力・速・知‥。
「麒麟‥?」
「エッー!!
あの麒麟デスカー!?」
【如何にもだ。君が釈迦の御贔屓か?
‥隣の君は天の案内人だな。】
「…はい。」
「ナンデ知ってるんデスカー!」
以前迄は、正直甘く見ていた。落書きの様な出で立ち、弾けばすぐ消える躰。余りの頼りなさから町の野良犬程度の印象で見ていた其れが、稲妻を穿ち、空を渡り、窮地を救っている…。
どんな印象を持とうとも、否が応にも見方を変えるしか無い。
「其れが真の姿ですか‥。」
【真の姿…仮の姿など在りはしない筈だが、まぁいい。釈迦の力に当てられたのは事実だ。】
「そうですか‥。」
『どうでもいいけどさぁ〜、どういうつもりかなぁ?』
談話をしている最中に介入してくる立腹気味の鈍くしなる聲。
『遊びの邪魔してくれちゃてさ?』
【ほう、お主久しぶりだな。】
『はぁ?
アンタなんかと会った事ないけど!』
盛大な人違いをしてしされるも麒麟はあっけらかんと
【はて、そうか。お主ではないのか、仕方無いな】
悪びれる素振りも無く言ってのける。
【お主名は何という?】
『俺か?
俺は朱雀だけど。』【朱雀、そうか】
【道理で〝奴と似ている〟訳だな。】
旧知の友か、はたまた犬猿の仲か、霊獣と対をなす〝租〟に姿形が似通った朱雀に目を惑わせた様だ。
【名を聞いて思い出した、某は元来お主に要が有って参ったのだった。】
『それ普通忘れる?』
威厳を抜き去る勢いの意識の欠如、其れを気に留めるという意識すらも尚の事欠如。
【ところで朱雀よ、お主某と此処で逢うまでの間、幾分人を傷めつけた?】
『傷めつけたって何?
俺は一緒に遊んでただけだよ。‥まぁ怪我させた奴が居ないわけじゃないけど。』
セイラの横たわる方角へ黒目を少し傾け、麒麟に教える。
【あの娘か‥】
倒れる躰へ瞬時に移動し様子を伺う。
褐色の顔、背は少し高く、華奢な出で立ち。腕は掌から膝あたりに迄掛けて、薄くではあるが表面を焼かれ、黒い焦げを纏っている。
【セイメイとやら、額を預けて貰えるか?】
「え…?」云われる儘に額を差し出す
麒麟は其処に角を当てがい、以前の記憶の一片を回収する。
「何するんデスカ‥?」
再度向き直り頭を下げ、セイラの胸辺りに角の先端を翳す。
「焦げが、消えていく‥。」
躰の廻りを小さな優しい光りが走りまわり、傷を癒していく。
【治したのは傷だけだ。疲労や心労は自然に癒えるのを待て、放っておけば時期目を覚ます。】
「セイラさんが生きカエッター!」
「元々死んではいないけどね…。」
決めつけの瀕死から息を吹き返した。常に息は吹いていたのだが。
『そんな事できるんだぁ、思ってるより結構化け物だねあんたさ!』
【何、所詮畜生の生みの親だ。大層な存在では無い。】
『いーや、あんた充分大層だよ。‥少なくとも俺の遊び相手をするくらいにはね。』
新たな好奇に目を付けた。相手は問わず大なり小なり。
【釈迦の遣いの皆、下がっておれ。我儘な女の無理を強いられ多分に疲弊している事だろう。】
禍しき獣、
「麒麟さん、気をつけて下さい。奴は‥強いです。」
「火がアッチッチーデス!!」
自然と敬いを込めて接するようになった。湧き立つ威厳がそう促しをかけているのか?
【案ずるな、そう手間はとらん筈。‥〝火がアッチッチー〟か、心に留めておこう。】
空を蹴り神鳥の支配下へ
『あんためちゃめちゃ愉しそうだ!
