(2)

 もう馴染みの客なのか、トールは店員に手早く注文してからマミたちの席に来た。マミの隣に座り、前にクレア、斜め前にヒュイカという席だ。


「何だ、もう注文してたのか」

「トールが来るのが遅かったからね」

「全部払ってやるから好きに注文していいぞ?どうせその程度しかできないからな」

「トールさん太っ腹!」


 ヒュイカがそう言ったことでトールは気付いたのか、一度軽く頭を下げてから目の前の二人を見て発言した。


「自己紹介がまだだったな、すまない。トールだ。今はコロシアムで賞金稼ぎをしている」

「あの、トールさんとマミってどういう関係なんですか?」


 よっぽど気になっていたのか、ヒュイカが質問した。

 もしかしたらヒュイカは本気でトールにホの字なのかもしれない。話す度に少しだけ頬が赤いのだ。といっても、最初のマミと同じ状態なだけかもしれないが。


「親戚だ。割と遠縁だがな」


 これは事前に話し合っておいたことだった。ネイサに尋ねられたので、口裏を合わせる必要があると思ったのだ。二人で合わせておけば矛盾は起こらない。


「歳はいくつです?」

「今年で二十二になる。質問するのはいいが、そちらの名前も聞いていいかな?」

「あ、すいませんでした。ヒュイカ・ケイトです。で、こっちが……」

「クレア・エルファン。さっきの試合見てたけど、すごい召喚士なんだねぇ。……雷属性の上級精霊なんて初めて見たよ」

「ありがとう」


 実際トールは二人の顔と名前を知ってはいるのだが、初めて会ったという体を守らなければならなかった。

 こうして実際に顔を合わせるのは初めてであるが、陰から姿を見て名前をすでに知っているのである。


「さっき召喚した雷属性の上級精霊の名前、聞いてもいいかい?」

「ヴォルト。認知されていないのは仕方がない。ヴォルトは気難しくてな。契約物を細かく限定しているんだ。だから召喚できる人間が少なくても仕方がない」

「そうなの?トール、その契約物って何?」

「純粋な電気。人間が産み出したものは受け付けないし、宝石類も嫌うんだ。ヴォルトは少々特殊な存在だからな」


 それはそれでグラディスとして正しい姿であると思えた。本来グラディスは自分に関係する物を契約物として設定している。宝石類はグラディスが認めた例外であるのだ。

 色が合っていてコルニキアにとって高価であるという理由が上級ランクの召喚に適しているとは長年疑問に思われていたのだ。

 そこで、少し前の研究者が発表したのが例外説。召喚の枠組みを広げるために聖晶世界の存在が許した特例という考えだ。実際多くのグラディスにとっての契約物は自分に関係する物ばかりなのだ。

 そんな時にサンドイッチプレートとトールが頼んだコーヒーがきた。それを食べつつ、クレアが質問する。

 その言葉には何故か棘がところどころに含まれていた。


「ねぇ、トールさんってコロシアムで賞金稼ぎする前は一体何をしてたの?」

「世界を旅してた。最近コロシアムの方が稼げると思ってな」

「旅してた頃はどうやってお金を稼いでいたんだい?」

「大工の仕事を手伝ったこともあれば、賞金首を捕まえたこともあった。賞金首を捕まえると楽だぞ?大金が一気に手元に入る」

「トール、わたしたち一応女の子なんだけど……」

「召喚で退治することもできるだろう?男女はあまり関係ないな。事実前のコロシアム覇者は女性だろう?……旅でもしないと賞金首なんて倒さないか。うん、危険だからやめるように」

