第18話 三声(4)
一日目の筆記試験が終わり、マミは大きくノビをした。試験の手ごたえはあった。今回もそこまで前回と順位が変わらないという自信があった。
トールというイレギュラーな存在によって一時はどうなるかと思ったが、今ではすっかり二人暮らしにも慣れた。まだお互いの距離を測っている部分はあるが、生活にも試験にも今は支障が出ていない。
しかしその大きな理由としてはトールをマミが部屋から追い出しているからなのだが。
「マミ、どうだった?」
ヒュイカが話しかけてきた。二人の様子を見る限り、二人もいつも通りだったように思える。クレアはいつも通り眠そうで、寝癖がついている。
「わたしはいつも通り」
「私もー。まぁ、クレアもいつも通りだったみたいだけど」
「ん?ああ、あたしもいつも通りー」
「勉強会、ためになった?」
マミの質問に答える前にあくびを挟んでからクレアはうなずいてくれた。
「もちのろん。勉強会やったからこそ、赤点は防げそうだよ。感謝!」
「赤点じゃなければいいって、クレアは将来何になりたいわけ?召喚士?」
「あー、何でも?別になりたいものとかないし。両親には好きにしなさいとしか言われてないしね。お花屋さんとか、お菓子屋さんとか?」
「うーん、似合わない……」
「おや、ひどい」
マミは花屋やお菓子屋でエプロンをしながら働いているクレアが想像できなかった。かといって想像できるような、クレアに合った職業というのも想像できなかった。
「やっぱり召喚に関係した職業が合ってるんじゃない?得意なことを職業にしたら楽しいと思うけど」
「召喚に興味はあるけど、職業にしたいとは思わないんだよね。別に召喚が全てってわけでもないし」
「あれだけ召喚ができるのに、もったいないなぁ」
それがマミの本音。ない物ねだりだ。
持っている人が使わないなら使わせてほしい。譲ってほしい。だが、物ならそれができても、才能はそうはいかない。
「マミ・フェリスベットさん、ジェイミー・ロットさんいますか?」
帰りのHRは終わったはずなのに担任の先生が戻ってきた。その手には二枚の書類が握られていた。
もう一人の生徒はグレイムを学校に呼ぼうとしてわざと召喚を失敗したグループの一人。マミは嫌な予感がしたが、奇しくもその予感は的中してしまった。
「二人とも、召喚実技試験の追試です。二日後、学校の校庭集合です。詳細はこの紙を見てください」
「……はい」
二人とも理由は明白だった。マミは授業中に召喚を失敗したから。さらに無機物の召喚実技試験を受けていないから。
ジェイミーは召喚を悪ふざけで利用したから。
「では明日の試験も頑張ってくださいね」
担任の先生はそう言って教室から出ていった。
マミは横目でジェイミーの方を見てみると、鋭い目で睨まれてしまった。そしてすぐに踵を返し、カバンを取って帰っていってしまった。
(アイタタター……。やっぱり嫌われちゃってるな……)
「マミ、気にすんなって。あんなやっかみ」
クレアがそう言いながらマミのカバンを手渡してくれた。クレアもヒュイカも帰る準備ができているようだったのでそのまま教室から出ていった。
「本当にたまたまだったのになぁ……。失敗したのは悪かったけど」
「あの人たちが突っかかって来るのは本人たちがグレイムさんと話せなかったからでしょ?そもそも会いたいからって事件起こすファンなんてファンとして間違ってるわよ」
「そうそう。会いたければ自分から会いに行けばいいんだよ。ファンが思ってるその人のことなんて偶像か虚像でしょ。アイドルと同じ。いや、あの人はアイドルかもねえ」
そう言いながら二人とも慰めてくれた。
執拗な嫌がらせをされたわけではないが、ファンのグループの人たちから嫌な目線を向けられたり、こそこそ話をされる程度だ。女子の陰険ないじめに比べればずいぶんと生易しい。
話題を変えるためにさっき担任の先生から受け取った紙の内容を見ていた。
「それにしても追試か~……。契約物用意しなくていいのは嬉しいけど、それって課題があるってことでしょ?」
