第15話 三声(1)


 トールは次の日もコロシアムに行き、お金を稼いでいた。マミは今日も友達と勉強するということで、夜まで外出していてくれと言われてしまった。

 今日は解放された上級に挑戦した。上級に所属する召喚士との勝負ということだったが、下級で最後に戦った運営側の召喚士の方が腕は上だった。

 要するに今日も勝ち、賞金を手にしていた。もう一回ぐらい戦っても良かったのだが、試合のスケジュールが埋まっているということでこれ以上は参戦できなかった。

 だから街を探索してから帰ろうとしたのだが、入り口にいた一人の男に話しかけられた。トールと同い年ぐらいの風貌で、紺色の短くそろえた髪が印象的だった。


「やあ、ずいぶん調子が良さそうだな」


「……誰だ?知り合いと俺を間違えてないか?俺はお前のことを知らないが」


「俺だっておたくのこと、よくは知らない。トールって名前と、凄腕の召喚士らしいってことぐらいだ」


「用があるなら名乗るべきじゃないか?」


 事実トールに用があるからこうして待っていたのだろう。この後特に用事があるわけではないが、回りくどいのは嫌いだ。


「グレイム。グレイム・ツァルヴァーだ」


「……ああ、国防軍反喚部隊のトップエース様が一介の賞金稼ぎに何の用だ?」


「立ち話もなんだし、少し場所を変えようか。良い場所知ってるんだ」


「そのままの格好で街を歩いて大丈夫なのか?女のファンが多いと聞いたが」


「大丈夫。案外眼鏡かけるだけでわからなくなるもんだから。似てるけど別人って認識しやすくなるのさ」


 そう言いながらグレイムは胸ポケットからサングラスを取り出し、それをかけた後にもう一つあった赤渕の眼鏡を頭に乗っけていた。


「……すごくバカっぽいぞ?」


「こんな格好しているはずないって、ファンの子なら思うだろ?……所詮彼女たちが思っている俺の像なんて、虚像さ」


「一つ聞くが、来る時もそんな格好だったのか?」


「任務以外で外出する時はいつもこうだぜ?」


 トールは呆れつつ、先を歩くグレイムについていった。逃げようと思えば逃げられたが、変な誤解を招かないためにもついていった。

 着いた場所は廃校になった学校のグラウンド。そこまでコロシアムから離れてもいなく、話をするなら打ってつけの場所だった。


「それで、要件は何だ?」


「まぁまぁ、慌てるなって。話には順序ってもんがある。召喚によってコルニキアに来る生き物のことをグラディスって呼ぶことを知っているか?」


「……いや?学校でそんなことは習わなかったな。軍ではそう呼んでいるのか?」


 トールの問いにグレイムは小さくうなずいただけだった。その答えを予想していたのか、続きの説明をしてくれた。


「そのグラディスだが、どうやったって聖晶世界からコルニキアに来るためにはある場所を通らないといけない。いや、ある空間って言った方が正しいか?それが何だかはわかるだろ?」


「世界の狭間。召喚士が召喚を行う時に出す光の向こう側、だな」


「そうそう。その光の向こうから契約者の意図を無視して出てくる奴がいるわけだ。コルニキアに来る唯一の方法だからな。そういうはぐれ個体を浮浪者キャリバンって軍では呼んでる。召喚者はいないし、契約物もないからグラディス本来の力の三分の一程度しか出せない。要するに、そこまで強くはないんだ」