‥力の加減も要らそうだしね。』
【はて。今の今迄加減をして振舞っていたのか、貧乏臭い奴だな。】
『余計なお世話だよ畜生の旦那!!』
羽を横に大きく広げ流星の如く無数の火炎の弾を麒麟目掛け放ち飛ばす。
「僕等のときと数が桁違いだ‥」
「防ぎヨーが無いデスゥッー!!」
【そうか?】
僅かな隙間を縫って弾を避け抜け、過ぎた炎が街や他の地形に被害を及ばさぬよう落雷を当て落とし相殺させる。
【容易い芸事だ、嫌いでは無いがな】
『けっ、博愛主義者かよ気持ち悪い!
街火達磨にしたら面白いかったのに』
【随分な事を云うな?】
『俺の街じゃねぇし別に。』
捻くれ者。いや、唯素直に〝自分勝手〟を謳歌しているだけだ、酷く理想的な生き方である。
『そういえば何で遊ぶか未だ決めてないね‥ってもう始まってはいるんだけどさ。』
半ば勢いで始まった祭りに未だ規約を設けていなかった。
『演目は、〝殴り合い〟ってとこで。』
【いや、違うな。】『何さ?』
【断罪だ】
雷を籠めた角を振り上げ、朱雀を叩き斬る。
『うっわ何!
雷の剣かよ、角じゃないのそれ?』
【角だが剣じゃない、斧だ。】
『どっちでもいいよ!』
陽炎状態で朱雀の躰は両断された切り口から分離して二つとなり、麒麟を囲む。
「二体になった!」「分身ダー!!」
『お姉さんだけの遣り口じゃないよ?
俺のが手間はかかるけどー。』
【数撃てば当たるか、単純だ。】
『知らないの?
単純が一番効くんだよ!』
二対の神鳥は、互いに火吹き熱波を繋げて麒麟を円囲む。何方が神で、何方が鳥なのか…。
【円陣‥炎陣か!】
『何いってんの?』神も呆れる獣小噺
炎陣は薄い円盤となり麒麟の腹を射抜き捕らえる。
【円盤‥炎盤か!】『もういいよ!』
御後が宜しい訳が無い。
【捕らえたから何だと云うのだ?】
『馬鹿だなー、捕らえられたら終わりだよ。』
【む?】
腹に嵌った炎盤の丸みに沿って、火柱が上がる。始祖の霊獣は爆炎に呑まれ紅く染まる。
『どう、結構熱いでしょ?』
「麒麟さん!」「ヒヤー!!!」
南の神の最大濃度の焔受ければ、神単位の概念といえど容易には済まないだろう。
『うーん、面白いと思ったけど大口過ぎると冷めるなぁ。』
【まったくだな、熱いと想い入ってみれば、一肌温いお粗末な湯だ。】
『だよねー、期待して損しちゃったわ。』
『って、何‥へっ?』
焔と会話、そんな力は無い。
【まさか此れに名があるとはな、知らずに遣っていた。】
業火を祓って現れた雷纏いし一角獣、其れは宛ら朱雀の陽炎の形状と似通っていた。形通うは中身も同じ、轟く雷獣は前進し、紅い翼に跳び掛かり音を立て雷撃と成る。
『かっ‥油断した…!』
業火の柱で燃やし尽くし、余裕を掲げ踏ん反り返り、陽炎と化する事を忘れてしまった朱雀は今、麒麟の雷を裸一貫で受けている。
【どうだ、結構辛いだろう?】
『馬鹿にしてんの‥お前さぁ‥!』
嘴を大きく広げ焔を溜める。火炎というよりは溶岩に近い熱を帯びていた。
『もう少し愉しみたかったけど、久し振りに腹立ってきちゃってさ。俺の陽炎も真似されるし、もう終わりにすっからさぁ!』
顔の紅は憤りか自色か、区別の消えた炎の舞など、地団駄を踏むも同じだ。
【真似をしたなどと、人聞きの悪い。何もお主だけの手段では無いのだ。‥だがまぁ某のそれは、一つ手間が多いのだがな。】
『ぐおっ‥何っだよ…!』
開いた口を閉ざされる程全身に痛みが
『躰が、動かっ…ない‥。』
躰が硬直し、羽を広げた状態で空に固定されている。朱雀に帯びる雷は、
【残念だったな、南の神よ。お主は空に貼り付けだ。】
『‥その状態で話せるのかよぉ…。完っ全に
姿は見えず、背後で只声が聞こえる。
『でもその格好じゃ‥思うように動けないんじゃないの…残念だなぁー。』
【あぁ、その通りだ。故に留めを担うのは某では無く】
【彼奴らだ。】
地上にて、見上げる小さな翼の勇者。
あれが該当する彼奴らだろうか。
『ちょっと、反則でしょ?