「差が出るね。他の人と」
「嫌だなぁ……。そういえば二人って夏休みの間実家に帰ったりする?」
「あたしは帰るけど歩いて帰れるから別にどうってことないね。ヒュイカもでしょ?」
「うん。そういうマミは?」
「わたしは……」
目下の問題。それはトールだ。トールを連れて実家に帰るわけにはいかない。トールを寮に残して一人で帰っても生活力はあるので大丈夫だとは思うが、それはそれでバレそうで怖い。
それに実技試験の結果が悪かったので、家に帰ってまで小言を聞きたくなかった。それが決定打となった。
「帰らない。たぶん短期バイトとかするから」
「お金必要だよね。契約物は消耗品だから……」
「それにわたしは欲しい本もたくさんあるから。お金って大事だよね……」
(トールに借りるのは、何かに負けた気がする……)
靴を履き替えて学校の敷地内から出ると、校門の所に一人の男の人が寄っかかっていた。
サングラスを着けていて、頭の上に赤渕の眼鏡を乗せている、トールと同い年ぐらいの風貌で紺色の短くそろえた髪が印象的だった。
その風貌から、下校中の生徒は誰も近寄らず、遠ざけられていた。それも当然なほど、不自然な格好だった。
(どこかで見たことあるような……?)
「あ、出てきた……ッ⁉」
そのサングラスの男はマミたちに話しかけてきて、表情が何故か固まっていた。その意味はわからなかったが、三人とも男から距離を取った。
「誰?この変な人の知り合い。私は違うけどね」
「あたし、どっかで見たことある気がするんだけど……」
「あ、クレアもそう思う?」
だが、断言ができない。知り合いにこんなファッションセンスの人間がいたなんて記憶はないからだ。
「あー、サングラス外したらわかるとは思うんだが……」
そう言って男はサングラスを外した。それで見えた顔はたしかにマミはもちろん二人も知っている顔だった。
つい最近会った、マミは説教をされた人だったからだ。
「グレイム・ツァルヴァーだ。君には会ったことがあるね、マミ・フェリスベットさん」
「あの……グレイムさんがどんな御用でしょうか?たしかにわたしは助けられましたが……」
「それとは別件。これを見せればわかるよね?」
胸ポケットから出したPPCが起動され、ある画面を開いた後マミたちに見せてきた。そこに映っていたのは寝間着姿のマミ。奇跡的に目をつぶらなかった写真だ。
「これって!」
「これを見せれば彼は理解するって言ってたけど」
「え、じゃあトールの協力者ってグレイムさんだったんですか⁉」
トールは会ってからのお楽しみと言っていたが、会う人物に全くの予想がついていなかった。まさかこの地方で一番優秀だとされる国防軍の反喚部隊トップエースと召喚された存在が協力関係になるとは夢にも思わなかった。
だが一方で、トールの正体がバレてしまったことには何故か納得できた。
「俺も驚いたよ。まさか君だったとはね。写真を見た時にはすっごく驚いた」
「何?マミの知り合いの知り合いがグレイムさんだったってこと?」
「あ、うん。そうだったみたい……」
「あれ?教えていないのかい?」
「あの、グレイムさん!少し向こうで話しましょうか⁉」
マミはグレイムの手を引っ張って二人から少し離れた。その時にはグレイムはサングラスを再び着けていた。
「グレイムさん、わたしがトールのマスターってこと、黙っていてもらえませんか?」
「それは構わないけど、理由を聞いていいかな?」
「今トールと女子寮で一緒に暮らしているんです。もちろん男子禁制でして……」
「ああ……。彼、男にしか見えないからね。なるほど。大変だね」
「ということで一つお願いします……」
割と真剣なお願いだった。
今退学するわけにはいかない。そうしたら研究者にはなれなくなる。グレイムならトールが聖晶世界の存在だということを信じてくれるが、他の人はどうやったって信じてくれない。
トールが聖晶世界に行ければ納得してくれるのかもしれないが、戻し方をマミは知らない。トールが自分で帰ってくれるといいのだが、目的があるようなので帰ってくれないだろう。
