第7話 一声(6)
部屋に戻るまで、誰にも会うことはなかった。今は深夜一時だということと、明日は休日であり、今日が召喚実技試験だったためだろう。こんな時間に起きて、飲み物を自動販売機へ買いに行くような生徒もいなかった。
「ほう?これが女子寮の部屋の中か。マスター、綺麗に掃除してあるじゃないか」
「それはそうだよ。友達とかすぐ遊びに来るし」
「彼氏を連れ込んだりしていないのか?」
「かかか、彼氏⁉」
トールのからかいの言葉を聞いた途端、マミはボン、という音が聞こえてくるかのごとく、顔中を真っ赤にした。耳の先まで真っ赤になっている。
「つ、連れ込まないよ!男子禁制だし!それに、かかか、彼氏なんていないから!」
「気になる男子も?」
「いない!そもそも、こんな研究者になろうとしてて失敗ばかりの私に、彼氏なんてできないよ……」
「世界は広いから、そんなことはないと思うぞ?物好きな男もいるかもしれない」
「……コルニキアに初めて来たくせに、どうして広いなんて知ってるの?」
「聞いたからさ」
それ以上答えてくれなかった。上級ランクの存在は話せるということなので、そういった存在に聞いたのかもしれない。それに聖晶世界にいる存在同士は通じ合えるのかもしれない。マミはそう思った。
この話題は早目に打ち切りたかったので、マミはある準備をした。その間トールは物珍しそうに部屋の中を見て回っていた。
まじまじと見られると、さすがに恥ずかしい。
「シャワー浴びてくる。……覗いたら、聖晶世界に戻すから」
「どうやって?そもそも、興味がないから気にするな」
「どうせ方法もわかりませんし、魅力もありませんよーだ!バカ!」
大きな音を立ててドアを閉め、マミは夜風で冷えてしまった体を温めに行った。トールはそんなことも気にせず、本棚を物色し始めた。
「……マスターは俺と契約関係だっていうのがわかってるのか?ご機嫌取りなんてしたくないしなぁ……。あ、これ面白そう」
トールが手に持った物。
それは少女漫画。
「はぁ……。怒っても仕方がないのになあ。でも私がマスターなんだから、もう少し敬ってくれてもいいような……」
シャワーを浴びた後、脱衣所で服を着ながら全身鏡に映った自分の体を見てみる。
大きな膨らみもなく、かといって平らだというわけでもない。特徴のない身体つき。マミはトールに興味ないと言われた理由をありありと受け止めた。
顔だって可愛いとは言えないのかもしれない。
可愛いという言葉を、親に言われて以降言われた覚えがない。マミはクレアやヒュイカを可愛いと思う。あの二人に勝てるとは思えなかった。
とはいえ、恋愛にそこまで興味が持てないというのも事実だ。
女の子であるため、いつかは旦那さんと子供と一緒に暮らしたいとは思う。
でも今はよくわからないというのが本音だ。いまいち、異性というのがわからない。言葉や実際に体験することを想像すると緊張してしまうが、それは恋愛感情には直結しない。
実際に今も異性のような存在と一緒に暮らすということに緊張はしているが、トールに異性として見られたいかと聞かれたら微妙だ。
女の子扱いをしてほしいが、恋愛したいとは思わない。
つまるところ、お年頃だ。
自慢の艶のある長い髪も、首筋の白い痣を隠すためだ。これくらいしか自慢はないが、理由が理由なため、誇ることもできない。
「ん……?そういえばトールも髪長いけど、男の人にしたら珍しいよね。男なのか、よくわからないけど……」
そういう存在なのかもしれない。
存在した時からあれほど長い髪で、外見を変えることはできないのかもしれない。イフリートやウンディーネのような上級ランクの存在はそうだと本に書いてあったので、トールもそうなのだと思った。
言葉を話せるのだから、中級以上のランクなのだろう。
「出たよ」
長い髪をタオルで拭きながらリビングに出ると、トールは床に座ってある意外な物を読んでいた。
マミが暇つぶしに読んでいた、少女漫画。
「……そういうのに興味があるの?」
「それは君だろう?こうして買ってまで読んでいるじゃないか」
「暇つぶしだよ。いつも学術書読んでたら疲れるし」
「さっきの会話を聞く限り、俺のマスターはこういう恋愛事に興味があるようだが?」