俺はあんたと遊んでるんだけどさ。』
【反則とはなんだ、某は云ったぞ?
演目は〝断罪〟だと。】
『それが何?』
【定めた規約に乗っ取った遣り方だ】
朱雀は重んじている。遊び方の流儀を
『そっか、なら仕方無いかぁ‥!』
「いっけえぇぇ!!」
槍投げの如く空に煌めく白刀が、朱雀の胸を射抜く。硬直し衝撃の逃げ場の無い場所での其れは漸く渾身といえる一撃として命中した。
『がぁ…!!』火炎と同じ色の吐血。
【よくあの場処から届いたものだ。】
『だけど‥悪いね、こんくらいじゃあ…へこたれないんだわっ‥!!』
【こんくらい‥どの具合の事だ?】
「だらあぁぁ!!」刀を握る翼の勇者
『あらぁー久しぶりじゃん‥名前なんだっけ、まぁいいや。』
「お久しぶりデスー!」
飛翔しながら柄を押し上げ、腹に刀を深く刺し態勢を下向きへ。
【諸君、決めてやれ。】
「マモナク到着ミナミのホコラー!』
「はあぁあー!!」
『ったく‥やってくれるよねー…。』
翼人の握る刀は朱雀を突き刺し住処へ急下降。固まり痺れた躰を祠へ打ち付け石片と共に崩れ散る。刀は最後まで、朱雀の躰を貫かなかった。抉りはしたが、刃先が外に突き出る事は無かった。刀身にはしっかりと、紅い色が塗られているが。
【よくやった諸君。焦燥をかくほど助力は要らなかったようだ。】
実態を取り戻し、傍らで佇みながら二人を賞賛する。
「はぁ、はぁ…なんとかできた‥!」
「セイメイさん、やりマシタヨー!」
「僕は何もしていない、シュノボウ、そして麒麟さんのおかげだ。」
「エヘヘ‥!」【有難きお言葉だな】
シュノボウの翼により飛翔し、麒麟の助力で焔をから避ける。本当に何もしていない、なにかしたとすれば白い刀をやたら縦に突き上げたのみ。それはそれは突き上げた、しつこく飽きる程に。唯一のそれすらも釈迦の恩恵で変化した代物故に振り切る勢いで何もしていないのだ。彼がしたのは謙遜では無く単なる状況報告だ。
『痛った‥家壊されちゃったよ。無茶苦茶してくれるよなー本当に。』
瓦礫に紛れて紅き翼が不満混じりにぼそりと呟く。
【お主、まだ息があるのか。】
「まだだったか‥!」「コノヤロ!」
『あーあぁちょっと待ってよ、みんなして…そう構えないでってば。』
戦う意思は無い。降伏と呼ぶより、制止するが正しい表現だろう。
『〝断罪〟だっけ?
それはあんたらの勝ちでいいよ。』
「戦闘の意思は‥無いんですか?」
『無いよ、見ての通り起き上がる力も無いんだよ?
