酒呑みの宴
「酒蔵か?
こんな処に住んでやがるのか。」
右側には大きな樽があり、恐らく並々注がれた酒が入っているのだろう。
「臭っ、飲兵衛のにおいがするわ。よくこの中に平気で寝てるわね」
{奴は酒しか脳が無ぇからな、それ以外は知った事じゃあねぇんだよ。}
「…少し、漏れてるニャ。」
集団の中に、必ず一人は要る。
「舐めてみるニャ‥」
「マタオ、辞めた方が良いと思う…」
周囲と違う事を好んでする、愛嬌のある奴が‥。
『あんた、こんな事したら自分も不味いんじゃないの?』
「何が不味い事がある?
私が仕えるのは閻魔様だけ、酒呑童子様は確かに恐ろしいが、閻魔様の邪魔立てをする貴様らを消し去る事が出来るのならば、容易い事だ。」
《えらくやらているな閻魔の爺に。》
[呼んだか?]
《態とやっているのか?》
狂信者。忠実心が度を超えると、常識を逸脱した愚者に成る。
「お前達には最早逃げ場は無い、此処で酒呑童子様に嬲られるだけの存在になったのだ!」
{俺様達を此処に閉じ込めた事が何より嬉しいらしいな。}
『臭い慣れた?』「慣れないわよ!」
[…マタオは何処じゃ?]
《知った事か。》
過半数はアケビの咄を聞いていない。よく知らない者の咄はつまらないものだ。しかし当人には花が咲いている。
アケビは高らかと聞いてもいない咄を続けた。
「何が方角の護り神だ、こんな処に一同に介しおって、加えて捕らえられているとあらば元も子も無いな!」
「云われてるぜ青蜥蜴」
{良い気になりやがって…}
「何がいい気な事か!
祠を持たぬ貴様等などけだもの同然、何の役にも立たぬ畜生の如く愚鈍で‥」
「ニャアー!!!!!!」「うおっ」
本物の愚鈍な畜生の叫びは昂り驕っていたアケビに「うおっ」と云わせた。
「辛いニャー!舌が焼けるニャー!」
「だから言ったのに‥。」[マタオ]
樽から漏れた酒を盗んで呑んでいた代償に舌を炙られ燃やされたのだ。
「何やってんだネコ助!」
{どうしようもない猫だなぁ!}
《阿呆がまた一人‥》
[誰が阿呆じゃ!]「バカ猫…。」
疎らな連中の集まりだが、今回ばかりは同じ言葉が飛び交う事態に。奴への印象は一律して変わらずの模様だ。
『あの子面白いじゃん‥!』
一部の例外を除いては。
「お前達、何をやってくれている!」
「なんだ、猫が酒を啜っただけだが」
「酒を啜った!?
そんな事が酒呑様に知れたら‥」
【なんだぁ?
随分と騒がしいじゃねぇか。】
「ひっ!」
右側の大きな樽の奥、更に大きな樽の中から低く重い、冷ややかな声が響く
「申し訳御座いません酒呑様!
酷く騒がしい客人が来ておりまして」
【誰だてめぇ、閻魔の使いか?
客人なんて要らねぇよ、追い返せ。こっちは唯でさえ閻魔に酒ふんだくられて苛立ってんだからよ!】
荒々しく粗暴な口調が大樽を揺らし、仰々しく閻魔への遺恨を伝えている。
「お前達、余計な事はするな!
此れ以上童子様を刺激したらどうなるか‥!」
{態々面倒毎に首は突っ込む奴もいねぇだろうよ。}
先程迄の態度が嘘の様に狼狽え躰を震わせている。四獣や他の者供も捲き起こる事態の想定が付くため下手な振る舞いは避けるべきだと重んじている。
この中に余計な事をして童子の勘に触れるモノだと最早一人も‥
「このサケ不味いニャー。呑むべきじゃ無いニャ‥ぺっ、ぺっ…ウェッ。」
居た。
【おい、誰だ!俺の酒を呑んだ奴ァ!
勝手に呑みやがるたぁ良い度胸じゃあねぇか!!】
落雷の如く唸り怒る大樽の主。
「樽から溢れてたから呑んでみたニャ、よくあんな不味いサケ呑めるニャあ。オレはすぐ吐いちまったゾ。」
「あんの馬鹿、何言ってやがんだ‥」
《最早止めても無駄だろうな。》
馬鹿正直という言葉があるがコイツは逆だ。〝正直馬鹿〟一番館の悪い代物だ。
【不味い?吐いただと!?
