第16話 三声(2)
「あ、お帰り。トール」
マミがお風呂に入っている内にトールが帰って来ていた。今日はPPCをいじっていた。
「ん?PPC?それどうしたの?」
「買った。必要だと思ってな。マミのアドレス、教えてもらえないか?」
「うん。わかった」
マミは充電していた自分のピンク色をしたPPCを起動して、アドレスを表示した画面をトールに見せた。
「はい、これ」
「ふむ。じゃあ俺のアドレスを送るぞ」
トールはタッチキーがマミも驚くほど速く、そう言った数秒後にはマミのPPCにメールが届いていた。
「速すぎない……?順応力高すぎ」
「これくらい朝飯前だ。……あ、そうだ。マミ、こっちを向いてくれ」
「何?」
マミが向くと、トールがPPCをマミに向けていた。そして何も言われないまま、画面をトールがタッチすると、PPCがフラッシュを出した。
奇跡的にも目をつぶることはなかった。
「え?何?写真撮ったの?ハイ、チーズもなしに?」
「マミは写真が嫌いだと思って何も言わずに撮ってみた」
「たしかに嫌いだけど……。何で?嫌いだってわかってるなら嫌がらせでしかないよね?」
「必要だと思ったからさ。本当に嫌がらせならデスクトップをマスターの写真にするが?」
「鬼!変態!鬼畜!ロリコン!」
マミは力づくでPPCを奪い写真を消去しようとしたが、聖晶世界の存在に力で敵うわけがなかった。
そもそもマミは女子の中で力は平均的だ。仮にも男であるトールに、人間であったとしても敵うわけがなかった。
「ロリコンは心外だ。鬼と鬼畜は意味が被っているな。それに年齢を言えば、七つしか変わらないだろう?七歳差の夫婦なんていくらでもいる。それ以上の歳の差だってありえるだろう?」
「うるさい!じゃあ他のことは認めるんだね⁉」
「認める気はないな。別にデスクトップにしようと思って撮ったわけではないのだから。それにロリコンと言うなら、俺がマスターに恋心を抱いていなければおかしいだろう?そういう気持ちはないと散々言ってるぞ?」
それは断固としてトールが言っていることだ。若干ムキになっている部分まである。マミが女の子扱いしてほしいという気持ちとまるで真逆の神経が働いているようにも見える。
マミが召喚したマスターであり、トールは召喚された存在なのだからそういう感情を持たないのが当然だ。
そもそも住む世界が違う。そしておそらく、生き物として種族が違う。異種族間で恋愛感情は実らない。
だからトールが言っていることは正しいのだ。
「……写真を撮った理由を千字以内でお答えくださりますか?」
「千字は必要ないな。知り合いにマミを紹介するだけだ。俺のマスターが本当に学生だと教えてやろうと思ってな」
「バレたってこと⁉誰に!どうやって⁉」
まだトールがコルニキアに来てからたったの二日しか経っていない。それなのにもう召喚された存在だということが誰かにばれた。
マミはトールの胸倉を掴むと、特に抵抗もされずにそのままの格好でトールは話を続けた。
「誰かは会ってからのお楽しみ、ということで。他の奴にはばれないような方法でバレた。そいつ以外にはバレないから安心しろ。あいつの目は特殊すぎる。あ、お互いに秘密を握り合ったから、そいつがバラすことはないぞ?」
「……その関係、知り合いとは思えないんだけど?むしろ敵対してない?」
「いやいや。明日も会ってPPCのアドレスを交換するぞ?協力関係だ」
よくわからなかったが、とりあえずマミはトールの胸倉から手を離した。トールの正体がバレてしまったからといって、問題はなさそうだ。
「よく見たら、そのPPC最新型じゃない!何でそんなの買ってるの!」
「店員に勧められるままに買っただけだが?そこまで高くもなかったしな」
「そんなはずは……。トール、今どれだけお金持ってる?」
「そうだ。銀行にも行って口座を作ってきたぞ。コロシアムの人間に作っておけと言われたからな」
「住民票ないのによく口座作れたね……」
トールはポケットから通帳を出してマミに見せた。そこに書かれた金額をマミは指で一つずつ数えていき、自分の通帳を机の引き出しから出して比べた。
その二つの差は歴然で、トールの通帳を持ったままマミは震え始めてしまった。
「ほ、ホントにコロシアムって儲かるんだね……。お父さんの三か月分の給料ぐらいあるかも……」
「ふうん?金銭感覚がないからよくわからないが、生活費に困ることはなさそうか?」
「どれだけこっちにいるのかわからないけど、当分大丈夫じゃないかな」
「そうか。今日の報告はこんなものだな。明日は試験だろう?もう寝るか?」
「そうだね。寝よっか」
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