それに戦闘じゃなくて遊び、野蛮な事してるみたいな言い方しないでくんない?』
「ジューブン野蛮でしたケド…。」
あくまで遊び、如何なる事柄も範囲内の出来事、悪気は無い。と云いたげだ
『で、俺は何すんだっけ〜?』
「天国へ一緒に来て貰います。」
『‥いいよ。別に此処じゃなきゃ駄目だって事じゃないし、釈迦も嫌いじゃないしね。エンマは嫌いだけど!』
【素直だな。】「いい人デスネ!」
堪忍したのか気まぐれか、無論気まぐれだ。
『うーん、でもどうしようかなぁ。
もう一回遊ぼうか、それであんたらが勝ったらにしよ!ね、そうしよ!』
『いっ‥?』 【ん、鎌か?】
床に伏す朱雀の首元に三日月状の刃が、添えられ、真上からは獣臭。彼女が御目覚めを迎えたようだ。
「さっさと来なさい、焼き鳥…!」
『すぐ行こ〜っと‥何処行けばいい?』
やはりアンタは好きになれない。
「みんないくよー。」
「はい‥。」「ハイ…」
「……アンタ誰よ?」【麒麟だ。】
「知らん行くよ!」【………はい。】
方角四つ、祠も四つ、壊れて二つ。
地獄を担っていた護り神達が、今一同に会そうとしていた。
西 風脚の白虎 東 闘翼の青龍
北 知恵頭の玄武 南 炎舞の朱雀
四神改め四獣が、地獄邸内を馳け廻る。しかし其れ程派手な事柄を放っておく程、廃れた場所でも無いようだ。
「キリンちゃん、何処に迎えばいいの?」
【ふむ、そうだな。気兼ね無く集えて顔を合わせ易い場所だろうな。】
「だからそれを聞いてるのよ…。」
(キリンちゃん…って。)
「何か、知らないんですか?」
『何かっていわれてもな〜、普通に適当にどっか集まって誰かの幻想空間の中入ればいいんじゃない?』
あっさりながら粋な発想でモノを云う。聞いて損する事は無いようだ。
「ワタシはマタお役にタテマセン…」
「今回は付いて行こう?」「ハイ‥」
出る幕無しと泣く泣く役割を譲るも今回は仕方の無い事、素直な咄だ。
「だけど何処に集まるのよ?
他の連中が来るとも限らないし…」
『通信しようかー?』
「そんな事できるんですか」
『当たり前でしょー俺ら四神よ?
嫌でも繋がってるつーの、気持ち悪いよなー。』
「オはなしデキルノー!」
【便利だな。】
「便利だなじゃ無いわよ‥」【む…】
周囲が穏やかなる刻と姉さんはいつも御立腹だ。
「何でそんな事出来るなら早く云わないのよ鳥公!!」
『いや聞かれなかったからさー。』
「聞くわけないでしょそんな事!
いいからさっさとやんないさいよ!」
『流れでいわないでよ、俺一応神なんだけど?』
仮にも彼は神なのだが信仰というモノは人それぞれ、習わしも異なれば流派も違う、完璧に定められた神など存在しないのだ。
『わかりましたよー、やればいいんでしょ、やればさ。』
特に鼬の信仰など、理解する対象としては特殊が過ぎる咄だろう。
『あ〜。大丈夫かなー?
やるの久しぶりだから上手く行くと良いんだけどなぁ。』
喉の調子を整えながら、不安風味を宿した本音を吐露する。
「ドーヤッてやるんデスカ?」
『態々聞いてくれるのか、君は良い子だね、さっきから俺怒られてばっかりでさ、何でだろ?』
慣れない説教をどっと一度に受け続けた事により悲壮感が大きな高ぶりを見せ、人に興味を持たれる事に酷く過敏に反応する様になっていた。
『頭の中に声の広がる幻想を浮かべてそれを徐々に広げるのさ。普通だったら大した大きさにならないだろうけど、俺ならそれを四神を繋げる位の規模にできる。』
声の響く小さな世界を創造し、其処に四獣を一人残らず打ち入れて情報を伝聞する。さらりと言ってのけてはいるが、そもそも幻想の世界を創り上げる事が常人には難度の所業。大規模であれ小規模であれ、神の遣り口であるのだが、本人に強い自覚は余り無い模様
『おっ、あー入った入った。もしも〜し、聞こえますかぁ〜?』
精神世界で音声確認。
『んぅ?』 『朱雀か』『‥ふん。』
白くただ延々と空の続く空間で返事を待つ南の声の元に集いし方角達。
初めに姿を現したのは、赤い瞳の白き獣。
『や、態々どーも。
君が一番乗りだねぇ!』
《無駄口はいい、さっさと噺をするがいい。我はお前に呼び出されたのだ》
『まぁまぁそう焦らずに、ね?
