第11話 二声(3)


 結局トールが出たのは、召喚士資格にも関連する召喚バトルコンダクション。

 これには階級が存在し、下級と上級がある。召喚士の資格試験の際に備考欄に書くことができる。さらに代表者への挑戦権は上級で勝利した者、という条件が付く。

 下級はコロシアム運営側に雇われた召喚士が挑戦者と戦う。三人に勝てば、上級へ挑戦資格を得る。

 上級になると、上級に所属する召喚士と戦うことになる。

 上級に所属して勝つだけで食べてはいけるので、コロシアムにいつもいる召喚士が多い。

 そんな召喚士と一回でも勝てば挑戦者は賞金と代表者への挑戦権を得る。そういったシステムだ。

 マミは適当に観客席に座った。

 すでに賭けは行っており、三回ともトールが勝つ方に金額を払った。試合が始まる前に賭けレートが電光掲示板に出る、というのがここのルールだった。


「ちょっと奮発しちゃったけど、大丈夫だよね……。うん、大丈夫。召喚士じゃないんだから」


 電光掲示板に表示されたレートは挑戦者、つまりトールに三・八倍。運営側が一回でも勝つ方に一・一二倍。この数字は毎回この辺りで収まる。

 理由としては運営側の召喚士は召喚士の資格を持っている、何度も戦っているプロだということ。

 もう一つは参加料金自体が安いため、挑戦者が多いことだ。これには実力を知らない素人まで参加することもあることも起因する。

 知らない名前だったら運営側に賭けておけば大体損しないことを知っているのだ。

 学生だって参加することができる。ただ、試合で負った怪我は全て自己責任であるという条件がきちんとつく。

 それでも一攫千金を狙って参加するバカな人間もいるのだ。

 たまにお金欲しさだったり、知り合いだからという理由で挑戦者に賭ける人もいる。こうして賭けは成立している。

 コロシアムは一般的な賭けなのだ。


「召喚士じゃないんだから、ばれないようにしなよ。トール」


 トールがフィールドへと出てくると、観客たちが歓声を上げた。運営側の召喚士も出てきて、試合開始を告げるサイレンが鳴った。

 運営側の召喚士は石を契約物として、光を生み出した。

 この光を生み出す行為も苦労する人は苦労する。その動作が手早いと、召喚が終わるまでの時間を短縮できるのだ。

 一方トールは、本当に光を右手から出していた。まるで召喚士が使うような光だった。

 その光が消えるのと同時にものすごい量の炎が巻き起こった。その量がすごすぎたため、運営側の召喚士は召喚を止めて逃げることにした。

 他人から見れば、無機物とはいえ、トールはプロを超える速度で召喚を行ったのだ。しかも、炎はフィールドの三分の二は埋め尽くしていた。

 このコロシアムは非常時の避難場所にも使われるため、フィールドだけでも千人近く収容できる。そんなフィールドの、三分の二だ。


「やりすぎじゃない?トール……」


 周りの観客からはどよめきが起こっていた。こんな量の炎をすぐ召喚できる召喚士が無名であるからだ。トールが本当に召喚士なら本戦にも出場できるほどだ。

 賭けも行われるため、挑戦者は資格を持っていたら提示しなくてはならない。プロの召喚士なら勝てる可能性があるからだ。

 しかし、もちろんのことだがトールは資格なんて持っていない。

 運営側の召喚士は生き物の召喚を諦めたのか、ただの岩を召喚した。それで直接トールを狙ったが、トールはすぐに召喚した炎の剣のような物でそれを斬っていた。そのことでまたどよめきが起こり、マミ自身も驚いていた。


「何だよ、あれ……?」


「炎の、剣?」


「燃費悪……」


「っていうか、余裕の現れじゃないか?実際あいつ、周りの炎だって消してないわけだし」


 武器を召喚できる召喚士は存在する。グレイムが良い例だ。だが、それはコルニキアに存在する武器に酷似している。お伽噺に出てくる武器を召喚したという例も過去にはあるが、どれも武器としての形は保っていた。

 だが今トールが手で持っているのは、炎のように揺らぐ、炎でできているとしか思えない剣なのだ。

 炎は炎であり、何かの形に維持することを召喚でできた試しはない。唯一の例として、固体のみだ。

 炎や水を鋭利に召喚することはできる。だが水で槍などは作らないのだ。無機物は単発で複数召喚することで召喚された生き物と渡り合うのだが、一回でも召喚したらすぐに消してしまわないと無機物を維持することに集中を割かなければならない。