俺の酒を侮辱しやがったな下衆公が!
どうなるか判ってるんだろうなぁ!】
「五月蝿いニャあ!
気に入らニャいなら美味く造ればイイのニャア!!」
「貴様ぁ!
童子様になんて事を!!」
「あ〜あぁ‥。」「何してんのよ‥」
[マタオはええ子じゃあ!]
{お前は甘すぎるんだよじいさん…}
「申し訳御座いません童子様!
私が叩き教えますのでどうか!!」
擁護の仕様が無い。する気も無いのだろうが、正直に生きると反発を受ける。それすらも反発する正直を抱えた野良猫の所作に、何を護る必要があろうか。敬い、賞賛する馬鹿である。
『やっぱアイツ、面白ぇよなぁ‥!』
少なくとも南の神はそうしている。
【其処にいろ、てめぇらァ…!!】
内側の声が反響し、大樽を振動させ浮かせる。宙に浮いた樽は僅かに亀裂を発生させ、表面に穴を開ける。穴から漏れた酒は大樽を囲い包み隠す。何故強い者は皆宙に浮き、何かを包み、隠すのだろうか。
それが、強さの証明だからだ。
「酒に包まれた樽が潰れて剥がれていくわ!」
「なんなんだ、ありゃあ‥!」
酒が樽を呑んでいる。皮肉な咄である。
{白猫、来るぞ}《云わずも判るわ》
[またか。]『いつもこうだよねー』
樽に包まれ酒に包まれ漸く表に出た顔は、地獄で飽きる程見た赤色の、角を宿した修羅だった。
「酒呑‥童子…。」
【なんだ?
しけた餓鬼どもばっかじゃねぇか。】
禍々しいの具現化、文字通りの狂鬼。
【で、酒を呑んだのはどいつだ?】
「……んっぶ‥。」「黙ってろ‥!」
突発的にヘマをしないようマタオの口を抑えるチョウヂョウ。
(筆頭さん、どうする?)
「どうするって…何をですか?」
小声で咄す鎌鼬セイラに、耳を傾けるも、文脈の意図が判らず聞き返す。
「あの鬼の化け物に私達咎人はどうやったって敵わない、なら狙いは鬼じゃなくてこいつ。」
傍らで床に膝を付いているアケビに目線を合わせる。
「でも、そしたら鬼の方は…?」
【おい‥聞いてんのかぁ?】
苛立ち憤怒(いか)り続ける童子を止めるのは容易では無く、それこそ咎人では不可能な所業だ。
「……うっぷ‥!」
「だから黙ってろって!」[……。]
【誰が呑んだかって聞いてんだよ、わからねぇか…!!】
[わしじゃ。]玄武が静かに口を開く
「…え?」
マタオを庇っている、そう思った。
しかし其れは異なる認識
{俺様も呑んだぜ!}《我もだ。》
『勿論俺も、呑まない訳ないよね?』
朱雀がにやりと合図する。
「あいつ…。」
【畜生風情が俺の酒を啜りやがったのか、過ぎた晩酌するじゃねぇか!!】
[悪いな、止められたんじゃが‥]
{どうも口が寂しくってよ。}
《お陰で良い肴にありつけたぞ》
『酒は吐くほど不味かったけどねー』
【生きて還れると思うなよ犬供!!】
庇っているのは〝己以外の総て〟だった。
「あいつら‥。」「……筆頭さん!」
力を込めた聲で、セイメイに叫ぶ。
「あの男、任せてもいいかしら?」「セイラさん…?」
「私、他にやる事ができたから‥!」
四獣へ駆け寄り高く跳躍する。着地した先は紅い背中、南の床だ。
『何してんのよ、格好つかないじゃんかー!』
「なんでアンタに良い処持ってかれないといけないのよ!?」
『どうなっても知らないよー?』
「え、どうにかなっちゃうの‥?」
『‥云ってくれんじゃん。』
「とうっ!」「ニャー!!」
「あ、ちょっ…!」
次いでチョウヂョウ、マタオが青龍、玄武へと跳び乗る。
{来たかよ鬼公、折角逃してやったのによぉ!}
「逃げたってお前と喧嘩はできねぇだろ?」
{何云ってんだ?
お前って奴は本当に馬鹿だなぁ!!}
「ゲンブ!」[マタオ、離れるなよ]
「当たり前ニャ、オレはゲンブと一緒だゾ!」
「五月っ蝿いわね。」
『君から始めたんだよー?』
朱雀、玄武、青龍、三竦みの背中が咎人で埋まった。
{お前はどうすんだ?}
《我は群れるのが嫌いだ。‥沙楽以外は受け付けん》
{そうかよ。}孤高の白き獣、立つ。
【餓鬼が死にに来たか、愚かも良い処だな。】
「筆頭さん、そいつは任せたわ!