他の人も来るからさ!』
事を瞬時に終えようとする白虎を苦い笑いで宥めて収束を図る。よりにもよって最も協調性に欠けるモノが一番乗りで席に着くとは、後々の負担が酷く思いやられる事態となった。
[ふう‥思っていたより遠かったの]
『あ、来た来た!』
次いでやってきたのは殺生嫌いの老獪仙人、北の知恵頭。
『おじいちゃん来てたのかーお疲れさん、別に疲れて無いかー。』
[阿呆が、疲れておるわ。遠い場に会場を設けおって、戯けた餓鬼じゃあ]
『相変わらず五月蝿いなぁ、心配して損した‥。』
[なんじゃとぉ、磔磔戯けじゃ。貴様からも何か云ってやれ!]
《我が知るか‥。》仲は良くない。
だが、息遣いは悪くない。
[皆揃ったか?]『いーやまだだね』
《漸く年老(ぼけ)たか?
指折り数えなくとも理解できる筈だが‥》
[ひぃ、ふぅ、みぃ‥おぉ本当じゃ。三匹しかおらん、残すは‥青坊か?]
『あいつ、来るかなぁ…。物凄い馬鹿だからなー』
《来なくとも構わないが‥?》
ただ一人望まれない青が遅れている。中々好都合な待遇だが、事は思い通りに運ばぬのが此の世の常だ。
{誰が来ないって?}
『あ、来るんだ。』[やはり青いの]
各々の反応が薄いが西のあいつは異なる態度を示した。
《汚い
{なんだとぉ、色白野郎!
手前の眼球は腐ってやがんのか!?}
《腐っているのは貴様の神経だ》
{何云ってやがんだ白猫!!}
『まぁまぁ喧嘩しないのー、ちょっと咄して帰るだけでしょー?』
《さっさと済ませろ‥》
{まったくだ!}
[わしはいつでもいいぞ]『はぁ‥』
神単位の連中を相手取るのは、伝聞するのみであろうと大きな手間だ。
神が三体‥単純に三倍、人に換算すると三億倍。餓鬼の如しの数値である。
『じゃあ余裕持たすと長引きそうなんで要件云うよ?
今から皆に要が有るから地獄の街の中心部、その真上の空、上空ね?
その上空に周りの連中引き連れて集まって頂戴。』
『お判り?』
[中心部、十字路の真ん中じゃな。]
{中心部の空の上だからなじいさん}
《貴様は更に上で散るがいい…。》
{あん?}《どうした?》
『あ〜あぁもう勝手にやって。俺もう伝えたからね、じゃあ。』
『ふうっ…!』疲弊気味に溜息を吐く
「終わったんですか?」
『要件は伝えた、後はどうにかするでしょ。』
後の処理は手をつけず一方的に通信を遮断した、兎に角連中が面倒だったのだ。
「で、目的場所は?」
『地獄の中心部真上』「よし」【む】
「ならさっさと向かうわよ!」
麒麟の背中に平然と飛び乗り指示を促す、行き先迄の道なりは他力本願だ。
「セイメイさん、行きマスヨー!」
「あっ、う‥うん!」
『‥こっちはこっちで疲れるなぁ。いいよ、二人共背中乗りなよ俺の』
親切では無く、面倒事の回避。
張り切っている者を見ると疲れてしまう、今はそういった気分らしい。
「いいんですか?」「ヤッター!」
『いいよ、そっちの方が速く着くしそれに‥纏まってた方が何かと都合が良さそうだ。』
「…?‥」
朱雀は気付いていた。中心部を目指す〝五人目〟の存在に。派手な祀りにはじゃじゃ馬が付きものだという訳だ。
「閻魔様に知らせる暇も無さそうだ」
地獄・とある部屋
「ウィー‥ひっく!