隠しても無駄だと思い、ため息をつきながらマミはベッドに腰掛けた。
「興味はあるよ。でも、自分に当てはめることができないっていうか……」
「憧れはするけど、自分が誰かとそういう関係になることは想像できないと?」
なんとなしに理解してくれる。これは話がしやすい。
「そんな感じ。彼氏なんていたことないから」
「それは運命の人、とやらに会えなかったからだろう?いつか会えるかもしれない」
「……意外」
目の前の存在から、面白い回答があった。回答した本人は、不思議そうな瞳でマミの方を見ていた。
もう、見た目からは判断できないことばかりだ。第一印象は見た目が九割とか聞くこともあるが、第一印象は須らく変わるものである。
「何がだ?」
「あなたからそんな言葉が出てきたことが。ロマンチストなんだね」
「……会ったばかりの存在のことについて、どこまでわかると言うつもりだ?君は俺のことを何も知らないだろう?」
「トールって名前だってことは知ってるよ?それ以上は誰かさんが教えてくれないからね」
「おや、これは一本取られたな」
トールはからかうように、面白そうにクスクス笑っていた。だがそれは長く続かず、目線は少女漫画へと戻っていった。
「教えてくれないんだ?」
「俺は自由なのだろう?教えるのも教えないのも、俺の自由だ。教える必要を感じたら教える。
「嫌味にしか聞こえないよ?」
「今後召喚をする時は契約内容をきちんと考えてしろと暗に言っている」
これだけ話しても、トールは少女漫画から目を話すことはなかった。トールにとってマミとの会話より、目の前のフィクションの方が気になるのだろう。
「そんなにそれ、面白い?もしかして読むの初めて?」
「ああ。今までこういったものを読もうと考えたことはないからな」
「文字、読めてる?」
「バカにしすぎではないか?聖晶世界にいる生き物は皆コルニキアの文化を全て知っている。文字も例外はない」
聖晶世界にいる存在は確かにコルニキアの文化を知っている予兆はあった。
スイッチの押し方も知っているし、信号の存在や車の存在も理解しているようだった。
「あなたのような存在は、恋ってするの?聖晶世界だとどうやって種の繁栄が継続されているの?」
「コルニキアの生き物と変わらないさ。結局は生き物だからな」
「じゃあ、その内容に共感できる?」
「できない」
一刀両断だった。
「人間関係が美化されすぎだ。理想に理想を詰め込んだ結果のように見える。ここまで人間関係や物事の進み方が単純だったら苦労しない」
「主人公とヒロインがなかなか恋仲にならないのは、美化されてないよね?」
「そんなにすぐくっつくわけないだろう?くっつかないから、面白いのでは?」
「一回二人の仲が悪くなったり、恋のライバルが現れたり……!」
「そういうヤマがないと、恋愛ものはただの日常風景だ」
そう言いつつ、まだトールは読み続けている。と思ったが、最後まで読み終わったようで、漫画を閉じた。
「マスターを構成している一部分を垣間見ることができて良かったよ」
「……どういうこと?」
「さっき俺にロマンチストと言ったが、マミもよっぽどのロマンチストということだ」
「少女漫画を読んでいるだけで?そうしたら、ほとんどの女の子はロマンチストになっちゃうよ?」
「さっき、俺に女の子扱いしてほしそうだったじゃないか」
思いっ切りばれていた。
仮にもマミはトールのマスターであり、こんな状況になってしまったのだから優しく扱ってほしかった。
だが、ここはマスターとしての威厳を守るために、強情を張ることにした。
「ナ、ナンノコト?」
「カタコトになっている時点で隠せていないぞ?……恋愛感情を持つことはないが、女の子扱いするか?」
「それでもいいよ!うん、女の子扱いしてほしい!」
「……わかった」
(こういう状況を楽しく思ってる時点で、充分ロマンチストだろう……?)
トールはそう思ったが口にすることはしなかった。
口にしたら顔を真っ赤にしながら枕で叩かれると思ったからだ。
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