私達はこの鬼を討つ!」
『討つってアンタね。』
{遣るのは俺様達だろうが!}
[戯けた餓鬼じゃ。]《知った事か》
『ま。良いって事で、遊びましょうか一斉のーせいでっ!』
「僕は僕でやらないと…!」
一味筆頭セイメイが張本人へ迫る。アケビと呼ばれるその男は、地獄の管理人と云う割には弱々しく狼狽えてばかりの印象を受けるが、今回は雰囲気が随分と違っていた。そして恐らく其の顔が、彼の〝素顔〟と呼べる姿だ。
「ふうっ、やれやれ‥と。
どうやら上手くいった様だな?」
膝の埃を払いながら、すっくと立ち上がり獣鬼の乱戦を眺め見る。
「まさか侵入者の一派まで捲き込む事が出来るとは都合が良い。お陰で手元に残ったのは、酷く矮小な
「最初から、こうするつもりだったのか?」
「聞くまでもなかろう?」
強大な四神に童子をぶつける事で沈静化し、己は残りの粗を削ぐ。元よりそうした算段を目論み水面下で蠢いていた。
「怯えていたのも演技‥」
「まぁ、そうなるな。」
「なら斬られる役も得意だよね?」
白い刀が睨み来る。
「…どうだかな」
幾つかの金色の輪を繋げ伸ばし、剣を形造り白い牙に擦る。
上は乱撃、下は剣撃、先ず抑えるべきは乱撃に限る。
【酒が切れたか?
道理で目眩がしやがる】
大きな瓢箪を生み出し栓を開け口に傾ける。がぶがぶと喉に流れる音は宛ら滝の如し。
「喧嘩中に酒飲んでやがる‥」
{そういう奴なんだよ、常に酔っ払ってねぇと気が休まらねぇんだ。}
《貧相な娯楽者だ》
『よくあんな酒で酔えるよねぇー。』
「余計な事言うのやめなさいよ!」
四獣全員を縦に積んでも有り余る巨躯
平らげる酒量は夥しい限りだが、大きさの割には驚異性を感じなかった。姿を現わす迄は未知の外来で禍々しい聲質故背筋を凍らせる狼狽えを体現したが実物を見れば、威圧感こそあるものの、基本的には酒呑のデカブツに映る。
「ニャんだか思ってたより大した事無いニャ、ただのでっかい鬼だニャ。」
[その通り。奴は只のでっかい鬼じゃ、今の儘ではの]
老獪の知恵頭が輝り閃く。
[鬼の長と云えど、所詮は鬼、街で脚を延ばす連中と変わらない。]
腕力やその他能力は通常の赤鬼の其れを極端に大きな体躯に迄底上げしたに過ぎない。
「なんだ、それなら大した事無ぇじゃねぇか。充分に俺達でだって‥」
[だが其れを更に飛躍的に上昇させるのが彼奴の酒〝百鬼夜行〟じゃ。]
「百鬼夜行‥?」「物騒だニャー」
百鬼夜行
〝がしゃどくろ〟の更に上の品種の酒で、童子自らが配合し、創り上げた。
余りの度の高さや刺激の強さから「月をも溶かす」と囁かれる曲者の一品。
[百鬼夜行の作用には三つの段階が存在する。]
「三つの段階?」
上昇する能力値と、度合いの強弱によって異なる三つの変化。
[酒乱・酒豪・酒狂の三つじゃ。]
{酒乱は物理的腕力を、酒豪は耐久と速さ、残る酒狂は意識を飛ばしてそれら全てをぶち昇げる暴れ咲きだ。}
『本人は其れを知らずに喉越しが良いからってだけで呑んでるっていうのが厄介だけどねー。』
《くだらん》
己の酒癖を把握していない。童子は後に起きた事柄を覚えてないと云うだろう。
「ニャんだか説明ばっかりでつまらんニャー。」
「んな事云うな!
‥俺だって殆ど理解できねぇ。」
同じ穴の狢、いや目糞鼻糞だ。
「そんな奴をどうやって潰すのよ?」
[完全に酔いが廻りきる前に、わしらで叩き伏せる]
「私達に出来ることは?」
[じっと動かず、離れない事じゃ。]
【ぶはぁっ〜、我ながら美味なり!】
[わしらが束となればやれん相手では無い、先ずは一つ目の変容酒乱!]
