第12話 二声(4)
換金を済ませて入り口で待っていると、トールがやってきた。涼しい顔でこちらへやってきた。
「マミ、勝ったぞ。賞金も貰ってきた」
「あ、うん。おめでとう……」
「どうした?浮かない顔だな。せっかく勝ってきたというのに」
「あのね、トール。あなたは……」
「トールさん!」
マミが聞こうとした時、さっきまでトールが戦っていた運営側の召喚士三人がやってきた。もう試合は終わったというのに、運営側が来る理由がわからなかった。
トールが召喚した存在だというのがばれてしまったのではないかとマミは心配したが、杞憂に終わった。
「さっきの試合はすいませんでした」
「そちらが謝ることはないと思うが?俺が勝ったわけだし」
「実は、下級の試合を行う際に上級ランクの存在を召喚することは国によって禁止されているのです。地方ごとに差をつけてしまったら、履歴書に載せる評価にも差がついてしまいますから」
「しかも、私が召喚したのは上級ランクでも珍しいとされているウンディーネです。下級の試合で召喚するような存在ではありませんでした」
トールは一通り彼らの言い分を聞くと、聞いた上で頭の裏側を掻いた。
「自分の身を守るために必要だと感じたのだろう?なら仕方ない。それに挑戦者側はそんな制約があることを知らなかった。俺も正直、最初から炎を多く召喚しすぎたよ」
「と、言われましても……」
「お互い怪我をしていない、かつ観客が盛り上がったならいいじゃないか。俺はコロシアム本戦に出たいわけではないからな」
「それはもったいないです!あなたなら本戦に出場しても良い所までいけますよ!」
そう叫んだのはトールと最後に戦った召喚士の青年だった。他の二人の召喚士が顔を見合わせた後、最初に戦った方の人が説明してくれた。
「彼、数年前に本戦に出たことがあるんですよ。前覇者にボコボコにされていましたけど」
「ああ、なるほど。それならウンディーネを召喚していたことにも納得できる。速度も中々だったな」
「あれ程の実力があって、何故……?」
「欲がなくてな。今回参加したのもお金が欲しかったからだ」
それを聞いて青年はがっかりしたようだった。それだけトールのことを召喚士として評価していたのだろう。
その評価が正しいのか、マミにはわからなかった。
「もしかして、そこの彼女とのデート代かい?」
「なっ⁉」
最初に戦った中年の人が冗談とでもいうように笑いながら言って来た言葉に、マミは素直に反応して顔を赤くしてしまった。その反応を見られて、三人に首を傾げられてしまった。
ただ話していた少女がいたからからかっただけなのだろう。それなのに顔を赤くされてしまった。
「えっ、まさか……」
「何を勘違いしているのかわからないが、当たらずとも遠からず、だな。彼女のためにお金が必要なのは事実だ」
「ほう?」
「ただ彼女は妹だ」
わかりきった嘘である。
「妹さんか。似ているのかな?」
「どうだろうな。妹が欲しい物があると言ってせがんできたから、お金が欲しかっただけだ」
「それはそれは。でも、本当に召喚士の資格を持っていないのですか?」
「ああ。俺にとっては必要のないものだからな。なんなら召喚省に問い合わせしてみると良い。それと、我が儘な妹の買い物に付き合わなければならない。そろそろ失礼させていただく」
トールは一人で帰ろうとしたが、マミは一応礼儀として頭を下げてからトールを追いかけた。
「マミ、困るぞ。あの程度で顔を赤めるな」
「う……。ごめんなさい」
「嘘を考えるこっちの身にもなってくれ」
「それはそれとして、さっきの試合どういうこと?」
「どういうこと、とは?」
白を切るつもりのようだ。他の人はすごい召喚士としか思わない。
だが、マミだけは違う思いがある。
「どうしてあなたがイフリートを召喚できるの?」
「そういう力だからだ」
「炎を生み出すことが力じゃないの?それか、人の背後に移動したこととか。それ以外にも召喚ができるって力があるの?」
「俺が炎属性の存在なら炎をいくら生み出したところでおかしくはないだろう?背後に移動したのは力だ。身体能力とは別物だからな。イフリートのことなら、俺より下のランクなら呼び出したって不思議はないだろう?」
最初の二つはまだ納得できる。トールが上級ランク以上の存在だとしたら、二つぐらい力を持っていてもおかしくはない。
ただ、最後の一つだけマミは納得できなかった。
「聖晶世界の存在が聖晶世界の存在を召喚できるなんて聞いたことないよ?どんな文献にも載ってないと思う」
「ん?ああ、マミたちコルニキアの人間は知らないのか?イフリートやウンディーネが珍しいとされている理由を」
「理由?」
「上級ランクの存在で同じ属性なら他の存在を召喚できるからな」
トールの説明だと、ウンディーネならウォーターフェアリーなどを、風の精霊シルフならウィンドフェアリーなどを召喚できるということだ。
「そんなこと、聞いたことない」
「じゃあ何故精霊が珍しいとされているかわかるか?」
