第14話 二声(6)

 起きた時、肩には暖かい物が掛かっていた。タオルケットだった。マミが時計を見ると、深夜一時過ぎ。二時間ほど前にクレアとヒュイカが帰ったばかりだ。


「何だ、起きたのか」


「……トール?」


 マミは声が聞こえた方を見ると、ベッドに腰をかけながら少女漫画を読んでいるトールがいた。机に覆い被さるように寝ていたマミにタオルケットを掛けてくれたのはトールらしい。


「タオルケット、ありがとね」


「眠いなら電気を消して眠れ。その体勢は腰に悪いし、風邪を引くぞ?」


「あー、うん……。電気消して勝手に寝てても良かったのに」


「君のベッドでか?そうしたら君は後で怒るだろう?俺が寝る場所には君と机が占有しているわけだが。ああ、買ってきた牛乳は冷蔵庫に入れておいた。契約物は勉強机の上だ」


 マミは寝ぼけつつも、肩をゆっくり回しながら一あくびした。勉強している間に眠ってしまったらしい。


「寝るなら壁に寄りかかるなり、何かしらあるはずでしょ?」


「そうだな、次からそうしよう。……そこまで根詰めて勉強しないといけないのか?」


「別に?寝るつもりもなかったんだけど、昨日よく眠れなかったから寝ちゃったのかな……」


「そうか。もう電気を消して寝るか?」


 トールはそう言ってベッドから立ち上がり、電気のスイッチがある所まで歩いていった。


「トールこそ、漫画の続き読まなくていいの?」


「漫画なんていつでも読めるだろう?漫画は読まなくても平気だが、睡眠は欠かすべきではない。たとえ研究者になるとしてもだ」


「眠い状態で何しても無駄ってことだよね……。うん、寝る」


 マミがそう言ってベッドに入ったのを見て、トールはスイッチを押して電気を消した。トールはそのまま扉に背をつけて寝ようとした。すると、マミから声が聞こえてきた。


「トール、今って好きな人いる?」


「唐突だな。どうした?」


「私の友達の、クレアが告白されたんだって。顔が好みじゃなかったから断ったって」


「それはそれは。言われたくない一言だろうな」


 トールは小さく笑っていた。だが、それはすぐに終わった。まるで続きを促しているようだった。


「それで好み聞いたら一角獣だって。一角獣って可愛いの?カッコイイの?」


「愛らしい顔をしているとは思うぞ?最終的には個人の主観だがな」


「そっか。それで、最初の回答は?」


「……ふぅ、忘れてなかったか。いないぞ」


「じゃあ好みのタイプは?」


「断言はできないが、一生懸命な子は好きだな。努力している姿は美しいって思う。自分の才能を笠に着ている奴は好きじゃない。才能を持っているなら、その才能を伸ばす努力をしている子が好きだ」


 つい熱く語ってしまったとトールが思っていると、マミの方からお返しのように笑い声が返ってきた。


「別にそこまで言うなら、断言してもいいんじゃない?」


「……どうだろうな。案外悲しいものだぞ?好きなタイプはきちんとあるのに、手が届かないなんて」


「どういうこと?」


「人間は努力を遠ざける。諦める。聖晶世界の存在は力が決まっている。どちらにせよ、合致しないことが多い。いたとしても、目の前からいなくなったら……それは寂しいものだ。ある意味、呪いになる」


 マミは寝る前の与太話をしていたつもりだったのだが、目が覚めてしまった。上半身だけ起こして、トールの方を見ながら質問した。


「トールは好きな人がいたけど、いなくなったの……?」


「恋が成就しないことはよくあるだろう?振られてしまったらそれまでだ。恋愛に限ったことじゃないがな」


「トールの口振りだと、振られたように聞こえないんだけど……」


「黙秘権を行使する。まぁ、夢を見すぎると良いことはないという例え話だ。夢が叶わなかった時の絶望感か、それでも夢を追い求めて心にしこりを残すか……。どちらにしても、良い状態じゃない」


 暗くて顔がよく見えないが、マミにはそんな想いをトールがまだしているように思える。少なくとも、経験しているように思う。

 そうでもないと呪いという言葉を使うとは思えないのだ。


「でもさ、トール。その想いを胸に生きていければ……幸せじゃないかな?たとえ叶わなかったとしても、幸せな思いはしたわけだし」


「……人それぞれだろうな。それほど君の心が強いとは思えないぞ?」


「そういうトールは、どう?」


「……弱いさ。聖晶世界の存在でも寿命はある。いつまでも一緒に居られることはない。生き物に寿命は付き物だ」


 心と力が伴うわけではない。

 例えトールにどれほど強力な力があろうが、心まで強いとは限らない。力を使い、相手を配慮する心は持っていても、過去のことを引きずる悲しい心も持っているのだ。

 トールにとって聞かれたくないことのようなので、マミは別のことを聞いてみた。


「聖晶世界の存在にも寿命ってあるんだね」


「寿命がなければ種の繁栄なんて思わない。体を無機物にでもしない限り、いつかは死ぬ。ウンディーネのような精霊は寿命が人間と比べられないくらい長いだけだ」


「トールは?」


「そんなに長くはない。親は今の俺ぐらいには死んでしまったからな」


 トールがどういう存在なのか未だにわからないが、見た目は人間に換算すれば若い部類に入る。聖晶世界の存在に当てはめていいのかわからなかったのでマミは聞いてみた。


「年齢って答えてくれる?」


「今年で二十二になる」


「人間換算にすると?」


「人間換算で、二十二だ。聖晶世界とコルニキアの時間経過は同じだからな」


「……相当寿命短いんじゃない?」


「他の聖晶世界の存在に比べればたしかにな。人間だって俺と同じくらいの年齢で死ぬ奴はいるだろう?」


「そんな人、少ないよ……」


 病気や事故などで若く死ぬ人はたしかに存在する。だが、そんな人は少数だ。それは平均寿命が語っている。

 マミが産まれる前だが、十二年前に召喚の失敗で起こった大事故「ゲムフロスト」があった。その時に死んだ人間が多く、子供も多かった。だがそれも事故であり、寿命で死んだわけではないのだ。


「もしかして、トールは後数年したら……」


「さあな。自分の寿命なんてわかるわけない。そういう兆候も見られないから安心しろ」


「そ、そっか!良かった!」


「……そういう、男の気遣いできる女は良いと思うぞ?」


「ホント⁉」


「本当だ。明日も勉強するのだろう?もう寝たらどうだ?」


「そうだね。おやすみ」


 マミは笑顔のまま、枕に顔を伏せて寝てしまった。

 マミを女の子扱いするという約束を守ったトールは小さく口角を上げてから壁に寄っかかったまま眠りに落ちた。

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