「それを討伐するのがお前たちの仕事でもある、と」


 グレイムはトールの回答に対して、子供が百点のテストを持ってきた時のような満面の笑みで返した。

 そしてサングラスと眼鏡を外して胸ポケットへと入れた。


「ここまで言えば、俺の言いたいことがわかるよな?」


「そのキャリバンとやらを倒すのを協力すればいいのか?それとも、軍への誘いか?」


「おっと、誤魔化すか。……俺はお前の討伐に来たんだよ、キャリバン!」


 グレイムは両手に鉱石を持ち、瞬時に召喚するための光を出していた。二秒とかからず、右手には細身の剣、左手には小型の銃を持っていた。


「……ああ、グレイムという名前だったからわからなかったな。お前、ゲムフロストの子か」


「……どうしてその名前を知ってる?」


「聖晶世界の存在同士は意志疎通できる。それにゲムフロストは俺たちにとっても有名だ。あと俺がキャリバンだと見分けられるのはゲムフロストの生き残りしかいないからな」


「……何者だよ、お前。人型だけど、天使じゃないだろ?炎が使える天使なんて聞いたことがない」


 その質問にトールは答えず、グレイムのように両手から光を出した。そこから出したのは炎の剣と、炎でできているとしか思えないリボルバー。


「よくできているだろう?どこからどう見ても召喚士が召喚を行っているようじゃないか?」


「ああ、そうだな。……天使じゃないとしたら、お前はどんな存在だ?」


「俺に勝てたら教えてやる。だから俺が勝ったら見逃してくれ」


「俺にとっての勝利はお前を聖晶世界に戻すことだ。その後じゃ解答は聞けないな!」


 お互い銃を構えて引き金を引いた。グレイムの銃から出るのはただの火薬玉だったが、トールの銃からは炎の塊が射出されていた。威力もトールの炎の塊の方が強く、グレイムは回避行動をしながらトールへと突っ込んできた。

 トールは左手に持っていた銃を消して、大量の炎を召喚した。それはグレイムの持つ細身の剣であっさりと斬られてしまった。そのままその剣はトールへと振り下ろされ、トールも炎の剣で受け止めていた。

 鍔迫り合いが起こるかと思われたが、グレイムが持っている剣の刃の部分が炎の熱によって溶け始めていた。それに一瞬だけ目を丸くしたグレイムは即座に距離を取った。

 剣が聖晶世界に戻ってしまったからだ。


「ッ!」


 左手に残っていた銃で威嚇射撃を行いながら、グレイムは右手で再び光を出していた。何かをしながら聖晶世界へイメージを飛ばすということができる召喚士は少ない。グレイムがトップエースと言われる、召喚士としても優秀な証拠なのだ。