「炎とかを生み出す量がとっても多いからじゃないの?」
「それも確かにある。だが一番の理由はさっき言った通りだ。本来ならば幻想級の特権だが、精霊たちは上級でありながらその特権を行使することができる」
「ふぅん……。それ、しっかりと論文で書いたら大発見って言われるかもね」
「イフリートとかに聞けばすぐわかることだがな」
その後、トールの奢りということで外で食事をした。
寮生活をしていると、外で食事をすることが少ない。学食や寮の食堂もあり、学校の中にはカフェテリアまであるからだ。
マミは食事を作る時間がもったいないので、大抵寮の食堂で食事を済ましている。
そのことを話すと、トールに呆れられた。
「それは一人の女性としてどうなのだ?」
「朝食は一応作ってるよ。少女漫画と同じで、気晴らしとして」
「……すまない、失言だった」
「ん?何が?」
「別に女性が料理をしなくてはならない理由はないと思ってな。女性でも研究者はいるし、男性だってシェフはいる。偏見だった」
素直に謝ってくるトールが珍しかった。下着の件と首の痣の件は謝って当然だと思うが、自分の発言で謝るのは初めてだ。
「謝らなくていいよ。なんか男性がそういうイメージ持ってるのは納得できるから。それに、料理できる女の人の方が好感持てるのもわかる。……トールって男なの?」
「人間に照らし合わせたら男という性別だろうな」
「あ、そう……」
今、二人はレストランで一つの席に座って食事をしている。
休日の昼に男女二人で食事。これをデートと言わずに、何と呼ぶのか。
急に周りの目線が気になり、トールと目が合わせられず、マミは顔を赤くし始めた。
「この程度も耐性がないのか?」
「しょ、しょうがないでしょ……。異性と二人っきりで食事なんてしたことないんだから。男友達と食事もしたことないし」
「さっきコロシアムの召喚士に言ったように、兄と妹だとでも思っていればいい。家族と食事に来たなら、少しはましにならないか?」
「私、一人っ子だしなぁ……。まあ、頑張る」
「本来頑張ることでも何でもないぞ?」
食事を食べ終わり、本当にトールが奢ってくれてレストランから出た後、寮へ帰ろうと思ったらトールがついてこなかった。辺りの様子を見ているばかりで足が進んでいない。
「どうかした?」
「いや、先に帰っていてくれ。少し探索したくてな。夜には戻る」
「道順大丈夫?さっきと違う道通ってるけど……」
「大丈夫だ。気にするな」
そうは言ってもトールは辺りを見回しているだけだった。見ているマミの方が心配になってきた。
「コルニキアでやりたいことのため?」
「それも少なからずある。あと初めてここに来たからな、少しは見てみたい」
「好奇心旺盛だね」
「俺にとってここは珍しい場所だ。それに当分暮らすなら地形を知っておいて損はない」
そう言ってトールは歩いていってしまった。見えなくなる直前でマミはあることに気付いて、後ろ姿に向かって叫んでいた。
「トール!何でもいいから契約物買ってきて!あと、牛乳も!」
トールは振り返ることなく片手を挙げて群衆へ消えていった。それが了承の合図だと思い、マミは女子寮へ帰っていった。
部屋の前に着くと、クレアとヒュイカが扉の前で待っていた。
「あれ?二人ともどうしたの?」
「あんたに勉強教えてもらおうと思ってね。そしたらいないから待ってたのさ」
「あ……ごめん。久しぶりに外で食事してたんだ。テスト前に気合入れようと思って」
「私たちも呼んでよ。一人だけずるい」
「あはは……。次は呼ぶよ」
マミは鍵を開けて、中へ二人を入れた。昨日も二人と勉強会を開いたが、トールが一緒に住んでいるような証はないはずだった。朝皿を二枚使ったが、洗ってすでに仕舞ってある。
(良かった~。トールが買い物に行ってて……)
もし一緒に帰って来ていたら、開けた途端にトールが目の前に立っているところだった。女子寮にいることすら問題なのに、個人の部屋の中にいたらもっとまずい。
連れ込んだと思われてしまう。
「おじゃましまーす。……ん?マミ、余裕だね~」
「え?何が?」
「テスト前なのに、漫画読む暇はあるんでしょ?学年トップの頭を持ってる奴は違うな~」
それはマミが読んだ物ではなく、トールが朝も読んでいた少女漫画だった。昨日の夜読んでいた本の続きだ。なんだかんだでトールは気に入ったのか、続きまで読んでいた。
(トールッ‼)
「あああ、それね?勉強続けてたら、ちょっと、読みたくなっちゃって……」
「集中力続かないの、わかるよ。私も帰った後すぐ寝ちゃったもん」
「あたしも寝ちゃった。だから、取り返すためにマミ先生よろしく」
「少し勉強して頭良くなったら苦労しないよ……」
それでも少しでも良い点数を取るために、マミは二人の勉強を見ることにした。教えている側のマミも復習ができて、きちんと勉強になる。
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