火曜日

 僕は次の日、ただ一人知り合いになった手袋ともう一度話をした。


「おはよう」


「おはよう。君は昨日の帰りにいなかったから知らないかもしれないけど、僕の周りでは結構君のことが話題に上がっているよ」


「そうなんだ。そんなにすぐに話が広まるんだね」


「うん。手袋の世界って、結構すぐに話が広まるんだよ」


「そっか。……あ、そうだ。そういえば僕の前の手袋について、一つ分かったことがあるんだ」


「へぇ、何が分かったの?」


 一瞬、これを本当に口にしていいものかと思ったけれど、少しだけ悩んで、やっぱり言った方がいいと思った。


「……実は、僕の持ち主が、その手袋を片方、失くしてしまったみたいなんだ」


 そう言うと、相手が突然、何も喋らなくなった。

 あぁ、やっぱりちょっと、手を触れない方がよかったかなぁ。


「……相方を……失くした?」


 明らかに普通ではないことは分かったけど、僕はあえて何もわかっていないようなふりをした。


「どうしたんだい? そんなにまずいことがあるのかい?」


「大ありだよ。……えっと、何から話したらいいかな」


 少し考えてから、彼は話を始めた。


「えっと、まずね。僕ら手袋は、自分の役目を終えたあと、両方揃って焼却場で燃やされることで、天国に行けると言われているんだ」


「あぁ、それじゃ、片方を失くすと天国に行けないってこと?」


「うん。それがまず1つ目。まぁ、これは一つの迷信みたいなところもあるんだけど、その話をなしにしたって、相方を失くすってのは大変なことだ」


 続けて、僕に向かって質問をした。


「例えば、今君が見ているもの、聞いている音は、どっちの手が感じているものだと思う?」


 ……いきなり聞かれると、案外よくわからない。


「えーと、……よくわからないな。強いて言うなら、二つの感覚を混ぜ合わせたような感じがするね」


「そう。僕たち手袋は、五感は両方の手で別々に感じ取っているんだけど、それらの情報はまとめて処理されるんだ」


 確かに、今は一緒に話している手袋も、その反対側の様子も両方見ることができる。


「そして、僕たちはそこまで別々になることを考慮されていないんだ。まぁ、ずっと一緒じゃなくてもいいんだけどね。あまりに長い間、そうだな、大体1週間以上、両手の感覚が大いにかけ離れていると体に支障をきたすようになるらしいんだ」


「……支障をきたす? なんかちょっと、抽象的だね」


「あぁ、ごめん、僕もこれ以上は知らないんだ。これについては、手袋の世界でも色々考察されてるんだけど、なんせ、サンプルが少ないんだよね。一度相方を失くした手袋とは、会話をするチャンスもほとんどないし」


 ……てことは、とにかく今、僕の前の手袋は危険な状況にあるってことだ。

「……僕の持ち主は、前の手袋に強い思い入れがあると思うんだ。なんとかならないのかな」


「そうだなぁ。僕もあいつとは仲が良かったから力になりたいんだけど、とにかく家にもう片方があるなら、なんとかしてそれを見つけ出せないかな?」


「そうだね、まずはそれが先決だ」


「それに、この強い結びつきのネットワークなら、会った手袋に聞いていけば何か分かるかもしれないよ。直近で前の手袋をつけているところを見たやつがいないかも探してみよう」


「そうだね、今日は寒さが続くらしいし、放課後もいろんな手袋と話せそうだ。ちなみに、君は何か知らないのかい?」


「うーん、残念だけど力になれそうにないなぁ。昨日初めて喋ったってことは君、まだ買われたばっかりでしょ?」


「うん、買われたのが一昨日、だったかな」


「だとしたら、僕が最後に彼と会ったのは、冬休み前の最後の日だったから、ちょっと昔すぎるね」


「そっか」


 そうこう話していると、学校についた。


「……あぁ、もう学校だね。じゃあ、僕も一緒に情報を集めてみるから、また後でね」


「そうだね。バイバイ」


 まさか、こんなことになっているとは。この日を境に、僕の前の手袋に対する興味はぐんっと高くなった。



 また、その日の放課後は、朝まで喋っていた彼とは会えなかったけど、色々な手袋と話せるようになった。


 実際に話してみて思うことだが、やはり、手袋の世界のネットワークはすごい。

 学校に来ている手袋の多くと話をしたが、僕の前の手袋については、ほとんど説明しなくても知っている人が大半だった。


 さらに、僕が買われた2日前、つまり今日から数えて4日前に、僕の前の手袋を見たという情報もゲットした。1週間をタイムリミットとするなら、あと3日で見つけ出したいところだ。


 ちなみに、僕の持ち主はその時、例の親友とは別の友達と遊びに出かけていたそうだ。その手袋には会えなかったけど、どうにかして会いたいところだ。


 果たして僕と、その前の手袋と、その持ち主は、心を通わせることができるんだろうか。

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