第21話 三声(7)

「……いくよ」


 マミは蓄光石を置いた右手から光を出した。自分のイメージを聖晶世界へ飛ばして、光の上級精霊を必死になって探した。

色々な生き物を見ることができても、目的の存在が見当たらなかった。

 マミ自身は気付いていなかったが、発した光はどんどん大きくなっていき、マミの体を隠すほどには大きくなっていた。

 それを見てトールとイフリートは口角が上がっていた。ここまで大きな光を出せる人間などそうはいない。これを見ただけで教師は腰を抜かすレベルだ。

 その大きさは、すでにトールが倒したウンディーネを召喚した際のコロシアムの召喚士よりも大きかったのだ。平均的な大きさも掌サイズだ。


(そう、君はやればできる。それを自覚することが大事だ)


 マミは探して、それでも見付からなくて、必死に探した。光の上級精霊はおろか、中級クラスのホーリーフェアリーすら見付からなかった。辺りは靄に包まれていてよく見えない。

 そこで光がある場所を見付けた。聖晶世界にも明かりはある。その明かりは人間が創ったような人工的な電気による明かりではない。

 それでも暗く見えないということは空に必ず明かりがある。

 視点を地上から空へ向けると、そこにはきちんと光があった。月と数多くの点となっている星々。太陽は出ていなく、聖晶世界もコルニキアと同じく夜のようだった。

 月と星々の光が強くて日中と区別が付かなかったほどだ。

 そんな明るい月目掛けてマミは手を伸ばす。見付からないのはマミの力不足。または契約物が召喚しようとした存在にとって気に入らなかったか。

とにかく今はこれを使うしかなかった。


(一、 瞬間的でいい。

 二、少しだけでいい。

 三、纏まって現れて)

「以上とします!現れて!」

「まずい!」


 マミがそう言って光から何かを放った途端にトールはマミの手が向いている方へと飛んでいた。翼もないのに、本当に飛んでいるようだった。

 マミの手から光が消えたのとほぼ同時にまるで光線のようなものが直線状に放たれていた。それはマミの体よりは細かったが、速度がとんでもなく速く、それをトールが炎を用いて消し去っていた。


「え……?」


 マミはたしかに纏まって現れてと契約に入れたが、こんな攻撃のようになってしまうとは思わなかった。イフリートはそんなマミの様子を見て嘆息していた。トールもしかめっ面で戻ってきた。飛んでいる、というより浮いているようだ。


「もしかして、危なかった……?」

「そうだな。あのままだとそのまま直進してこの先の建物を壊していただろうな」

「―召喚を試して建物損壊か。トールが止めてくれて良かったな」

「ホント良かった……。でも、こんなことになるなんて」


 マミは辺りを明るくする程度にしか考えていなかった。それなのに攻撃のようになってしまったのはマミの制御が甘かったからだ。

 とはいえ、月の光を利用した程度であんなものができてしまうとは思わなかった。


「制御ができていないのは問題だが、これで君の実力はわかっただろう?威力を考えたら中級以上だ。蓄光石で召喚できるのはせいぜい下級。誇っていい。マミの出力、馬力は群を抜いている」

「―オレもそう思うぞ。下級以下の生き物を召喚した時、生き物が苦しそうだったり、それこそ暴走したりしなかったか?もしそうならお前の力が強すぎたのが原因だろうな」

「え?」


 イフリートの例え話をマミは以前に聞いたことがあった。

 生き物が苦しそう。

 マミはそれを感じたことはなかったが、クレアはそれをわかっていた。グラディスでもないのに、まして教師のように召喚について精通したわけでもないのに感じ取っていたのだ。


「どうかしたか?」

「あ、うん……。イフリートと同じことをクレアが言ってたなって」

「生き物が苦しそうってことをか?それは……感覚で分かったならすごいな」

「やっぱりクレアって特別なの?」

「特別だろうな。マミもこの学校の中では一・二を争う優秀な才能の持ち主だ。だが、クレアという少女はマミをも超えている。コルニキアでは五本指にも入るかもしれないな。今のマミのように自分の力を自覚すれば、だが」


 クレアの召喚を見ていれば優秀なことはわかる。それでもコルニキアで数えるほどの才能の持ち主だというのはわからなかった。それも数年後の話ではなく、今の時点でマミのように力の使い方を覚えれば、という話だ。


「トールってクレアのことどこまで知ってるの?」

「あの娘、たまにマミのように召喚をしているぞ?それを見れば実力はわかる。マミと三人で帰っているのを見たからな、容姿は知っている。赤髪の娘だろう?」

「うん、茶髪の女の子がヒュイカね。そんなにクレアってすごいの?」

「今のままで上級ランクを召喚できるだろうな。それでもまだまだ実力を隠している」


 クレアは試験の際、中級クラスのウィンドフェアリーを召喚するのに時間がかかっていた。中級の召喚ができること自体すごいのだが、それでまだ実力が隠れているという。しっかりとした契約物があれば、それこそ上級召喚ができるというのだろうか。


「―マミ、お前はお前の才能を伸ばしていけばいい。クレアのことは気にするな。彼女の才能は異質だ」

「そういう発言が余計気になるんだけど……」

「―お前はただの正常な才能だ。だがあの娘は召喚の答えを知っているのだよ。何を用いて、どれほどの力の入れようで、どんな契約をすればいいのか瞬時に理解する。そして力の際限がない。最悪契約物が要らないだろうな」

「イフリート、そこまでだ。というか言い過ぎだ」

「―なっ⁉ちょっと待て!」


 イフリートはトールによって強制的に聖晶世界に帰らされていた。トールが止めた理由はよくわからなかったが、イフリートが衝撃的なことを言って去っていった。


「召喚するのに、契約物が要らない?」

「そもそも契約物は聖晶世界との接点を産むために必要な物だからな。それはクレセント・ムーンの著書に書かれていただろう?接点があれば契約物なんて必要ない。その接点を彼女は感覚でわかるのさ」

「それって、召喚の定義としては大丈夫なの?」

「問題はない。そんなことができるのはクレアだけだろうがな。……マミ、当初の目的は果たしただろう?風邪を引かれては困るし、明日はそもそも試験だ。もう寝て体調を万全にして臨むべきではないか?」


 反論できなかった。PPCで時間を確認するともう日付は回っていた。

いくら夏でも寒くなってきた。屋上は建物の五階部分に当たるので風が強くて、夏でも寒く感じる。

 追試のために練習しに来たわけであり、中級の召喚ができたのなら目的は達している。


「じゃあ戻ろうか」

「ああ」

「……クレアの力のことは、本人に言わない方がいいよね?」

「そうだな。だが、いつかは気付く。グレイムとも接触したのだろう?そうでなければPPCのアドレスを知るなんてできないだろうからな」

「トールがわたしに会うようにグレイムさんをそそのかしたからでしょ?」

「そうだったな」


 トールを置いて屋上から出ると、トールはすぐに戻らずに星空を見ていた。その場に留まった理由は一つ。マミにクレアのことを伝えすぎたことだ。


「クレアはいつか気付く……。それはグレイムも同じだ。ここまで伝えてしまったのは良かったのか?父さん、母さん……」


 その二人はもうトールにとってはいない。それでも誇れる両親だった。今でも頼りにしてしまうほどには。

 自分が干渉しすぎなのではないかと、マミたちの関係に悪影響が出るのではないかと心配になってしまった。



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