…また酒が切れよった‥。」
以前よりも多く見積もって酒瓶が床に散乱している。嫌な事無くとも無礼講とはとんだ乱痴気魔王だ。
「まぁた〝酒呑童子〟の処に嗾けるとするかのぉ、がっはっはっは!!」
酒・金・女の三代欲望。閻魔は三代分酒でになっている。酒乱・酒豪・酒狂の三竦みだ。閻魔の気質の荒さから来るものか、強すぎる酒の効力から知らないが。
「これから何処に行くのニャ?」
『約束の地じゃよ。』
「ヤクソクのチ‥聞いても判らんニャ、だから黙ってついてくニャ。」
空飛ぶ甲羅に胡座で座り込み、阿呆面晒して知らない処へ流れて行く野良猫マタ公、コイツは一体何なのだろう。
『ほら!
乗れ、鬼公。』「なんでだよ?」
『なんでだよもこうしたもあるか。行く宛があるんだよ、お前も一緒に来い!』
羽を広げた背中を見せびらかし乗れと煽る青龍をチョウヂョウは疑問の眼で見定める。
「わかったぜ、背中に罠でも仕掛けてあんだろ!
小細工が好きだもんなぁお前はよ!」
『いい加減にしろよ、手前。そんなもん仕掛けてどうすんだ、先手打ってやろうってか?
巫山戯んな、俺はそんな狡い真似しねぇよ。それに何度も云ってるが小細工じゃなくて戦闘手段だ忘れんなよ!』
「本当かぁ、念押してより嵌めようって魂胆じゃねぇのかぁ?」
『もう愈々頭来たぞ手前ぇ…!
なら乗ってみやがれよ何も無ぇからよぉ!!』
「乗る訳があるか!
散々云われて今更騙されねぇよ!!」
『怖ぇのか?』「何ぃ…!?』
安い挑発、安い男にとっては極上の人参。
『怖いんだろ、お前怖いんだよな背中に乗るのがよぉ!!』
「そんな訳あるかよてめぇ判ったよ!
乗りゃあいいんだな?乗りゃいいんだろ?
あぁ乗ってやるよ、何処へでも連れて行ってください東のセイリュウサマぁ!!」
『云われなくてもだこの野郎ぉ!!』
漢の
『ったく、面倒が随分続くなー今日は。』
「誰なのよあれ」
『知らないよ、云ってたでしょ閻魔の使いだって、俺あいつ嫌いだからさ』
「そういう問題じゃないでしょ!」
「閻魔様への侮辱は許さん!」
金色の輪を複数浮き出し、一斉に飛ばす。
『ほら、あいつ嫌な奴じゃんか。』
輪は一向に当たる直前で爆炎と相殺する。
「キリンちゃん、どうにかできないの?」
【神なら未だしも相手は人だ、当人も其うだが周囲に及ぼす影響が強大過ぎる。】
注意喚起に過ぎないのだが、本人の口から耳にすると自画自賛に聞こえなくもない。ここは全く賛美されないあいつらの出番だ。
「僕が行きます。シュノボウ、一緒にお願い」
「ハイナー!」
「アンタ達何かできるの!?」
【濁した物云いをしないのだな。】
『状況的に少し不安定だけど、君等が一番合ってるかもね』
「行ってきます。」「イクゾー!」
『んじゃあ俺も参戦ってことで。』
朱雀の尾から焔の紐が延び、セイメイの腹を罹る。
『心置きなくやんなよ、せっかくなら愉しんでさ!』
「有難う‥朱雀!」「スザーク!!」
『かぁ〜呼び捨てかぁー!
久っ々だぜ本当よぉ!』
軽快な感情は軽快な事柄で揺れ動いていた。
【神の助力か、素晴らしい。】
「そんな大層もんじゃないから見るだけ無駄よ、行きましょキリンちゃん」
我関せずと、先を急ぐセイラにお抱え道中キリンちゃん。可愛らしくなったものだ‥いや、元々町の獣だったか。
「貴様等、空の穴から参った侵入者だな、一体どこから降りてきた!」
「アナザー天国デス。」
「アナザー天国だと‥あんな処から一体何を企んで此処に来た!?」
『観てわかんなーい?
俺達を
「四神様を天国へ…?