たとえ帰ってくれたとしても、もう呼び出せないというのは少し寂しい気もする。
「それを誰かに言うことはないよ。まぁ、要するにバレてしまっては庇えないわけでもあるのだけど」
「それは……その時は、わたしが責任を取ります。いえ、いつだって責任を取らなければならないですよね。わたしが召喚した存在なんだから」
「……大変だね、君も。でも君は大事なことをわかっている。それを持ち続けていれば俺のようにはならないから」
グレイムはそう言って影を落としていた。その理由はまるでわからない。
だが、思い当たる節もある。グレイムが召喚するのは武器だけ。生き物を一切召喚しないということに何か関係があるのだろうか。
「聞かない方が、いいですよね?」
「……そうしてもらえると助かる。どういうわけか、トールには知られてしまったけどね。それと、君以外にも気になる人物が増えたな」
そう言ってグレイムが視線を向けたのはマミのことを待ってくれている少女二人。そのどちらかなのかはわからなかったが、マミと同様に気になるらしい。
「あの、どっちのことですか?もしかして、両方?」
「いや、赤髪の子。あの子の名前、聞いていいかな?」
「クレアです。クレア・エルファン。召喚がすっごく得意なんですよ。でも、どうして気になるんですか?」
「……理由は答えられない。こっちが聞きたいぐらいだから」
そう言ったグレイムの目をサングラス越しに見てみたが、怪訝そうな、困惑しているような瞳をしていた。決して恋愛感情から来ている想いではないことはわかった。
(クレアってたまにわたしたちには理解できないこと言うけど、そういうことと関係あるのかな?)
「うん、聞いてみよう。マミさん、わざわざ学校まで来て悪かったね。どうしても確認してみたくなって」
「トールのマスターがわたしってことをですか?」
「君だというのが半分、もう半分は学生だってことかな?正直トールのような存在を学生が召喚したとは信じられなくてね」
グレイムはクレアとヒュイカの方へ戻っていった。マミもそれに続いて戻った。ただ単にマミのことを確認に来ただけだったのだろう。
「えっと、クレアさん。この後って時間あるかな?」
「ヒュー。マミの次はあたしかい?案外色男なんだねぇ」
「そういう意味じゃないから。ちょっと、聞きたいことがあるだけ」
「え?初対面のあたしに?ナンパ以外で?」
どうしてすぐにナンパに結びつくのかはわからないが、グレイムの方は真剣だった。それを感じ取ったのか、クレアはうなずいていた。
「わかった。ただ変なことしようとしたらすぐに大声で叫ぶから」
「しないよ。絶対に」
「ちょっと、クレア。明日も試験なのにあんた大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。それにこの人の用事済んだらすぐにマミの部屋行くから」
「あ、わたしの部屋決定なんだ……。わたしの部屋でやること多いよね?たまには二人の部屋でやろうよ」
「また今度ね」
グレイムとクレアは寮とは逆方向の市街地の方へ歩いていった。それを見送っていたヒュイカが、首を傾げながら尋ねてきた。
「どういうこと?」
「さあ……?わたしもわからないんだ」
「あんたが向こうでグレイムさんと話してたのは?」
「わたしの知り合いがグレイムさんの協力者らしいんだけど、あまり人に話せる内容じゃないってわたしの知り合いが言ってたんだ。わたしも詳しく知らないけど、ヒュイカたちには話しちゃいけない内容だと思うの」
実際マミの口から言えることではなかった。女子寮で男の人にしか見えない存在と同棲しています、など。
「ふーん……。国家機密でも扱ってるわけ?ま、クレアのことは本人が帰ってきたら聞けばいいか。マミの方は聞かない方がいいんでしょ?何かマミもあまり知らなそうだけど。……とりあえず帰って勉強しようっか」
「そうだね」
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