第22話 四声(1)
召喚筆記試験はどうということなかった。割と早目に終わってしまい、教室の中を見回していたが、諦めて寝ている生徒もいれば、一問でも多く答えようとして必死に書き込んでいる生徒もいた。
クレアは前者で見事に寝ていて、ヒュイカは後者で頑張っていた。マミもやることは特になかったので見直しをもう一回したら眠ろうかと思った。
試験が終わるチャイムが鳴ると、マミは起き上がってテストを提出した。
結局寝てしまった。昨日寝たのは日付が変わった後だったため、睡眠時間が足りなかったらしい。
「マミ、あんた今日どうすんのさ?明日追試でしょ?」
「そうだけど……今日はコロシアム行こうかなって。ちょっと見たい試合があってね」
「見たい試合?珍しいわね、マミがコロシアムに行きたいなんて。ベルヴォアさんの試合でもあったっけ?」
「ないよ。面白い物見せてくれるって言ってたから」
そう朝にトールが言っていたのだ。その意味がよくわからなかったが、見せてくれるなら見ようと思った。
それにトールのことを知ることはマスターとしてもしておいて損はないと思ったからだ。
「知り合いでも出るのかい?」
「まあね。すごい召喚士だから勉強になるかもよ?」
実際は召喚士ではない。それでも相手は召喚士なのだから見に行けば勉強になるというのは嘘ではない。
「じゃああたしも行こうかな。どうせ暇だし」
「その面白い物ってやつ気になるから私も行くよ。すぐ行く?」
「うん。割と急がないと試合始まっちゃうかも」
三人はバスに乗ってコロシアムへと行き、トールの試合には間に合うことができた。マミはトールが負けるはずがないとわかっているのでトールに少しばかりではあるが賭けた。
クレアとヒュイカもマミを見習ってトールに賭け、中段の席で観戦することにした。
「ねえ、マミ?このトールって人、この前イフリートを召喚したって人のこと?」
「そうだよ。よく覚えてたね。昨日までに四連勝してるんだって」
「知り合いだったわけ?どうして教えてくれなかったのよ?」
「その時は気付かなかったんだって。同じ名前の人なのかなって」
最近のマミは嘘を言うことに慣れてきた。それはきっとよくはないことなのだろうが、今の生活を守るためには必要なことだった。
親友に嘘をつくことで良心が痛むが、トールとの関係を隠すためには仕方がないと腹をくくっていた。
「何が面白い物なの?」
「さあ?そこまでは聞いてないから」
「まあ、お手並み拝見といこうかね」
「なぁに?その重鎮みたいな言い方。でも実際トールはすごいよ。楽しみにしてていいかも」
「あ、出てきたよ」
下の舞台にトールとその対戦相手が出てきていた。
トールの相手はこの地方覇者のベルヴォアに挑もうとしている召喚士。それ故実力もある召喚士だ。
「トールさん、結構カッコいいじゃない。彼女とかいるの?」
「え?……いないんじゃないかな?そういう話聞いたことないし」
いないことはわかっている。いたとしてもグラディスだろうが、話振りからするといないはずだ。
好きな人はいない、と言っていたのだから恋愛感情を持っている存在もいない、と思いたい。
愛人のような存在は否定できないが。
「マミがそうなんじゃないのかい?」
「まさか。ただの知り合いだよ。……そういう意味合いはないかな」
異性としては確かに見ている。だが、そんな関係ではないことはマミ自身が一番分かっている。
主人と従者の関係だ。それも契約による、同等の関係ではない。
「なら後で紹介してよ。そういう関係じゃないなら別にいいでしょ?」
「う~ん……。いいけど、がっかりすると思うよ?色々な意味で」
そう話している内に試合が始まった。いつも通り、トールは何も持っていない。
相手はフラスコを掲げて、その中に入っている物を契約物にするようだった。入っている物は白い粉。その正体はわからなかったが、光に包まれて消えていった。
その間トールは一歩も動かずに相手の召喚を待っていた。出てきたのは大きなウナギ。一見するとただのウナギのようだったが、それは体に電気を纏っていた。電気ウナギだ。
「水と雷の二属性持ちかい。やるねぇ」
「たしかに。ベルヴォアさんも危ないんじゃない?でもトールさんに負けてほしくないな~」
(うーん、負けるヴィジョンが全く浮かばない……)
トールは召喚士ではない、という理由が大きすぎた。
召喚には様々な過程があり、時間がかかるからこそ、その差異によってこのような場所は成り立っている。
その差になりえるものが全く存在しないのだから負けるはずがないのだ。
電気ウナギは身に纏った電気を辺りに放電し、それがトールを襲ったのだが、トールはいとも容易く避けていた。放電によって地面がめくれたのを見て、その欠片を拾っていた。
「それにしてもあいつバカだね」
「え?トールのこと?」
「違うよ、相手の方。コロシアムは水っ気がないんだから水属性を召喚しても本来の力を出せないってこと。水陸両用でも大丈夫な生き物か、ウンディーネとセットならいいんだけど、こんな場面で出したって効率的じゃないって話」
「さっき褒めてなかった?」
「召喚の腕はね。戦術はバカってこと。このバカさを見せたかったのかい?マミ」
「たぶん違うけど……」
その見せたいことはすぐに起こった。トールは放電から身を守るためにさっき拾った土の塊を使ったかのように光を出した。
そしてその直後に岩の壁を築いていたのだ。
「嘘、でしょ⁉」
「え?マミ、そんなに驚くこと?あれくらいできる召喚士は多いでしょ?たしかに速度は速かったけどさ」
「あ、うん……。そう、だね」
(炎以外にも、岩を創り出した?だって炎を出せるのはトールがそういう属性を持っているからじゃないの?トールは一体どれだけの力を持ってるの……?)