一体誰の差金だ!」
「釈迦…。」 「釈迦様だと‥!?」
「そうだよ‥嫌々だけどっ!」
白刀を振るう。男は輪を連ねた棒を鞭の様にしならせながら刃に擦り付け、直撃を防ぐ。
「舐めるなよ天の人よ、拙者は閻魔様の使い、地獄の管理人アケビ!」
「地獄の‥」「カンリニンー!」
『そんなのいたのか。』
「貴様等部外者を排除する役目があるのだ!!」
金色の、輪で造られた変な棒を、義務感のみで突き立てる。
「仕方無い。朱雀、尻尾借りるよ?」
『尻尾‥あぁ、使いな勇者。』
シュノボウの翼で飛んでいたセイメイは、一度垂直に下降し、朱雀の尾を踏み締めて跳び上がる。
「はあぁあっ!!」 「くっ…!」
天の勇者の専売特許、下からの刀突き上げが炸裂する。刀突き上げにより可笑しな棒は砕けたが、これといった一撃は与えられず。
「そんなものかぁ!!」
「ダメか‥。」
『仕方無ぇな。此処が部と悪そうだ、此の儘目的地に行っちまおう!』
管理人を添えた儘空の道を行く。その頃には各々は既に中心部近くへ到着していた。
『ん、わし等が一番乗りか?』
「誰もいないニャ、そうなのかニャ?」
北の孫猫組が先手を獲得し、中心の空へ。名誉も栄光も無論無いが。
「みんな遅いんだニャー、オレが一番乗りだニャんて。」
『何処かで道草でも食っているのじゃろう。』
「ミチクサ…喰ってるのがニャ。あれ、ケッコウ美味いからニャあー」
マタオにとっては物理的な主食、想像すると涎が溢れる。
『やめんか又王』「又尾ニャ!」
雑草に想いを馳せていると、西の方から人を乗せた別の猫の足音が響く。
「白虎、無理をしなくてもいいのだよ。慌てなくとも何れ皆集まる。」
『無理などしているものか、我は只天への道を急いでいるのみ、奴等の集いなど知った事か。』
「そうか、其れ程に欲しいのか、またたびが…。」
『そ、そんな訳あるか!
…ま、まぁどうしてもと云うならば貰ってやらんでも無いがな!
た、鱈腹寄越してくれてもかまわんぞ‥?』
「…そうですか、ならば急ぎましょう。皆の元へ!」
『‥ふん、云われずともそうしてやるわ。』
「あ、シャラクだニャ。生きてたんだニャ良かったニャあ。」
『白虎も一緒じゃの』
暫く見ないと生死をあやふやにする猫の見解は、優しい男を死者に変えた。
「マタオ君、無事だったか。集まったのは君だけかい?」
何も知らない優しい男は笑顔で再会を喜んだ、生きているからいいものの。
[随分仲良くなったものじゃな‥]
《勘違いするな、お前こそ人の事を云えるのか?》
「他の者は無事だろうか?」
「大丈夫ニャあ、セイメイの処はヒトが多いし、もうヒトリは‥」
「ん?
あれはぁ…」空中で交差する青と緑。
「お前ぇ荒い飛び方するんじゃあ無ぇよおちたらどうすんだ!」
『手前が上で暴れ廻るからだろうが大人しくしてろぉ!!』
「あんだとぉ!?」『なんだよ!?』
「東のアイツはとんでもない馬鹿ニャ、死んでも生きてるニャ!」
「‥それもそうだ、気に留めるまでも無いな。」
「もういい喧嘩は後だ、着地しろ!」
『偉そうに云うな、それに着地って場所は空の上なんだよ!』
仲良く喧嘩する二人は中心部へ差し掛かる直前まで言い争いを続けていた。
「ほれ到着だ感謝しろ。」
『何でお前に俺様が礼を云うんだよ』
「チョウヂョウ君。」
「おうシャラクか、無事で何よりだ」
「此方こそだよ。」
「此方こそだニャ」肉球が手を握る。
「てめぇネコ助、よく堂々と俺に顔見せられるなぁ…?」
「ニャ、ニャんの事ニャ?
オレ‥知らないニャー!」
「とぼけんじゃねぇぞこの野郎ー!!