玄武は躰を肥大させ力量を高め対抗。
【俺と力比べか?
笑わせんな爺!!】
両者掴み合い、力を込める。若さ故か僅かに童子が競り勝ち玄武の躰は仰け反り後退気味に傾きを見せる。
【咄にならねぇなぁ爺さんよぉ!!】
[全くじゃ、わしは独りで頭を振るう
のが好きでな。お前にも‥頭の遣い方を教えてやろう!]
仰け反りを起こしての渾身の頭突き。玄武の頭部を額に強く打ち付た童子は体制を大きく崩し脚を転がす。
【やってくれるじゃねぇか鈍亀が】
転倒する寸前で玄武の肩に腕が延びる
[何‥此れでも倒れぬのか!?]
【頭の遣い方ァ…?
頭ってのはな、こう遣うんだよ!!】
同じを型取った、返しの頭突き。赤い修羅の塊が正に落ちると思われたその刻。
「ニャー!!」返しに次ぐ返し術。
童子の腹に、突然の大猫蹴りが炸裂する。
【ぐうぉっ‥!】
「マタオ!」「ニャー!」
「でかっ、何あれ!?」
{あれが亀をぶん投げたのか。}
『下の僕ちゃん気をつけてねー、鬼が落ちるよー?』
「うぇ‥えぇ!?」「一旦退くぞ!」
「ったく、何処でやっても迷惑なんだな、あれってよ。」
大樽を打ち砕き、蔵の絨毯と化す赤い飲兵衛は、天井を見上げ苦悶の表情を浮かべる。
【‥くっ…そがぁ!
漸く酔いが廻ってきたってのによ…】
溢れた酒を全身に浴び、震える顔を掌で抑え打ち拉がれる。
【溺れる前に冷めちまったじゃねぇかぁ!!】
「何がいけねぇんだ?」《知るか。》
童子は再度瓢箪を出現させ口へ運ぶ。
「酒を呑んだわ!」『見れば判るよ』
「そういう事云ってんじゃないわよ!」
[厄介じゃな]《玄武、替われ!》
マタオの肩を踏み上げ白虎が跳ぶ。
《〝二段階目〟は我が引き受けた‥》
【躰が軽くなった気がするなぁ?
‥気のせいか。】
下半身を振り上げ勢いのみで上体を起こす。童子の動作は確実に、先程と比べ軽快となっている。
「躰が、細くなっている…」
「貴様何処を見ている?」「おっと」
下は下とて厄介に向じている。
《狭い部屋故加減は判らんが‥》
躰を起こした地点の箇所に、適量の竜巻を放つ。童子は見事に捲き込まれ、風に絡まれる。
【空っ風飛ばして何が出来んだぁ!?
風邪でも引かす気か?】
《知らないのか、其れは馬鹿が患う事を許されない病だ‥。》
風に紛れし白き獣が、赤い岸壁に躰を捻る。
{出たぜ、奴の専売特許‥。}
《風脚》風を帯びた後脚の洗礼。
【あぁ、なんだぁ‥?】
《やはり効かずか‥。》予測の範囲内
酒豪の影響により耐久が増幅され、無駄な筋力を削ぎ、軽やかな形態を成している童子に、試験的な衝撃を与えた結果である。
{どうした虎公、みっともねぇな!}
《黙れ、無駄長首。》
ここぞとばかりに揚げ足を取る東の無駄長首。其れも想定内なのか?
「思ったよりやる事無いわね。」
『だから下に居れば良かったのにさ』
「五月蝿いわね、黙ってなさい。」
仲の悪い連中しかいないのだろうか。
「ゲンブ!」[マタオよくやった!]
