第19話 三声(5)
「あ、いつの間にか帰ってきてる……」
マミがまた風呂に入っている間にトールは帰って来ていた。今日は珍しく少女漫画を読んでいなく、その代わりにクレセント・ムーン著者の研究書を読んでいた。
ちなみにクレアが帰ってきて話を聞いてみたが、要領を得なかった。
本人もよくわからないことを聞かれたと繰り返すだけだった。ちゃっかりPPCのアドレスを交換していて、ファンでもないヒュイカが発狂していた。
マミでも交換していなかった有名人のアドレスを手に入れるだなんて、クレアは意外と大物かもしれないと思った。
「そういえばトールってグレイムさんのアドレス知ってるんだよね?」
「まあな。向こうから教えてきたぞ?」
「じゃあわたしも知っているようなものだよね……」
「グレイムに連絡でも取りたいのか?」
「そういうわけじゃないけど、やっぱり有名人のアドレス知ってるって一つの
コルニキア全体ではどうかわからないが、メッサ地方で知らない人はいない。それほど著名な人なのだ。ファンの人だったらお金を払ってでも欲しい物であるのだ。
「俺以外に知っている人間が身近にいるような口振りだな?」
「あ、うん。この前話したクレアって子。どういうことかよくわからないけど、グレイムさんが気になるって言ってた」
「……マミ、その話にこれ以上首を突っ込むな。クレアとはそのまま友達でいてやれ」
「え?」
変な返し方をされた。クレアのことを話したのはこの前の好きな人の話題の時だけだ。それ以外で話したことはないのにまるでトールは知っているような口振りなのだ。
「どういうこと?」
「グレイムは特殊だ。俺が召喚された存在、軍ではグラディスと呼んでいるらしいが、そうであると察知するような男だ。そのクレアという少女も何か特殊な事情があるということだろう」
「トールはその特殊な事情っていうものを知ってるの?」
「いや。マミはそんな事情を気にせずにこれまで通り友達でいるべきだ。彼女が教えてくれたら聞けばいい」
トールは本から目を離さずに答えた。まるで教科書に書かれていることをそのまま口に出したような印象をマミは受けた。
「そうするけど……トール、何か隠してない?」
「俺は隠し事だらけさ。教える必要性が出たら教えるが全てを教えることはない。マミはその人の全てを知らないと信用できないか?」
「そんなことはないよ。それにトールはわたしが危険な時は守ってくれるでしょ?」
「それはそうだ。心から誓おう。契約のままに」
その言葉の時には絵本などで騎士が姫や王に対して忠誠を誓うような、仰々しい演技をしながら胸に手を当て、首を垂れて言ってきた。
「クレアのことは気になるけど、気にするなって言うんでしょ?」
「ああ。マミが知るままの彼女に偽りはないからな」
そこまで言ってトールは本に目線を戻した。
クレセント・ムーン初期の著書だ。召喚の際にどうして少量の契約物で聖晶世界の物を大量に召喚できるのかについて書かれている。今まではできてしまうのだからしょうがない、という見解しかなかった。
そこに一石を投じたのが、この論文。
「ねぇ、トール。聞いても良い?」
「なんだ?」
「その本に書いてあることって正しいの?コルニキアと聖晶世界を構成している粒子があって、それが同等になるようにお互いの世界を行き来して現れるのが召喚だって」
「正しいぞ。理科とかで原子を習うだろう?それのさらに大元となっているのがここで書かれている粒子だ。あと十年もすれば名前がついて授業で習うようになると思うぞ?」
聖晶世界の存在から確証が取れた。
クレセント・ムーンの著書の中でもこの本は出版こそされているが召喚省のトップである元老院から正しくない内容であると発表された。それから出版が取りやめられ、初期生産版しか流通していない所謂お宝本になっている。
マミがこれを持っているのはクレセント・ムーンの著書が出る度に発売日に新刊を買っているからだった。子どもの頃から親に頼んでクレセント・ムーンの本だけはお金を貰って買っていた。
それほど最初に読んだ時から衝撃的だったのだ。
「その内容、召喚省の元老院に間違ってるって言われちゃったから名前がついて教科書に載ることはないと思うよ」
「それは勿体ない。正しいことが嘘だと言われるのは悲しいな」
「そうだよね……。あ、トール。この後って時間ある?眠くはない?」
「大丈夫だが、何かするのか?」
「ちょっと召喚の練習をしたくて。屋上行ってるから、見てくれないかな?召喚された存在として」
そう言ってマミは契約物を用意して部屋から出ていこうとした。するとトールに肩をつかまれてしまった。
「待て。上着を着ろ。湯冷めして風邪を引くぞ?」
「あ、うん。ありがとう」
「それと、明日も筆記試験じゃなかったのか?召喚なんてしていていいのか?」
「実技試験の補講をしなくちゃいけなくなったから、それの練習しないと。試験は今日も大丈夫だったからたぶん大丈夫」
「そうか。なら付き合う」
マミは上着を着て、今度こそ屋上へと向かった。まだ時間的に生徒が廊下で話したりしていたが、話しかけられることはなかった。
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