 一方トールは銃弾から身を守るために炎の壁を召喚して防いでいた。さらにその炎の壁の内側でイフリートを召喚していた。そのイフリートがトールに話しかけてきた。


「―トール、遊んでいる場合か?」


「はは、楽しいからな。ついからかってしまう。あのゲムフロストの子だぞ?こうやって戦えるのはこれが最初で最後かもしれない」


「―コロシアムの時も思ったが、こっちに来てから遊びすぎだ。たしかにお前の目的の時ではないのはわかるが……」


「やるべきことはやってる。こっちにも慣れてきた。……力を貸してもらうぞ、お前たちにも」


 トールは炎の壁の右側から飛び出て、グレイムへと向かっていった。鋭利な炎を数本召喚して、グレイムへと投擲した。

 一本だけ銃に当たり、銃が聖晶世界へ帰っていった。そのままトールはグレイムに炎の剣を振り下ろすと、右手の光から現れた剣によって防がれていた。

 フランベルジェ。炎の精が生み出したとされる、上級の剣だ。炎への耐性もそうだが、一振りごとに炎を産みだす強力な武器だった。

 神話に名を連ねる名剣。これを召喚できる人間など片手に納まるだろう。


「フランベルジェ。面白い物を召喚するな」


「それはどうも」


「―そいつに気を取られすぎではないか?」


 イフリートは一気にグレイムの元へ来て、拳を落としていた。それが地面に当たった途端、地面で爆発が起こっていた。

 校庭には半径十メートルほどの大きな穴が出来上がっていた。地面となっていた固まった土の塊が辺りに飛び散っている。


「おい、俺への被害は考慮に入れてくれないのか?」


「―どうせ無傷だろう?考慮するだけ無駄だ。あっちにも考慮しなかったのだが、これはな……」


 トールは穴の近くで平然としていた。土塊が当たっていないどころか、土埃すらローブについていなかった。

 もう一方のグレイムは、穴がある場所から三十メートルは離れているであろう場所に屈んでいた。人間の身体能力を遙かに超えている。

左手から光を出し、今度は青色の剣を召喚していた。


「はは、今度はウェイケルスソードか。本当に楽しませてくれる」


 ウェイケルスソードは水属性のフランベルジェのようなものだ。同じく上級の剣である。


「―笑っている場合か。オレの攻撃は避けられ、相当な武器も用意された。勝つ秘策でもあるのか?」


「相当って言うが、所詮上級だ。幻想級を召喚されたわけじゃないぞ?」


「―本気を出せば、問題ないと?」


「俺の実力は知ってるだろ?ただ、本気じゃなくて十分だ。雷神としてでな」


「―散々炎を使っていて、今さら雷神気取りか。……違和感しかないぞ?」


 トールはイフリートの言葉に小さく笑い、右手の炎の剣を消した。その代わりに光を出して、それをグレイムへ向けた。

 グレイムの方は危険を察知したのか、即座に移動していた。その速度は人間のようには思えず、トールへの距離を一気に詰めてきた。

 それでもトールが光から電撃を広範囲に出す方が早かった。グレイムはまた炎を出すと思っていたのか、二つの剣で防ぐように突っ込んできていた。

 それは結果的に間違いであり、水属性のウェイケルスソードには感電した。


「っ!」


 ウェイケルスソードはすぐに消えてしまい、フランベルジェはかろうじて残っていた。

 だが、ウェイケルスソードを通して通電したようで、動きが鈍っていた。そこへイフリートが正拳突きを喰らわせたことでグレイムは地面に倒れていた。その衝撃のせいか、フランベルジェも消えていった。


「ゲホッ!」


 吐血まではしていないようだ。その辺りの手加減はよくできている。


「俺の勝ちのようだな」


「どうして……炎以外にも雷が使える?それに、他のキャリバンのように力が制限されていない……?」


「ああ、マスターならいるぞ?別行動を取ってるだけでな。だから俺はグラディスだ」


「……マスターと別行動できるグラディスなんて聞いたことないぞ?どんなグラディスだって、行動範囲には限度がある。……それに、これでもグラディスとキャリバンの見分けは得意だったのにな……」


 グレイムはゆっくりとだが、起き上がった。

 左腕に右手で一度衝撃を与えて、麻痺を治していた。その後手を何回か開いて閉じる動作をしていたので、問題はないのだろう。


「お前、幻想級なのか?」


「さて。ああ、俺のマスターを確認したいならフェイデリウス校に来い。今頃友達と勉強しているだろうな」


「……学生がマスター、なのか?」


「ああ、そうだ。すまないが俺がグラディスだというのは黙っていてもらえないか?長い間コルニキアにいなくてはならないのだが、人間と同じで生活にお金が必要でな」


 それだけはばつが悪そうに言った。トールにもズルをしてコロシアムで稼いでいるという自覚はあるのだ。


「負けた俺に何かをばらす資格はないよ。……俺がゲムフロストの子っていうのも黙っていてくれないか?上司ですら知らないんだ」


「ああ。……高濃度のマナを見分けるその眼、ゲムフロストの後遺症だな」


「やっぱり聖晶世界の存在はマナぐらい知ってるのか」


 コルニキアの全てのものと、聖晶世界全てのものを構成する微粒子、マナ。

 それが人間が召喚の際に使っている光の正体だ。そのマナが一定値以上集まるとコルニキアと聖晶世界が繋がるという結果になるのだ。


「視覚過敏症みたいなものだろう?裸眼でいるのは辛くないか?」


「そのためのサングラスだって。視界が暗くなるだけで随分違う」


 そう言いながら胸ポケットに仕舞っていたサングラスを取り出して再びかけていた。今度は赤い眼鏡を頭に乗せることはなかった。


「そういえば、どうして単独で俺を倒そうと思った?討伐数でも誰かと競っているのか?」


「まさか。巷でトップエースとか言われてるらしいが、実のところ周りに合わせるのが苦手なだけなんだぜ?召喚士としても異端だし、武闘家とも違う。浮いた存在だから。あと理由挙げるとしたらおたくの強さだよ」