居た。
【犬のけたぐりでぶっ倒れる訳が無ぇだろう、馬鹿かてめぇは!?】
《犬では無い…猫だ。
其れに、何処までがけたぐりだ‥?》
童子の周囲を幾重もの風渦が囲む。
「巻き寿司ニャ!」違うニャ。
【数撃ちゃ当たるか、舐め腐るなよ】
軽快な速度で風を翻弄し、惑わせる。
竜巻は、鬼に遅れた速度を数で補いながら隙間を削る。
《珍しく合致したな、数を撃てば当たるものだ。》
「おいおい俺等の事考えてるか!?」
{野郎が考えてる訳無ぇだろ?}
「巻き寿司いっぱいニャ!」
『僕ちゃーん、下気をつけてねー?」
「うっ‥えぇ!?」「一旦退くぞ!」
風が空間を締め人々に災害を与える。
白虎は複数の風害に身を潜めは移り、潜めは跳び移り、赫い視線を鈍く光らせ童子の懐に専売特許を撃ち込んでいく。
「速いわね、あの虎ちゃん」
{其れだけが取り柄だからなあいつは。}
『云いたくないけど一番速いんだよなぁ』
[云わずとも判る、奴は四獣最速じゃ。]
「いちいち四匹でしゃべるニャ、面倒なんだニャ。」
「お前、なかなか鋭いな‥。」
マタオが利己に成り立つ有る。余りにも地獄が彼の成長を高め過ぎている。
《僅かながらも効いているか?》
疾い速度を保ちつつ、一点を突き続ける事で体制を落とす事を策略としているが、只でさえ硬い躰。打撃を与える脚にも負担は掛かる。
《そう長引かせる訳にも行かぬか‥》
【なら今終わらせてやるよぉ‥!!】
風と風の隙間から、両の掌が飛び出し白虎を叩き挟む。風は止み、風脚は合掌された手に捕らえられてしまう。
《く、動けん‥!》
首、前脚をばたつかせ抵抗を図るも掌からは解放されず。
【すばしっこい蝿を捕まえてやった、虫けらの場合はこの後潰すんだよな】
《離せ!》風を起こすもそよ風の如し
【てめぇの場合はどうするべきだ?】
{わからねぇか?}【…あぁ‥?】
童子の背後から廻り込むように、氷に漬かった青い槍が、腹を貫く。
{氷漬けにしてばらばらにすんだよ}
「腹を射抜いてる‥!?」
「俺はあんなのと喧嘩してたのか?」
尻尾の硬度を軽んじて見誤っていた。
【てめぇ‥俺の腹をぉ…!!】
{悪りぃな、此れでも神なんだ。
‥鬼に廃れる
【くそったれ‥があぁ…。】
{それしか無ぇのかてめぇは!}
再度地伏せる赤い鬼、二度と立ち上がるまいと祈りつつ。
「‥おい。」「あ、また?」
下の勘も酷く良くなっている模様。
{危なかったじゃねぇか。}
《余計な事を》
{褒め言葉と捉えていいんだな?}
《黙れ、阿呆が…。》{‥何を。}
龍虎合討つ、偶には起きる事も有る。
『思いっきり穴空いてるよね』
「やったのか?」
[気を失っているようじゃの。]
しっかり瞳を閉じ、どうやら本当に、意識を無くした様だ。
「それは良いけど、私達どうやって此処から出るのよ?」 「ニャー。」
「此処に連れて来た奴が知ってんじゃねぇのか?」
鍵を持っているのは恐らくあいつ、そう、アイツだ。
「童子様ぁ!
眼をお開け下さい童子様ぁ!!」
膝を降り、躰に泣きつく管理人のお決まりの所作、周囲の反応は‥。
「またやってるよ…」「白々しいわ」
「俺でも出来るぜ?」「ニャー。」
[無駄な足掻きじゃ]{けっ…!}
《ふん。》『やめとけばー?』
「黙れ黙れぇ!
貴様等如きが童子様をどうこう出来ると思うな…。」
恥じらいを感じたのかやめ時だったのか泣きつくのを辞め。鍵の入っていたのとは逆の袖に手を入れ、以前より少し大きな瓢箪を取り出す。瓢箪は掌から離れると、肥大し、自然と宙へ浮き童子の真上で静止する。
「閻魔様に渡さずに念の為持っていて良かった。さぁ童子様、お呑み下さい!!」
[不味い、瓢箪を奪え!]