「説得力なさすぎ……」


 作り話に一応話を合わせながら、マミは紅茶を飲んで口元を隠していた。

 言葉では隠せていても表情は隠せていないのかもしれない。実際トールには自分が考えていることを何度か当てられてしまっている。

 親友である二人に隠す必要があるのかと言われればある。

 どこから漏れるかわからないのだから隠すのは徹底する。

 そして、マミは未だにトールを召喚したのは偶然だと思っている。偶然を二度繰り返すことはできないから、何かの拍子でもう一度召喚して見せろと言われても困るのだ。

 今となってはヒュイカがトールのことをどう思っているのかわからないから、余計に言えなくなってしまった。

 トールが人間じゃないと知ってしまったらショックで寝込みそうだ。


「トールさん、あなたには聖晶世界がどんな風に見えているんだい?」

「ん?」


 この前マミが聞いたことを今度はクレアが質問していた。どういう意図があるのかわからないが、トールはコーヒーを一口含んでから答えた。


「綺麗な世界だ。だが、一方であの世界には圧倒的に足りないものがある。だから完全な世界ではないだろうな。たとえ生き物が争わずに暮らしていても、仮初めのモノだよ、それは」

「あの、トール。全然わからない」

「わからなくて当然だ。わからない話をしているんだからな。だがこれをきちんと文章にまとめれば論文になる。クレセント・ムーンはすでに気付いている事実だ。クレセント・ムーンに近付きたいなら今俺が言ったことを追求してみろ」

「ちょっと待って。メモするから」


 マミはカバンからメモ帳を取り出してトールの言葉を一字一句書き出した。クレセント・ムーンの名前も一緒に記載した。

 これはマミが召喚について思ったことをとにかくメモしている物だ。誰かの論文に書いてあったらその本と著者名を書き、なかったものはとにかく調べる。調べた結果見当たらなかったら研究し、文字に起こしてみる。

 これが将来の論文作成に生きると思い、ずっとしていることだ。


「マミは真面目だねぇ。あたしにはサッパリだったのに」

「でも面白い話ですよね。聖晶世界に足りないものがあるなんて……」

「結構単純な答えもあるぞ?まあ、それは足りないというか、欠けていても全く問題がないものでもあるけどな」

「……あ、人間」

「正解」


 単純な答えであるが、見落としがちな答え。聖晶世界にもコルニキアにも鳥や犬はいるのに、人間はいない。

 人型の天使はいても、人間そのものはいないのだ。トールだって人型ではあるのだろうが、人間ではないのだろう。

 推測である全能神トール説が合っているのであれば、トールは神話に出てくる神なのだ。

 神は人に似て人に非らず。一緒にしてはいけないのだ。


「人間は聖晶世界にいない。けど、いないから平和なんじゃないかな?きっと人間がいたら争いだらけの世界になる」

「そんな断言しなくても……」

「あたしもマミの考えに賛成だな。コロシアムのように聖晶世界の存在を戦うための道具としか思っていない人間もいるんだから。全員がそうじゃないだろうけど、一部でもいれば対抗するために結局は争いになる」