これでは本当にトールは幻想級としか言えない。
ペガサスや、天使、巨大ゴーレムなど召喚することが本当に難しく、契約物もそれ相応の物が必要になる存在。
あとは神話に出てくるような怪物、もしくは神の存在も聖晶世界を見付けたフーバー・デオによって論文が遺されている。
上級ランクの上が幻想級ランクなのだが、その差はとてつもなく大きい。
最下級ランクと下級ランクのように、いる世界からして違う種族がいるような、そんな差と同じような差があるのだ。
「マミ、大丈夫だよね?トールさん負けないよね?」
「たぶん……。一応コロシアムで負けたことないから」
そんなトールはさっきよりも大きな光を出していた。手には何も握られていなかったので、隠す気がサラサラないとよくわかる。
光が消えた後トールの傍にいたのはトールよりずっと小さな少年のような風貌をした、紫色の存在。その存在は電気ウナギのように体の周りに電気を纏っていた。
「マミ、クレア!あれって何⁉もしかして召喚に失敗したとか……!」
「安心しなって。そういうわけじゃないから。ああいう存在なの」
「もしかしたらあれ、雷属性の上級精霊じゃないかな……?ううん、それしか思い当らない」
「その解答が一番正しいってあたしも思うよ」
雷属性の上級精霊と思われる存在は雷を何本も舞台に落とした。ただ手を挙げただけでそれを実行してしまい、その高電圧によって電気ウナギは姿を保っていられなかったのか消えていってしまった。
電気ウナギも上級ランクであり同じ雷属性のグラディスなのだが、限界量はある。電気を少しでも通してしまう存在なら、無縁体でない限りは耐えられる限界がある。
それを超えてしまったらダメージを受けることになり、グラディスなら聖晶世界へ帰ってしまうのだ。
さらにトールは自分で電撃を直線状に放って相手を威嚇していた。それで腰が抜けてしまったのか、膝から崩れてその場から動かなくなってしまった。
それを見たであろう運営側が試合の終了を知らせる鐘を鳴らした。電光掲示板にもトールの勝利が大きく取り上げられた。
マミは見たこともない存在だったので、何となくクレアに尋ねてみた。もしかしたら知っているのではないかというただの勘だ。
「ねぇ、クレア。たしか雷属性の上級精霊って召喚省から発表されてないよね?」
「あたしに聞く?あんたの方がよっぽど詳しいじゃないさ。まぁ、召喚省に登録はされていないねぇ。いるだろうって言われてはいたけど」
「そんな存在をトールさんは召喚したってこと⁉すごいね!マミ、がっかりどころか尊敬しそうなんだけど!」
マミには一応トールが雷属性の上級精霊を召喚した理由を答えられる。トールもまた、聖晶世界の存在だからだ。聖晶世界で接点があったのだろうが、それでも納得できないこともある。
トールは自分と同じ属性なら自分より下のランクの存在は召喚できてもおかしくはないと言っていた。イフリートにもできるということから納得していたが、ではトールは何の属性に所属しているのか。
複数としても、三種類の属性を持つ存在なんて知らない。幻想級のことはわかっていないことが多いが、今まで知られているのは二属性までだ。
(まさか……?)
一つだけ、マミは思い付いた可能性があった。それも幻想級でだ。それは神話における神。フーバー・デオによって確認もされている神話の存在。
雷神トール。
またの名を全能神トール。
トールが本当に神話のトールであるのならば、どんなことだってできるだろう。なぜなら全能神なのだから。
一番の疑惑はそんな存在を何故マミが召喚することができたのか、ということだ。
「とりあえず、お金受け取りに行こうか。トールが勝ったわけだし」
「そうだねぇ。いや~、儲けさせていただきました。感謝感謝」
「ねぇ、マミ!この後トールさんに会えない⁉すっごく会いたいんだけど!」
「あ、うん。それは大丈夫。今日はこの試合だけだから、終わったら会う約束してたの」
三人はまずお金を受け取った後約束の場所で待っていた。コロシアムの近くにあった喫茶店。何でもトールがその味を気に入ったとか。
お店自体昔からあるようで、昔ながらの雰囲気を色濃く残していた。何も頼まずに待っているのも退屈だったので、三人とも紅茶と、三人でサンドイッチプレートを一つ頼んでおいた。
紅茶だけ先にきて、トールの試合について話しているとトールがようやくやってきた。
「トール、こっち」
「ああ。友達も一緒か」
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