{白猫!}《云われずとも判って‥》
{どうした!?}脚に傷みが響く。
《知った、事か…!》
「遅い!」連なる金の輪が瓢箪を砕く
強化された肉体に無理に打撃を与え続けた事で脚が傷み、思う様に馳しる事が出来なかった。砕かれた瓢箪の酒は多少の瓦礫を含みあんぐりと開いた童子の口に流し込まれた。
「酒を、呑んじまった‥!」
『しかも原液まるまる、これはマズイねぇ。』
{おいおい、嘘だろぉ?}
青龍の開けた胸の穴が、周囲の肉が寄せ集まるように埋まり再生していく。
《開けるならしっかり開けておけ‥》
[始まるぞ…。]「何がニャ?」
「決まってんでしょ、三度目の変容よ…!」
「‥みんな、絶対に死…」
「おおっとぉ、お前はこっちだ!」
「くうっ‥!」
喧嘩、などと云える感覚は薄れて来ている。
【……ふっ‥。】
{あん、何か云ったか?}《何‥?》
何かが、耳を通った‥気がした。
{何も云ってねぇか、だったらいいんだ‥}
言葉が途切れた。鼓膜がふと瞬間を聞き逃した、そう思った。
しかし其れは、しっかりと聞こえていたのだ。
【ぶはあぁぁあ…!!】
聞き間違いでは、決して無かった。
{‥かっ…!}
壁に凭れる青い龍が、其れを強く皆に教えている。
【此処なら問題無いだろう。】
地獄中を
【済まんな、案内などと云ってのけたにも関わらず、無様な散歩をしてしまった。】
「お気になさらず、私は大丈夫です。シュノボウは、少し難しい顔をしていますが。」
「難しいカオじゃありマセン、疲れているんデス‥!」
赤い顔を青くして荒く息をするシュノボウ、余程の苦労があったのだろう。
「此処で、やるんですね。」【ああ】
「ワタシは奥でヤスんでマス…。」
【いや、君にも役割が有るのだ。】
「エェ…!
わかりマシタ‥。」素直に承諾する。
麒麟は中心に立ちやるべき事の顛末を咄し始める。
【これから沙楽君には閻魔の神殿迄の入り口を創って頂く。遣り方は釈迦の部屋と同じ、円の陣を描けばそれでいい。】
「……」「アノー。」【どうした?】
「ワタシは何ヲ?」
未だ明かされず仕舞いのシュノボウの役割、其れは至極単純な事柄だった。
【お主には、天国への還り道を創ってもらう。】
「還りミチ?」【左様だ。】
【釈迦の元へ四獣を返す為の入り口とも云えよう。遣り方は単純、通常右廻りで描く円陣を、逆の左廻りから描く事だ。】
入り口として描かれた陣営の隣り合わせに出口として描く際、初め描いた円と逆廻りに描く必要が有る。
「ギャク‥やってみマス!」
偶然にも円を描けるシュノボウが残された事で同時に出来る事だ。
「麒麟さんはその間休んでいて下さい、私達を此処まで運んでくださいましたので‥。」
【いや、某も遣るべき事が有る。過去の記憶を辿って行う事がな‥。】
残された者達は、己の遣るべき事を開始する。
酒蔵・酒呑童子の部屋
「青龍…!!」《奴めいつの間に‥》
一撃で東を潰す程に迄、酒に溺れた赤い修羅。
[なんたる脅威…!]「ニャー!!」
【ばはあぁあ!!】
呂律が廻らず、乱心している。
「あんなの、本物の化け物じゃないのよ…!」
【ばはぁあぁ‥!……あぁ?】
酒呑童子の躰が別の赤色に包まれる。
めらめらと燃えるその紅は、其の儘奴の憤怒りを明確に映していた。
『悪いけど、アンタと遊んでる暇無いんだよ。‥腹立つからさ、こいつ全員で潰そうよ。』
「アンタ…」眼が酷く血走っていた。
いつもの遊び人の様な軽快な振る舞いでは無く、流儀を崩した、漢の眼をしていた。
『文句無いよね…?』《無いな。》
[今回ばかりは賛成じゃ。]
『いつまで寝てんの?
起きてるよね』凭れる青龍に云う。
{‥此れでも結構痛ぇんだぞ…?}
『文句は?』{有る訳無ぇだろ!}
『決まり。
‥覚悟しろよ、くそったれ…!』
【ば‥ばはあぁあぁあ!!】
纏わり付く紅を振り払い雄叫びを上げる。
《動く前に動けだ!》
{わかってるよぉ!!}
白虎の竜巻に、青龍の翼風を重ねる。
【ばはっはぁあぁ‥!!】
[何処に行くのじゃ?]大亀が出現。
瞬足を堰き止め、玄武と共に竜巻の中へ。
《でかした玄武‥!》
{未だ未だいくぜぇ!!}
羽搏きを更に加え、翼風を昇げる。
「すっげぇ事になったな…」
「アタシ達は下がっていよう」
身を案じ部屋の隅へ。
《玄武甲羅に入れ!》[仕方無いの]
風の中で廻る満月其れを操るわ白き獣。
【ばはぁっはぁ!!】
{何してんだよお前!}
自力で竜巻を這い上がり、先端から顔を出していた童子を尻尾で一蹴。突き落ちる先に待つのは赤い瞳の獣。
《外観は任せたぞ?》{おうよ。}
竜巻の表面に塒を巻き引き締める。
{
隔離された風の中で、高速に動き、白虎が独自の道を創る。
《
【ばはぁ…はぁ…?】
風は吹いている。だが、流れない。当たり前だ、流れるモノは、既に決まっている。
《あとは踊れ、老獪!》
中心で固定された童子の躰に、風壁に跳返る満月が幾度も撃ち当たる。
【ばはあぁああぁあ!!!】
玄武はひたすらに甲羅を当てた後、造られた道筋から外へ追い出される。
[ぷはぁっ、しんどいわ!]