「……すまないな。喫茶店でするような話ではなくなってしまった。そうそう、コロシアムの連中に変な通り名を付けられた。全く迷惑な話だよ」


 トールはそう言って自分のPPCのある画面を開いて机の上に置いた。それはコロシアムの登録選手のリスト。


「通り名って、何勝かした召喚士に与えられる渾名でしょ?あれって自分で決められるわけじゃないんだ」

「こんな恥ずかしい名前を自分でつけてたまるか」


 ちなみにコロシアム覇者の通り名はそのまま覇者である。これは一人しか得られない通り名だ。

 基本的に被らない限り通り名は人それぞれだが、召喚する物の傾向が被っていたら通り名も被ることはある。


「で、何にされたんだい?」

「雷神」


 絶句した。

 マミはPPCを覗くこともできなかった。その代わりにクレアが動かして確認していた。


「雷神ですか?あ、さっきの試合で雷属性の上級精霊を召喚したから?」

「おそらくな。それまでは炎関係の通り名にしようとしていたらしいが……」

「あ、ホントだ。神様ねぇ……。別に幻想級を召喚したわけでもあるまいし、大袈裟な。そうしたらウンディーネを召喚した奴は水神かい?」

「……トールが召喚したヴォルトが珍しかったからでしょ?」


 案外コロシアムの人間もマミと同じ考えに行き着いたのかもしれない。トールがグラディスだとは気付いていないだろうが、それほど万能な召喚士だと認めたということだろう。


「何で神なんて呼ばれないといけないんだか……。恥ずかしいだけだろう?」

「でも、それだけ凄いってことですよ!あの、トールさんってこのまま本戦まで行くんですか?」

「うん?いや、俺は金が稼ぎたいだけでね。本戦にはあまり興味ない」

「本戦行った方が金が稼げると思うけどねぇ?」

「もっとお金を効率的に稼ぐ方法がわかったのさ。グレイムにももう許可を取った」

「え?グレイムさんに?」


 二人が極秘でやっていることがあるのはクレアとヒュイカにも言っているが、実際はお互い隠したい秘密があり、それを誰にも話さないという約束をしているだけなのだ。

 トールがグラディスであるというのが世間にバレてしまうとマミ的にもトール的にもマズい。

 そういう意味ではこの前グレイムがクレアたちにトールのことを言おうとしたのはルール違反だと思ったが、結局知られることもなかったので水に流そうとマミは思った。


「そういえばグレイムさんとはどういう関係なんですか?」

「……戦友だよ」

(ウソだ)

