ある手袋の、一週間
まつも
月曜日
年を越してすぐ、初冬からショッピングモールに並んでいた僕は、ついに自分についていたタグを外してもらえることになった。
ようやく自分が、誰かに使ってもらえる。
買ってもらえた日の夜なんかは特に、僕は誰かの手をあたためている自分の姿に思いを馳せて、夢見心地な気分になっていた。
……まさか自分が“あんな”環境に置かれることになるなんて、本当に、考えつきもしていなかったのだ。
僕の持ち主は、高校生の男子だった。
僕はしばらくタンスの中で自分の役目を果たす時を待っていたが、始業式の日になって、ようやく使ってもらえる運びとなった。
そしてその日になって、僕はそれまで知らなかった、手袋のある秘密を知ったのだ。
最初は何にも気が付かなかった。それまで手袋とは、誰かに注目されることもなく、つつましく自分の役目を全うしていくものだと思っていた。
「……おーい! ……おーい!」
もしかしたら、彼はずいぶんと長いこと僕に向かって話しかけていたかもしれない。僕は突然、誰かが自分に向かって話しかけていることに気が付いた。
「え? 僕のことかい?」
そこまで言ってしまったその後、僕は自分が喋ったことに自分で驚いていた。
「君とは、初めてだね。君の持ち主が前までつけていた手袋については、何も知らないの?」
僕は、訳の分からないことが連なり、戸惑っていた。
「な、何? どういうこと?」
「……あぁ、まだ何も知らないんだね」
相手の手袋は、どこか合点がいったような調子だった。
僕に向かって話しかけてきた手袋は、どうやら僕の持ち主の親友の手袋のようだ。
取りあえず一通りの状況を飲み込んだ僕は、その親友の手袋との話を再開した。
「いやあ、冬の間ずっと店に並んでいたけど、喋ることなんて一度たりとも出来なかったよ」
「そうなんだ。実は、僕ら手袋は、誰かが手をはめているときだけ、周りの手袋に向かって話したり、その声を聞いたりすることができるんだ」
「そ、そんなルールがあるのかい? さっき電車に乗っていた時から、ずっとこの状態だったのに、それは気づかなかったなぁ」
ただ、これでようやく、今日になって突然会話ができるようになった理由が分かった。
納得したところでふと、僕は彼が最初の方に言ったことを思い出して、話を戻した。
「それで、君はさっき何と言ったっけ?」
「あぁ、そうだ。君の持ち主が前まで使っていた手袋だよ。それについて何か知ってる?」
「うーん、何も知らない……なぁ……」
そう答えてから、この質問には何かもっと深い意味があるんじゃないかと思った。今思うと少し無粋だったかもしれないけど、僕は彼に一つ質問をした。
「……もしかして、とても仲が良かったのかい?」
「……いや、手袋が変わること自体は、よくあることなんだ。……でも、君の持ち主は、もうずいぶん長いことその手袋を使っていたし、彼も結構気に入っていたみたいだった。それが何の前触れもなく突然に変わったから、びっくりしたんだよ」
相手は普通に答えているように見えたが、返答も遅く、やけに説明が長い。どこか気がかりにしていることがあるような気もする。
「へぇ、……そうだったのか。あぁ、もう学校だ。また、何か分かったら話すよ。とにかく、これからもよろしくね」
「うん、よろしくね」
学校につくと、僕はすぐに持ち主の手から外されてしまった。
さっきの彼が言った通りだ。外されたとたんに、僕は話しかけることができなくなっていた。多分、他の手袋が喋っていても聞こえないんだろう。
そして、その日の帰り道。本当は僕はもう一回誰かと喋ってみたかったんだけど、どうにも天気がよくて、早朝に比べても気温が高い。
結局、家に帰るまでに僕が持ち主の手に付けられることは一度もなかった。
僕の持ち主は、夕方の6時ごろに帰宅した。
初めて外に出たということで疲れもあり、僕はしばらくゆっくりしていた。
すると、ふと僕の持ち主とその母親が話す内容に意識が傾いた。何やら、僕に関係のあることを話しているようだ。
「結局、あの手袋、どうしたの?」
「……探したんだけど、失くしたもう片方は見つからなかった。新しい奴を買ってきたよ」
母親の方が、一度ため息をついた。
「あの手袋はおばあちゃんに買ってもらったものだったでしょ。ほんとに……」
「……そんなこと言ったって、失くしたもんはどうしようもないだろ。うるさいな」
……そういうことか。今日一緒に話をしていた彼の話が頭の中に思い浮かぶ。
どうやら、僕の持ち主は、愛用していた手袋を失くしてしまって、仕方なく僕を買った、ということらしい。
しかも、失くしたのは片方だけ。
もしかすると、片方はこの家の中のどこかにあるのかもしれない。
でも、もし見つけたとしても、手にはめられた時しか僕たちは話せないんだし、聞き取ることもできないんだから、その手袋と意思疎通を取るのは難しいよな……。
まぁとにかく、これは一つ大切な情報だ。どうやって生かすかはまた考えよう。
僕を買った背景は、どうやらそう簡単なものではないらしい。僕の好奇心は、少しずつ高まっていっていた。
また明日。彼と話をしよう。
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