「みんな、凄い!」
「関心してる場合かっ!」「くそっ」
「お前こそ威張るのは終わりニャ!」
「何‥?
誰だきさ…」「ニャー!!!」
{今度は俺様の番だぁ!!}
《勝手にしろ。》素早く竜巻から離脱
塒を解放すると同時に内側の風渦に流水を発射し、冷気を付与する。冷気を帯びた風渦は青龍の圧により、廻天を取り戻す。
【ば‥がっ…こぼっ‥。】
水流の廻転に呑まれ息を奪われもがき溺れる泥酔修羅。
{苦しいか?
我慢しろ、一刻で終わるからよ!}
塒を完全に解放する頃には、冷気の風渦は冷え切った氷柱となっていた。
{眠っちまったか、これで懲りたろ?
酒は控えて呑むんだな。}
「酒呑童子が、氷漬けに‥!」
冷えた眼差しで者供を見下ろし、部屋の一部となった。
《他愛も無い、とは言い難いな…。》
[全身が痛むわ、長引きそうじゃの]
{漸く終いか、還ろうぜ。}
【ば‥ばはぁ…。】
『いや、まだだよ。』
氷柱に皹が切れ、欠片を落とす。
{おいおい‥}《下衆が‥!》
[戯けも良い処じゃ。]
氷柱は見事に砕け避け、最凶を再び世に放つ。
【ばはあぁあぁああ!!!】
「嘘だろ…!?」
『残念だけど、嘘じゃないみたいよ?』
{朱雀、行けるか!?}『どうだろ』
『彼、篦棒に強くなってるから俺の火力で足りるかどうか‥』
「何弱気になってんのよ、アンタ炎しか使いよう無いでしょ!」
朱雀に並行してセイラが宙を蹴る。
『危ないよー、何してんのよ離れてなってばー!』
「アンタ達が危ういから来てやってんでしょ!?」
「そうだぜ、お前ぇらばっかしふてぇじゃねぇか。俺等にも愉しませろ!」
童子の真下、チョウヂョウが酒樽を抱え声を張る。
{鬼公‥?
手前何やってる、早く逃げろ!!}
「五月蝿ぇ!!
お前の番は終わりだ青龍。」
{‥馬鹿が!}
ここに来ての喧嘩屋、負けん気娘。吉と出るか凶と出るか‥それは決まっている。
「あらお兄さん、火が欲しいんですって?」
「だったらよ、これでも…遣えや!」
真上に投げた酒樽を、セイラが蹴飛ばす。硬い肉体に当てられた樽は無残に砕け、童子を濡らす。
「さぁさ、存分に愉しんで頂戴な。」
『…やっぱり君、凄っごい面白いや。皆、最後の大盤振る舞いだ!!』
《ふん‥!》
最大限界の力を込めた大竜巻を童子へ放出。
{うおらぁあ!!}
補う形で翼風を穿つ。
[咎人供、陰に隠れろ!!]
甲羅に忍び人々の元へ。
【ばはあぁああぁああ!!!】
『五月蝿いよ、少し黙れ!』
竜巻に自ら呑まれ陽炎の姿へ、朱雀は風と同化して業火の渦と化し童子を焼き刻む。
「行けぇ、四獣達ぃ!」
[{《『はああぁあぁ!!!』》}]
童子は苦しくも愛してやまない酒に焼かれ、赤を燃やし尽くす。業火の渦が晴れても尚、黒く残り、灰と迄は行かず、床に潰れて眠りに着いた。
『うまく焼けた?
‥なんて云ってる場合じゃなさそうだねー。』
[皆の者無事か?]