「なんかウソっぽいねぇ」


 何故こんなわかりやすい嘘をつくのか。さすがに秘密を握り合った仲とは言えないだろうが、もう少し他に表現がなかったのか。

 実際クレアに感付かれている。


「嘘なものか。お互いの実力を認め合った仲だ。何ならグレイムに聞いてみればいい」

「どうやって確認するの?」

「ん?あたし確認できるけど?」

「あ」


 クレアはグレイムに興味を持たれて、PPCのアドレスを交換しているのだ。だからこの場で確認することができる。


「そこまで俺の素性に興味があるのかな?クレアさん」

「あるよ。なんたって初めて雷属性の上級精霊を召喚したんだからねぇ。興味を持たない方がおかしい」

「ま、まさかクレアも……⁉」


 あえてマミはヒュイカに突っ込まなかったが、ヒュイカのことで一つ確信を得た。

 そして、ヒュイカの考えはおそらく外れている。

 クレアが気になっている理由は純粋にトールがわからないからだ。マミだってまだまだわからないことの方が多い。気になることもある。

 それと同じでクレアも気になっているだけではないだろうか。


「ご自由に、としか言えないな。そういえばマミ、明日は召喚実技の追試とか言ってなかったか?」

「うっ、うん。練習しないと、だね」

「また親にうるさく言われるぞ?次はきちんと受かるようにな。……俺はこの後用事があるから行かないとならない。できれば二人でマミの練習に付き合ってくれないか?」

「あー、あたしは大丈夫かな。ヒュイカは?」

「私も別にやることないから、平気」


 その言葉を聞いてトールはPPCを仕舞い、伝票を持って財布を出した。


「じゃあ、また何かあればマミを通して連絡をくれ。たまにだったらご飯ぐらい奢るから」

「あ、トール。今日はありがとう」

「マミは追試を頑張れ。じゃあな」


 トールは会計を済ませるとさっさと行ってしまった。

 本当に用事があるのか逃げるための言い訳だったのかはわからないが、とりあえず同居していることは隠し通せるだろう。


「あーあ、逃げられちゃった」

「きっとトールにも知られたくないことはあるんだよ。割と秘密主義者だし」

「でもミステリアスな人ってカッコよくない?……って、ああ!彼女がいるかどうか聞けなかった!」

「……はは、ヒュイカってやっぱりそうなんだ」

「ヒュイカをいじれるネタも手に入れたことだし、どこ行こうかねぇ?やっぱり学校かい?」

「そうだね。先生もいるし、学校行こっか」


 コルニキアでは基本的に個人での召喚を禁止している。聖晶世界に意識を飛ばしすぎて意識不明になるのを防ぐためと、暴走した時にすぐに反喚部隊に連絡するためだ。

 学校に行くまでヒュイカは二人にいじり倒された。トールの話をする度に顔を赤くして、慌てふためく姿が面白かったのだ。

 ただ、無理矢理だがトールのPPCのアドレスを奪われてしまった。

 それはトールが何とかするだろうとマミは決めつけ、放置した。

 学校に着いてからはマミが適当に用意した契約物で召喚を繰り返した。追試で何を契約物にするかわからないので、とにかく試した。

 落ち葉から木の枝を召喚したり、土から大きめな岩の塊を出したりした。

 八回目の召喚をしてグラディスを聖晶世界に戻すと、ヒュイカが目を丸くしていた。クレアは怪訝そうな顔をしていて、マミのことを注視していた。

 八回も連続で失敗しなかったことがそんなにも珍しいことなのかと思ったが、マミにしてみては珍しいことだったと思い出した。

 最近は失敗をしていなく、何連続も召喚を成功しているのでそんな初心も忘れてしまっていた。


「ど、どうかな?これで追試は大丈夫かな?」

「あー、あたしは大丈夫だと思うけど、マミこそ大丈夫?」

「え?何が?」

「いくら下級と最下級とは言っても、八回も召喚して疲れてないの?」


 そう言われても気だるさや疲労感は一切感じなかった。

 何ならまだまだ召喚できるくらいだ。トールを召喚した時も、その前の特訓の時も、昨日中級クラスの召喚をした時でさえ疲労感は感じなかったのだ。


「別に何ともないけど、二人とも何で?」

「ほら、召喚のし過ぎで倒れちゃう人もいるでしょ?特に子供が顕著だけど。マミもそうならないか心配してたけど……さ。だって、コロシアムに出る人は前日に召喚をしないんだよ?」

「そうなの?」

「あたしは五回目くらいで止めようと思ってたんだよ。けどマミは楽しそうに続けるから……。ま、いっかって」


 召喚のし過ぎで体を蝕むというのはコルニキアでの常識だ。

 だが、そのし過ぎがよくわからないのだ。マミは今の通り十回程度なら召喚しても体に支障は出ない。

 コロシアム本戦に出るような人は一試合で十回以上が普通なのだ。しかも上級ばかり召喚して、なのだ。


「危ないって思ったら止めてよ。それよりも……」

 マミはメモ帳を出して書き込んだ。人間は自分の召喚における限界量を計る機械か何かが必要なのではないか、と。それさえできれば召喚で倒れる人間は圧倒的に減るのではないか。

 それは才能を決めつけてしまうかもしれないが、何かしらの努力でその限界量が伸びれば召喚の教育にも生かせるのではないだろうか、とも書いた。


「うーん、調べたいことがいっぱいだなぁ……」

「それじゃあさっさと研究者にならないとね。でも、マミの学力なら飛び級だってできるんじゃないの?」

「わたしは日常生活の中にヒントって隠れてるって考えてるんだよね。それに飛び級したせいで他の人はしっかり学んでる部分を疎かにしたくもないし。あと、召喚ができないまま研究者にはなりたくない」

「まぁ、召喚に関してはどうすれば実力が伸びるかわからないからねぇ。でも安心しなよ。マミには才能あるから。こんだけ召喚して疲れないのは一つの才能だよ」


 才能があるクレアから才能があると言われることは純粋に嬉しい。しかも、クレアはトールやイフリートまでもが認める召喚士だ。トールが言っていたことを真に受けてもいいかもしれない。


「二人とも、付き合ってくれてありがとう。明日は頑張るね」

「いつもと変わらないし、大丈夫そうね。頑張って」

「何ならあたし等見に行こうか?どうせ暇だし」

「えー、トールさんの試合見に行きたい!トールさんに賭ければお小遣いも手に入るし!」

「学校にいるのに大声で賭けるとか言うのはやめようよ、ヒュイカ……」


 それで気になり、マミはPPCを出して明日のコロシアムの予定表を見た。前日には上級の試合日程は発表されるのだ。

 トールからある程度の予定を聞いているが、明日の予定はまるで聞いてなかったのだ。


「明日トール試合ないみたいだけど?」

「え、ないの⁉」

「じゃあ別にいいんじゃない?マミをからかいに行こう」

「あれ?応援じゃないの?」


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