第17話 三声(3)


 筆記試験は寝坊することはなかった。トールが起こしてくれて、朝食まで用意してくれたおかげでずいぶん早く学校の席に座ることができた。今さら復習することもないのだが、一応研究書を開いて時間を潰していた。

 そうして大半の生徒が席に着いた頃に、一人のクラスメイトが近付いてきた。マミの隣の部屋のネイサ・クォーリスだ。筆記試験の成績はそこそこ良いのだが召喚が苦手な子だ。マミと似たタイプである。


「ねえ、マミ。あんた、男でも部屋に連れ込んでるの?」


「ブフッ⁉」


 いきなりの発言にマミは汚くも吹き出してしまった。

 隣の部屋同士なのだから少しは音が漏れてしまうだろうとは思っていたが、こんなにも早く核心を突かれるとは思っていなかった。


「……ネイサ、どうして?」


「昨日の夜、男の声とあんたが喧嘩しているように聞こえたからさ。もしそうならどんな男か気になる」


「い、従兄と電話してたんだよ。もしかしてスピーカーオンになってたかな?それならごめん」


 そうやって言い訳するしかなかった。部屋にある電話など親にしか基本的に使わない。学校の友達にならすぐに会える。地元の友達であまり仲の良い子はいない。

 電話をするような従兄も存在しないが、そうとでも言わないと逃げられない。


「試験の前なのに?」


「親から召喚試験の結果が従兄に伝わったみたいで……。馬鹿にされた」


「心配されてるね。良い従兄じゃん」


「心配しすぎなんだよ。このままじゃ駄目だっていうのはわかってるけど……」


 マミは本当にそんな人がいるかのようにため息をついた。実際親はそこまで心配していない。やりたいようにやりなさいとしか言われないのだ。たまに召喚のことで小言は言われるが。そういう意味では心配してくれるのは友達やトールだけである。


「その従兄って今何してるの?」


「それ、わたしも知らないんだよね。それなりに召喚はできるけど」


「え、無職?」


「どうかな……。生活には困ってなさそうだから、仕事にはついてるのかも。でも内容は教えてくれないんだよね」


 適当な嘘を並べるのはそれなりに大変だった。一応トールをベースにして話してはいるが、どこまで嘘を並べられるかわからなかった。

 実際、トールはあまり自分のことを話さない。


「ネイサ、試験勉強しなくていいの?」


「んー。やれることはやった気がするんだよね。マミだって今読んでるの、時間潰しでしょ?」


「まあね。やることないから」


「……それ、うちの教科書でも参考書でもないよね」


 マミが読んでいた物はクレセント・ムーン著書「聖晶世界の武器の維持について」。

 どうして生き物の維持はある程度できるのに無機物である武器は維持が難しいのかについて書かれた本である。

 この著者クレセント・ムーンは五年ほど前から様々な論文を発表し、その内容は今まで他の研究者が解明できなかったことに触れていることから召喚研究者の至宝とまで言われている。また論文の研究内容から本人も相当の召喚士としての実力があるとされている。

 内容としては、武器は「意志を持たない何かを傷付ける物」であるため、根本として攻撃性をもっている。

 ただの物であれば傷付ける目的ではないので、召喚はしやすいのであるのだが、生き物であっても戦闘能力を持っていることで所属するランクが上がる。それと同様であると推察されている。

 また、自意識がないというのが一番の要因であるとしている。生き物であれば自制ができる。だが、武器には自制ができないため召喚者の意志によって攻撃ができてしまう。

 それを防ぐために、聖晶世界の意志があえてランクを上げて、召喚の維持ができないようにしているのではないか、とのこと。


「このクレセント・ムーン、男だと思う?女だと思う?」


「うーん……。わたしは男だと思う。ネイサは?」


「初期の文体を読んでたら女の人なのかなって思ってたんだけど、最近のを読んだら男かなって……。それで思ったのが、クレセント・ムーンは複数いる」


「突拍子もない意見だね……。わたしも最初は女の人なのかなって思ってたけど」


 マミも研究者になることを夢見ている身として、これほどまでに有名な研究者であるクレセント・ムーンの著書は全て買って読んでいる。

 正直、読んでいて面白い。研究者になるための勉強になる。

 たしかに複数の視点から物事を見ているのではないかと思う程引き出しがある。それに執筆速度も速い。だからネイサがそう言うのも理解できる。


「だって音楽バンドだってグループ名で名前出してる人達もいるし、個人名の人だっているでしょ?クレセント・ムーンもそういうグループなのかなって」


「けど一応全部に整合性が取れてるんだよね。編集さんの仕事かもしれないけど、どう考えても同一人物だよ。嘘が著書に書かれてなければ、だけど。あとね、すっごく若い人だと思うよ」


「若い?どうして?」


 マミが見せたのは著者の紹介欄。そこに書かれている内容だった。ここに虚実を書くことはできないはずだ。


「ここ。博士号を取ったのが三年前って書いてある。これが証拠かな」


「それがどうしたの?博士号を後から取っただけかもしれないでしょ?」


「そうかもだけど、五年前からこんな内容の論文を発表していれば何もしなくても博士号がもらえるよ。その方が色々な賞もあげやすいはずだからね。実際博士号取ってから貰った賞が多いから」


「博士号持ってないと、賞の授与ができないんだっけ?」


 それがコルニキアの法で決まっている、研究者に対する処置なのだ。何も資格を持っていない人間に賞を与えないというシビアな方式になっている。

 召喚士にも資格があるのと同じだ。資格試験に受かった者のみが名誉を得る。


「そう。それに博士号をもらえるのは最低年齢十三歳。七歳で大学に入ってストレートで卒業した人だけ。普通の人ならストレートでも二十五歳だから、そんな人がいたら天才中の天才だけどね」


「大学だって飛び級はできるから二十歳ぐらいで博士号取れる人もいるけど……。じゃあ何?クレセント・ムーンはその規定年齢を守ったってこと?」


「かな。確証はないけど、博士号を取る前までに十冊近く出版してる人が、それも内容を学会に認められている人が博士号を持ってない理由ってそれぐらいしか思い付かないんだ」


 博士号を取るのに一般教養は必要ない。大学に入るには専門知識さえあれば特別入学ができるからだ。

 大学に入れずに博士号を取れなかったという学者はいない。そういうシステムが社会で出来上がっているのだ。

 もっとも新説を打ち立てるような人は大学に入れなかったかもしれない。聖晶世界や召喚を見付けたジュン・ルイベスとフーバー・デオは別分野の研究を進めていて、博士号自体は持っていたという。


「それじゃあクレセント・ムーンは……私たちと同い年か一個上ってこと?」


「わたしの推測が正しければね」


「……仙人のようなお爺さんが急に論文発表して大学で博士号を急いで取ったって方が辻褄合いそう」


「わたしの案だったら論文まとめるのが苦手だった子供が初期に書いてたっていうのが論として出せるんだよね。それなら最初は女って思ってたとしても、最近ようやく男らしくなったって考えられない?」


「そういう考えもありかもね」


 ネイサは一度時計を確認すると、着席五分前だったので席に戻っていった。マミはそのまま先生が来るまで本を読み続け、試験が始まる直前まで読んでいた。

 試験が始まるとマミの鉛筆は止まることを知らずに動き続けた。

 今日の教科は国語、数学、理科全般、社会全般。明日には召喚に関する試験が二教科分の時間で行われる。それほど召喚については出題が多く、満点などそうそう現れない。

 だが、マミはその召喚に関する筆記試験で入学試験の際に満点を叩き出した才女なのだ。


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