第8話 一声(7)


 マミはドライヤーで髪を乾かしてから、机であるものを書き始めた。この内容はトールに見られたくなかったので、見られないように書いていた。

 今もトールは少女漫画を読んでいる。結局続きが気になっていたのか、黙々とページをめくっている。


(今日あったこと……。試験があって、寝坊して、無機物の召喚欠席して……)


「はぁ……」


 今日は始まりからして悲しかった。寝坊して、補講がほぼ決定して、そして今後ろで少女漫画を読んでいる謎の男のせいでこれから食費が倍になってしまう。


「何をため息ついている?宿題でもやっているのか?」


「わっ⁉」


 いつの間にかトールはマミの真後ろに立っていた。急いで書いているものを覆い隠し、絶対に内容を見せないようにしたのだが、トールは何故か納得顔でうなずいていた。


「なるほど、日記か。いい心掛けだな」


「見えたの⁉」


 たしかにマミが書いているのは日記である。緋色の表紙をした、これで三冊目の日記。十歳の頃から書き始めて、二年分の日記を毎回買っているため三冊目の折り返しを過ぎた頃であった。


「俺の視力は人間とは異なるからな。身体能力は俺の方が上だ。人間のように見えているだけで、その実ワイバーンなどと変わらない。俺を人間と同じくくりにまとめるのが間違っているんだ。……どうかしたか?」


 イイ笑顔で、というよりドヤ顔で自慢をしていたつもりだったのだが、マミの表情が芳しくなく、むしろ頬を膨らませていてジト目で睨まれていたのでトールは怪訝な目線を返した。


「……乙女の日記を覗き込むなんてサイテーだよ?」


「……そう言われても、知らなかったのだから仕方がないだろう?ため息をついていたから心配になって声をかけたというのに」


 一応、トール並みの配慮だったのだが、それは見事に裏目に出ていた。こういった心配事も契約に含まれているとトールは勝手に思っていたのだが、違ったようだ。


「わかった。今後は気を付けよう。だがこちらだって世話を焼くぞ?曲がりなりにも女の子であるのであれば、就寝時間ぐらい気にしたらどうだ?」


 そう言われて部屋の時計を見てみると、深夜二時を過ぎていた。

 トールと部屋に帰ってきたのが一時過ぎで、そこから色々あって、こんな時間になってしまった。


「肌とかが荒れてしまうと大変だろう?睡眠は必須項目だ。今日は俺を召喚して疲れているだろうしな。もう寝ることを進言する」


「そうだね……。これだけ書いて、寝ようか」


 マミは要点だけをまとめて日記を書きこみ、それを本棚にしまった。さすがに五年も書いていれば日記を書くことそのものに慣れていたので、筆が良く進んだ。

 何故わざわざ手書きなのかと言われれば、それこそが日記の在り方だと思うから。PCで書くのは何か違うような気がして、それと書き始めたころはPCを持っていなかったのだ。

 マミはベッドに移動すると、憮然と立ったままでいるトールを見て首を傾げた。

 一度部屋の中を見回し、この部屋の実情を把握してまたマミは顔を赤くしていた。

 この部屋にベッドは一つのみ。そして寝る人間は一人と人間っぽい存在一体。

 ここからマミが辿り着いてしまった乙女回路はたった一つ。そう、添い寝をするしかない・・・・という結論だった。


「あ、あのねトール!わたしはあなたのマスターとして、仕方がなく!寝所を提供するために仕方がなく一緒のベッドで……!」


「まったく。無理はしなくていいぞ?マスター。何故ベッドが一つしかないからといってすぐにそんな結論に至るんだ?別に床で構わないというのに」


 そう言ってトールはクレアたちと勉強に使っていた多機能机をどかして、トールの寝る場所を確保している。

 さすがにそのままで寝させるわけにはいかなかったので、クローゼットからタオルケットと枕を一つずつ出した。クレアたちが寝泊まりしていくことがあるため、いつも二セットは常備してあるのだ。


「本当に良いの?」


「何が?」


「床で寝させちゃって……」


 部屋にあったベッドは家主であるマミが使っていて、床にタオルケットだけでトールは寝ようとしている。

 ちなみに食事が必要なことと同じで、睡眠も必要ということだった。


「一緒に寝るわけにはいかないだろう?そういうのはいつかできる彼氏のために取っておけ」


「ふん、だ!絶対に入れないから!入ってきたら殴り倒すから!」


「さっきのことは気の迷いということにしておこう。それと、倒されることはなさそうだがな」


「とにかく、この部屋にあなたがいるのはしょうがなく!しょうがないからなんだから!」


 マミは自分の顔が真っ赤になっているのを感じた。あまり異性としてトールを意識したくなかった。

 意識してしまったらいつも通りの自分でいられる自信がないのだ。緊張しすぎて、おそらく呂律が回らなくなる。


「彼氏じゃなくて俺で悪かったな」


「……いないんだから、彼氏の話を出したって意味ないよ?トール」


「……いつかそんな人に君が会えるように」


「おまじない?」


「マスターの幸せくらい祈るさ。願掛けだよ。じゃあ、電気消すぞ?」


「あ、うん。お願い」


 トールは部屋の電気のスイッチを消し、部屋は真っ暗になった。トールはその後タオルケットの場所へと戻ってきて、寝てしまった。


(……やっぱり、緊張する!クレアやヒュイカが泊まりにきた時と全然違う!)


(緊張するだけ無駄なのに……)


 お互い別々のことを思って、その日は眠りに落ちていった。




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