「コロシアムではやりすぎたと思ってるよ」


「―さっきもだろうが……」


 今まで黙っていたイフリートがようやく話に入り込み、突っ込んだ。だがそれにトールは反論した。


「やりすぎはお前もだろう?どうするつもりだ?あんな大きな穴を空けて……」


「―おかしいな?言われるままにやっただけだが?」


「手加減しろって言ってあっただろう?あれがお前の手加減なのか?」


「―ああ、そうだ。お前の手加減と同じだよ。この男と戦った時だって最後以外は手を抜いていただろう?」


「残念だったな。最後も手を抜いてたぞ?もし人を殺したりしたらマミに顔を合わせられないからな」


 トールとイフリートの会話を聞いていて、思わずグレイムは引き笑いをしてしまった。

 仮にも反喚部隊トップエースとまで呼ばれる人物にも手加減をする目の前の存在がわからなくなってしまったのだ。


「おたくらの力の底が見えないよ……。恐れ入った」


「―いや、お前だって人間の域を超えている。誇っていいぞ?こいつがおかしいだけだ」


「そりゃあ、半分人じゃないようなもんだからなぁ、俺」


 冗談なのか本気なのか、いまいちわからないような反応をグレイムにされてしまった。トールは気にせず、なんとなくゲムフロストが関係しているのだろうと思って流した。

 それよりも伝えるべきことがあったからだ。話すのであれば、グレイムが良いと思った。


「……今回迷惑をかけたお詫びとして一つ、最近の召喚はおかしい」


「勘違いしたのはこっちなんだが……。それより聞き捨てならないな。召喚がおかしい?」


 グレイムの聞き返しにうなずいた後、トールは光を出してイフリートを聖晶世界へ戻した。もう用事は済んだので、いつまでもコルニキアにいさせる理由もないのだ。


「聖晶世界への干渉がおかしい、というべきかもしれないな。暴発事件が続出していないか?」


「たしかにそうだな……。おたくのマスターがいる学校でも今月だけで二回あったぜ。片方はただの力の入れすぎだったが、もう一つは故意の暴発だったな。しっかし、最初の子には笑わされたよ。自分の実力を理解していないだけなのに」


 思い出し笑いをグレイムがする。彼女は学生としても、一召喚士としても真摯であったのだろう。だから誠心誠意謝ってきた。そんな彼女のことは羨ましかった。


「そういうことが言いたいわけじゃない。契約も力も十分な召喚士が失敗する。聖晶世界に帰ってくる生き物で疲弊して帰ってくる奴もいる。そいつらからの伝言だ。契約物がおかしい」


「契約物が?」


 契約物は一度召喚に使うと消えてしまう。だから召喚を司る召喚省でも確認が難しいのだ。売り出される物は一度全部召喚省によって確認されている。

 それ故に召喚士は安心して召喚に使うことができるのだ。


「鳥の羽根だってワイバーンを召喚することはできる。羽根というファクターさえ合致すれば、召喚士の力量にもよるだろうが、今回は別だ。契約物は正しいのに、暴発してしまう」


「召喚士が与えるマナが過剰だったってことはないか?学校の一件もそれだ。本人は蝶と蛾を間違えたと思っていたが、その二つは生物学的に同じものだ。マナの過剰摂取で暴走したんだよ。そういうことじゃないのか?」


「残念ながら違うだろうな。お前は生き物を召喚するわけではないから大丈夫だろうが、一応気を付けておけ。変な武器が聖晶世界から出てくるかもしれない」


 召喚の失敗をグレイムはしたことがなかった。

 だが、初めてがいつあるかはわからない。売っている契約物が信用できないから、売っている物に頼るなという警告なのだと受け止めた。


「わかった。軍の方でも調べてみる。これからも情報交換をしたいんだけど、PPCなんて持ってるわけないよな……」


「持ってないな。マスターのアドレスすら知らない」


「とりあえずコロシアムで待ち合せればいいか。明日も行くか?」


「ああ。お金がもう少し必要だからな。PPCならこの後買っておく」


「それは助かる。それじゃあまた明日、コロシアムでな」


 グレイムはそう言いながら立ち上がり、トールの目の前から去っていった。トールはイフリートが作ってしまった穴に近付き、近くに落ちていた土塊を拾った。


「これの処理、忘れているぞ……」


「―だからってボクを呼び出しますか?普通」


 トールの手から光が出て、その中から半人型の少し太った茶色い色をした生き物が出てきた。

 使用した契約物はさっき拾った土塊。

 召喚した存在は土の精霊ノーム。イフリート達と同じく、上級の存在だ。


「これくらい直すのは簡単だろ?」


「―簡単ですよ。でも、アースフェアリーでも良かったのでは?白目」


「お前のこと、信用しているからな。任せようと思った」


「―自分でも直すことができるでしょう……?本当」


 そう言いつつも、ノームは自分の力でできてしまった穴を塞いでくれた。廃校になったからといって、いきなり穴ができていたら困る人もいるかもしれない。


「―ボクを呼んだのは、試すためですね?実際」


「それもある。イフリートが呼べたから大丈夫だとは思ったがな。どうだ?違和感はあるか?」


「―特には。問題ないですね。事実」


「なら良かった。……グレイムに言った通り、契約物がおかしいのは知っているな?また呼び出すと思う」


「―いつでもどうぞ。主人マスター


 トールが聖晶世界への帰り道である光を出すと、ノームは素直にその中をくぐっていった。その後商店街へと行き、PPCを買って説明書を読みながら色々な設定をしていた。

 PPCがどんな物であるという概念は知っているのだが、操作の仕方を全ては知らないのだ。


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