第5話 一声(4)


 実技の試験は午前中の内に終わり、下校となった。休日を二日挟んで、月曜から二日間筆記試験だった。これは召喚に関わることだけではなく、一般教科もあった。

 クレアの心配することは一般教科の方だ。

 三人は学食で昼ご飯を食べた後に、マミの部屋で勉強することになった。クレアとヒュイカがやりたい勉強をして、マミが間違っていないか確認する係だった。


「マミ、初めて召喚に成功した人ってジュン・ルイベスだよね?」


「常識だね」


「成功した年って五二四年?」


「四五二年。四八一年に召喚省ができたんだから、それよりは前でしょ?」


 クレアの学力は召喚に関しては文句がほぼないのだが、一般教科が壊滅的だった。下級学校でやった内容すら頭に入っていない。召喚に関する歴史も駄目のようだ。

 ここまでできないとは正直思っていなかった。


「あー、そうだっけ?聖晶世界の存在を提唱した人はフーバー・デオだよね?ジュン・ルイベスの弟子?」


「妻。フーバー・デオはペンネーム。ジュン・ルイベスは本名だけどね。そもそもフーバー・デオが聖晶世界を見付けたからジュン・ルイベスが召喚を試みたのに。じゃあ、フーバー・デオの本名は?」


「……妻っていうのを初めて知ったあたしが知っているとでも?」


「調べて」


 授業でやった内容なのだが、頭に入っていなかった。とりあえずクレアには調べさせておいて、ヒュイカの様子を見ることにした。


「ヒュイカ、今何やってるの?」


「数学の問題。検算してたら合わなくなって……」


「見せて。……ああ、これ途中式が間違ってるんだよ。ここ。代入する値が間違ってる」


「ん?……ああ、ホントだ。どうりで」


「私のことおっちょこちょいって言えないんじゃない?」


「かもね」


 それからも勉強を続けて、少ししたらおやつを食べるために休憩を入れた。飲み物も注ぎ直して、だらりとした。


「あ、聞きたいことがあるんだけど」


「何々?恋愛相談~?」


「違う。……二人には聖晶世界ってどう見えてるのかなって」


 聖晶世界は召喚の時にしか見えない。しかも見えるのは断片的だ。

 召喚しようとしている存在が聖晶世界にいる時の周りの風景が少しだけ見えている、というのが大体の人の言葉だ。マミもそうである。


「私には自然豊かな世界にしか見えないんだけど、二人はどう?」


「私も似たような感じかな。自然ばっかりで辺り一色緑って感じ。クレアは?」


「皆仲良く暮らしてるよねぇ。生き物がたくさんいてさ。戦闘能力持ってる個体も多いのに、争いとか起こってないし」


「ん?」


 マミとヒュイカの首が同時に傾いた。

 召喚に必要な聖晶世界への干渉は、召喚したい存在のイメージだ。それが聖晶世界に繋がり、その存在の周りが少しだけ見えるのだ。その範囲はかなり狭い。


「クレアってどれだけ聖晶世界見えてるの?」


「うーん、どのくらい?イメージ飛ばしたら、自分が聖晶世界にいるイメージ?自分の周りは大体見えてるねぇ」


「自分が聖晶世界にいるイメージ?」


 それがわからなかった。

 隣のヒュイカの方を向いてみたが、マミと同じ感想のようで首を傾げたままだった。


「私って石とか召喚しようと思うと石の周りに地面が見えて、見えない部分は白い靄のようなもので埋まってるんだけど……ヒュイカは?」


「大部分は白いわよ。その中で見える風景で自然が多く見えるだけ」


「そうなの?聖晶世界綺麗だから、いつまでも見てたいなって思うよ。あんなに綺麗な場所、コルニキアでも見たことないからさ」


 これが才能の差かもしれない。

 聖晶世界の見え方なんてどう努力すれば変わるのかわからない。召喚する経験を増やせばいいのか、その解答がないのだ。解答があれば、誰でも上級の召喚ができるようになる。


「もしかしてクレアにはたくさんの生き物も見えてる?」


「そうだよ?シルフとか、ワイバーンとか。でも皆ケンカなんてしてないから偉いよねぇ。皆違う生き物なのにさ」


 シルフは風の精霊。イフリートなどと同じ上級ランクだ。それを召喚する人か、そんな召喚士と一緒にいた人でなければ見たことのない精霊。

 それを他の召喚をしようと思って見るなんてことはマミやヒュイカにはできない。


「今回ウィンドフェアリーを呼ぼうとしたのって……」


「前から気になってたんだよ。可愛いし、聖晶世界でも珍しいから」


「……はぁ。クレアには敵わないなぁ」


「私も……」


「そう?」


 多くの人にできないことを無自覚にできてしまうことを才能と言わずに何と呼ぶのだろうか。


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