「有難うな、爺さん。」
{大丈夫か玄武、熱かったろ?}
[ちいっと無理したが大丈夫じゃ。]
{表出たら冷やしてやるよ}
《貴様が頭を冷やせ》{五月蝿ぇよ}
「後は、あの野郎だけだな‥。」
「あそこで延びてる奴の事?」
部屋の片隅で白眼を剥き、酒に塗れた男が一人。至る所に殴打された痕跡が残る。
「筆頭、随分と派手にやったんだな」
「いや此れは僕じゃなくて‥!」
「ニャばぁー!!」
「なんだありゃ?」
「盗んで呑んだ酒が残ってたみたいで‥。」
「何やってんだあのネコ助‥」
予期せず降臨、酒呑猫子。下らない冗談はよそう。
「まぁでも結果良かったじゃない?」
倒れるアケビの袖を探り瓢箪を抜き取る。
「これで表に出れるんだから‥!」
『ちょっと待ってー。』「なによ?」
彼女の咄を止めるのはいつもこのモノであったが、今回要があるのは別人らしい。
『僕ちゃん。この部屋どうする、いっその事全部燃やしちゃう?』
「なっ‥」「其処までする事無い…」
『五月蝿いよ、俺はあの子に聞いてんの。黙っててくれるかな?』
意図の判りにくい問い掛け、単に腹いせをするか否かの事なのか?
試されている可能性も有る、応え次第ではという奴だ。このモノならば有り得なくも無い。
「いや、此の儘でいいよ。」
戸惑う事無くそう応えた
「どうせ皆んな此れから
ならこれくらいの娯楽くらいは残しておくべきでしょ?」
『なんだ、判ってんじゃん、いいよ還ろう!』
「‥え、いいの?
なんだったの結局!?」
「いいんだよ、あれで。」
首を傾げながら瓢箪の栓を抜く。
「男って判らんわ‥」
地上に戻ると、見知った顔が立っていた。陽の光や景色よりも先に、飛び込んで来たのは赤い顔と白髪の青年。
「皆様、お迎えに上がりました。」
丁寧に頭を下げ迎えにあがる。
《沙楽!》「やぁ、無事で何よりだ」
【聞こえるか、諸君】
全ての声を遮断して頭に語りかける。
【今から皆には二手に別れてもらう、東の祠跡まで来てくれ。】
{東の祠って‥俺様の家じゃねぇか}
《最早無いがな。》
「来た処に戻るのか、変な感じだぜ」
「皆サン、ご案内しマス!」
「着いて行けばいいのね?」
『そんなとこいって何すんのさー。』
「移動しつつ御咄します、着いて来て下さい。」
シャラク、シュノボウの先導により、指示された東の祠跡へ向かう。
移動の際、麒麟の口から語られた遣るべき事は二つ。
一つは天国への帰還、その後各々の住処へ戻り、均衡を取り戻す事。
二つ目は閻魔の神殿へ向かい、和解すべく閻魔を説得する者を決める事。
一人はセイメイ
【と、云う訳だが、誰にする?
一人でも良いとは思うがな。】
「…オレは行かないニャ、じゃ!」
逃げる様に天国への道へ入っていく。
「あ、あいつ‥!」
[わしも先に行くぞ、元々選択肢には入って無いがの‥。]
マタオを追う様に円の中へ。
『俺も行くわ、もう此処に要無いし』
「私も‥先あっちで待ってるね?」
朱雀に便乗してセイラも中へ、咎人である事実を隠して‥。
「ワタシも、行きマスネ。」
案内人シュノボウも天へと帰還。
「セイメイ君、私も行くよ。
閻魔様も気になるが、やはり釈迦様の国を御守りしたい。」
町の均衡を保つ為、一刻も早い帰還を望んだ。
《沙楽、背中に乗れ共に行くぞ》
「ああ白虎。」
残すは青龍、チョウヂョウ、そしてセイメイ。
{俺様は当然還るが、お前も一緒に来るよな?}
帰還を望む、そう思ったがチョウヂョウの応えは想定内の応えだった。
「……いや、俺は筆頭のお供をするぜ、先に行っててくれるか?」
共に還る事を拒み、地獄の処理を担うと伝える。
{…死ぬなよ、貴重な喧嘩相手だ。そうそう失いたくは無ぇ}
迷いの無い、即答の返事だった。青龍は敢えて何も言わず素直に背を向けた
「あぁ、あっちで待ってろ!」
青龍はチョウヂョウを残し、天の道へ
【‥良かったのか?】
「最初からこうする事、お前なら判っていたろ?」
【気付いていたか。】
「町に居る頃からお前の言葉はわかんだよ。」
「……」
セイメイは帰還する者共を静かに眺めていた。自らは此れから閻魔の元へ向かうのだが、何故だか迷いや恐怖といった感情は無いに等しく薄かった。釈迦の恩恵を受けているからか其れも在る。だがもっと他の、分かり易い事柄に助けられている気がした。其れの正体は判らない。
「行こう。」「ああ!」
判らないので従う事にした、己の役割という定められた理に。
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