第20話 三声(6)

 屋上に着くと、上着を着ていてちょうどいい暖かさだった。そしてこの前と同じくトールはすでに屋上に来ていた。


「本当にどうやって来てるの?」

「こういう力としか言えないな。説明できない」

「それじゃあしょうがないか。早速やるね」


 二つほど召喚してみて、失敗することはなかった。

 最近調子が良い。それは事実だ。補講の課題が無機物でも生き物でも、下級程度ならきちんと召喚できて失敗することはないという自信があった。


「どう、かな?」

「……駄目だな」

「え?駄目?失敗してないよ?」

「そうだな。召喚としては成功だ。だが、君の成長を考えたら失敗になる。そのままじゃ成長しない。俺がこの前言ったことを覚えているか?」


 マミは下級以下の召喚しかしていない。その上でトールに言われたことは一つだ。ただ慰めているとしか思わなかった言葉。


「もっと位の高い召喚をするべき、だっけ?」

「そうだ。……そうだな。これ位の召喚をするべきだ」


 そう言ってトールは手から光を出し、それを広げていった。トールが隠れるぐらいに光が大きくなると、炎で体を纏った半人型の存在が出てきた。

 コロシアムで一度見たが、こんなに間近で見るのは初めてだった。


「イフリート?」

「―どうしてオレを呼ぶ?他の奴でもいいだろう?」

「一番分かりやすい例だと思ってな。お前たちの誰かを呼ぼうと思ったから、マミが見たことある存在が良いと思っただけだ」


 イフリートは不満を言いつつ、トールには逆らわないようだった。それだけの関係性が二つの存在の間にはあるようだった。


「これ位って、上級精霊?それを、わたしに召喚しろっていうの?」

「ああ。君ならできる」

「無理!無理だって!下級どころか、最下級すら失敗するようなわたしが召喚できるわけがないよ!」

「俺を召喚したこの世に一人しかいない召喚士がそれを言うのか?」


 そう呟いたトールの、綺麗で鋭いセピア色の宝石のような視線を受けて、マミは反論ができなかった。

 セピア色の瞳なんて見飽きている。そのはずなのに、マミは今まで見たことのないような輝きを見た気がした。


「俺はこうやって上級精霊のイフリートを呼び出し、その上グレイムにも勝つような力を持った存在だぞ?そんな存在を呼び出した君が、上級精霊を呼び出すことができないとは思えない。それが俺の結論だ」

「グレイムさんと戦ったなんて初めて聞いたよ……。でも、トールを呼び出せたのはたまたまなの。もう一回はできないし、同じようなことも……」

「まだ才能がないと言うつもりか?断言しよう。マミはコルニキアの中でも飛び抜けた才能を持っている。自分の才能を理解して制御できれば、コロシアムで優勝することも簡単なくらいにはな」


 突拍子もないことだ。マミは今のコロシアム覇者に勝てるわけがない。二重召喚もできない、召喚で失敗続き。そんなただの学生がコロシアムに出たとしたら怪我をするだけだ。


「そんな才能、あるわけないよ……。だってわたし、ただの学生だよ?研究者になりたいだけの……」

「―トール、お前のマスターは随分根暗だな。よくこのマスターに就いて平気でいられる。お前の一番嫌いなタイプだろ?」

「……今のところは、な」


 その言葉に思わずハッとする。

 トールの好きなタイプは一生懸命な子。

 努力している姿は美しいって思う、自分の才能を笠に着ている子は好きじゃない。人間は努力を遠ざける。諦める。

 これはトールの論だ。それに今まさにマミは引っかかっている。

 そんな、嫌な人物が目の前にいて、しかも自分のマスターともなれば不快極まりないだろう。


「だって上級精霊を召喚するってことは、トールが勝った召喚士と同じことをするってことでしょ?プロの中でもできる人が少ないのに、どうやって……」

「―トール、言ってやれ。この少女はあいつ等よりも才能があると」

「そう言っても聞かない、困ったマスターでね。根暗というよりは弱気なだけさ。その力を知ってもらおうと思っても、逃げてしまう」


 君は人間だけど飛ぶことができるよ、と言われて信じられる人間がいるだろうか。それと同じようなことを言われているようなものだ。


「そこまで言うなら、やるよ……。でも、お願い。もし失敗しちゃったら、その時はお願いね……。それだけは嫌だから」

「任せろ。暴走したら俺とイフリートでどうにかする」


 マミは持ってきた袋から契約物を出した。トールが買ってきてくれた物。

 蓄光石。光を溜めることができる石で、コルニキアでは有名な石だ。鉱山に行けば必ず採れると言ってもいいほど量がある。一般的な契約物だ。


「―それで召喚するとなると、光の上級精霊だな」

「光の上級精霊ってなると、ホルンだっけ?」

「―ああ、ホルンも可能だな。まぁ、試してみろ」

「うん……」


 上級精霊を召喚する際、多くの召喚士は宝石のような高価な物を使う。どういった物が召喚に適しているのか、召喚省が調べてこれもリスト化している。

 コロシアム覇者のように酸素から召喚で炎を産み出し、そこから二重召喚でイフリートを呼ぶなんてことができるのは世界でも指で数えることができるほどの人数しかいない。鳥の羽根でワイバーンを呼ぶのも同様だ。

 マミが持っているのは下級や最下級の召喚に向いている物だ。これでは本当にまともな召喚なんてできるわけがない。

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