 武器を召喚して戦うグレイムが異端とされる一番大きな理由だ。まして、炎の剣ともなるとさらに異端だ。

 召喚できないのではなく、しないという方が正しい。無駄な労力だからだ。


「本当に大丈夫?トール……」


 トールは鋭利な炎を数本召喚して相手の近くに落とした。あれが戦いでは正しい炎の使い方だ。

 それで運営側の召喚士は勝てないと思ったのか、両手を挙げた。降参するということだ。

 コロシアムの勝敗の決め方は片方が降参するか、戦闘続行不能になったと運営側が判断した時だ。

 これでトールはまず一回勝ったことになる。

 それがわかってトールは周りの炎と相手に放った鋭利な炎、そして手に持っていた炎の剣を光を発して消していた。消し方も召喚士のものだった。


「あれがトールの力なのかな?でもそれだと、寮の外にいたのは説明つかないけど……」


 マミが呟いている頃には二回戦が始まっていた。

 トールは再び、大量の炎を召喚していた。しかし運営側の召喚士は今回、生き物の召喚に間に合っていた。さっきの戦いを見て対策を考えていたのか、中級クラスの生き物を召喚していた。

 サーペント。

 三メートルを超す、水属性の蛇だ。使われた契約物は蛇の脱皮した皮。

 そのサーペントは口から水を放射して、辺りの炎を消していった。その間に運営側の召喚士は他の生き物も召喚しようとしていた。

 トールは再び炎の剣を召喚して、運営側の召喚士へ突っ込んでいた。走りながらもトールは炎を召喚に見せかけて放ち、運営側の召喚士の召喚を邪魔していた。

 そしてサーペントの目の前まで到着し、サーペントの尻尾による攻撃を跳躍によって避けた後炎の剣で斬り伏せた。そのダメージがよっぽどだったのか、一撃でサーペントは悲鳴をあげることもなく光の中へと消えていった。

 そのまま炎の剣を運営側の召喚士に向けると、召喚士はただの水を滝のように召喚していた。それはトールに直撃したかのように見えたが、いつの間にか召喚士の真後ろに移動していて、首筋に剣を近付けていた。それでようやく、召喚士は諦めて両手を挙げた。


(やっぱり人間じゃないのかな?あんな移動、人間だったら無理だし。それともあの移動もトールの力?ワイバーンが風と炎のブレスが吐けるのと同じで、複数の力を持ってるのかな?)


 中級クラスの生き物だったら、さっきのサーペントやウィンドフェアリーのように、一つの属性、一つの力しか持っていない。トールはどの分類にされるかわからないが、複数の力を持っていると考えられる。

 最後の試合が始まった。

 トールは今度も炎を召喚すると思ったが、何もせずにただ立っていた。一方運営側の召喚士は青い宝石を契約物にして召喚を行っていた。

 光の中から現れたのは水の精霊、ウンディーネ。上級ランクでも珍しいとされている生き物だ。

 そのウンディーネがトールへ向かって水を生成して放った。大質量の濁流と言っても過言ではなく、召喚士が召喚するにはかなり時間がかかることをウンディーネは瞬発で行った。

 これが上級ランクでも珍しいとされる所以ゆえんだ。


「あいつ、避けないのか⁉」


「っていうか、召喚行ってないじゃない!」


 観客の言葉の通り、トールはただ立っていただけだった。そのまま濁流に飲み込まれたかのように見えたが、突如として炎の柱が浮かび上がっていた。その炎によって圧倒的な熱量を持って水を蒸発させていた。

 今の動きで召喚に必要な光が見えなかったので、マミは頭を抱えていた。

 トールは正体を隠すつもりがない。召喚した存在自体がコロシアムに参加した事例はないが、おそらく反則になるだろう。反則負けになったら賞金は手に入らないのだ。

 ウンディーネも一度に使える水量は決まっているのか、水を放出するのをやめた。そうしている間に運営側の召喚士は新たに二体召喚していた。

 ウォーターフェアリー。中級クラスの、水属性の妖精だ。

 トールが作りだした炎の柱がだんだんと消えていくと、そこからトールの姿が現れた。

 ただ、さっきまでと違うのは、トールの隣に真っ赤な半人型の生き物がいたことだった。


「あああ!」


「あれって、イフリートか⁉」


 炎の精霊、イフリート。

 ウンディーネと同じく上級ランクでも珍しいとされている生き物。召喚士の資格を持っていても召喚が難しい生き物の一体。それが横にいたから観客は歓声を挙げている。

 だが、マミが驚いていることは別のことだ。


(どうして……召喚してここにいる存在のトールが、聖晶世界の存在を召喚できるの?)


 召喚された存在が召喚を行った前例はない。

 そんな存在がいたら、召喚士という存在が必要なくなるからだ。

 聖晶世界とコルニキアを繋げる行為、召喚。それができるのは人間だけだ。

 人間による契約と、人間から与えられる契約物があってこそ成り立つ行為。

 それをトールが破ってしまったのだ。


「もしかして私……とんでもないことをしちゃった?」


(これって、トールの存在って私たちの今までのルールを壊しちゃうんじゃないの?そんな存在を呼び出しちゃった私は……)


 そんな考え事をしている間に歓声が一層大きくなった。

 我に返ってフィールドを見てみると、すでに決着がついていた。トールが勝っていたのだ。どうやって勝ったのかわからなかったが、イフリートがまだいるということは、イフリートと共に勝ったのだろう。


「勝ってくれたのにな……。あんまり嬉しくないかも」


 手の中にあった賭けの詳細が書かれた紙。それを持ってひとまず入り口へと戻った。



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