お前のお陰で散々な目にあったんだからなぁ!?」
『まぁ若いの、そうかっかするな。』
「お前もだ爺亀ぇ!!」
みちなりでも喧嘩着いても喧嘩、根っからの喧嘩屋か、せざるを得ない環境に身を投じているのか、応えは確実な前者だろう。
《騒がしい連中だ、特にあそこの緑の化け物。泥臭く下品だな。》
{はっ、手前に云われりゃあお終いだな!}
《類は友を呼ぶのだろう。丁度我の傍にも、卑猥な色の鱗の化け物が…》
{手前誰に云ってんだぁ?}
《判らぬか、加えて阿呆と来た。磔磔似通っているなお前達は》
{上等だ、かかって来い畜生め…。
氷漬けにしてやるからよぉ!!}
《貴様如きが相手になどなるものか、我が風脚で其のずんだら延びた首をへし折ってやろう。》
龍虎相打つ、お互い喧嘩相手には困らなそうだ。
東・西・北と揃い踏み、残すは南の厄介者朱雀のみ。
「で、内の筆頭と生意気姉ちゃんは何処に行ったんだ?」
「シュノボウも一緒だ」
「オレは…特に無いニャ。」
「あと‥いいや、やめとこう」
麒麟の名は、敢えて伏せた。意味は特に無いが、伝え方が解らなかった。
[悪餓鬼が来るのも待つのか、愚かじゃの。]
{言い出しっぺが一番遅ぇってのは気にくわねぇな!}
《元より期待なぞしているものか‥》
何処かに集まれば、誰かが遅れる。時間を守らないモノは〝断罪〟すべき。
だが断罪された後の遅延なら、一体何を被るべきなのだろう。
「‥ん、何か来るぞ?」「ニャー。」
「あれは…丁度南の方角だね」
雲に紛れて大きな何か。爪でも無く、牙でも無い、穿つ突起の先端が顔を出す。
「皆んなぁ〜!!」
突起の後ろから手を振る褐色の女。
「角の‥獣…?」「来たか、麒麟」
「何ニャーあニャア!?」
見覚えの無いけたたましい四足の獣、それにまたがう鎌鼬。
[なんじゃあのケダモノは?]
《ほう、あれは護り神か何かか?》
{忌々しい稲妻野郎め、又会ったな}
「無事着いたのね、皆!」
「あぁ、確かにそうだが‥この馬…は、何モノだ‥?」
正式な生物の形態の表現が見つからず、遠からず近くも無い存在の名をふわりと呟き問い掛けた。
「あぁこれ?
キリンちゃん、獣の始祖の雷獣みたいよ。」
さらりと明かした。
「き、麒麟!?貴方がか!」
【如何にも】
「ニャりん。」「麒麟だ馬鹿者」
【チョウヂョウ殿、某は還ってきた】
「態々云わなくていいんだよ。」
記憶の片隅で町での日々が残っていた
[おい小娘、して内の糞餓鬼はどこじゃ?]
「そう、それ!
それが今大変なのよ!」
戸惑いつつ、此れ迄の
《また厄介毎を増やしてくれる》
{どうしようも無ぇなぁ!}
《貴様が云うな…》{なにをぉ!?}
[云い争っている場合か!]
「筆頭とシュノボウは無事か?」
「大丈夫、健在も良い処よ。」
味方の安否を確認していると、南の方角から紅翼が空を滑り流れてくるのが見える。
『あらぁー皆様お揃いのでぇ。宴でもやるってんですかぁー?』
[巫山戯腐ってからに‥]
《救い様の無い下衆だな。》
{手前、翼が俺様と似通ってんだよ空飛ぶなこの野郎!!}
繋がりを持つ四獣が飾って怒りをぶち撒けている。余程不満有るモノなのだろう。
「なんでアイツ生きてんのよ!」
此処にもいた。
「ミナサーン!」「タコ助!」
「セイメイさんも無事デスー!」
シュノボウの傍で小さく手を振る我らが筆頭。
「……」
シャラクはとある疑問を覚えた。味方は無事に帰還した、朱雀も傷付いてはいない。
「セイラさん、何が大変なのかな?」
「判らない?
焼鳥擬きの周り〝人がひとり多い〟のよ!」
朱雀の尾にがっしりとしがみ付く地獄の管理人。それを聖羅は危惧していたのだ。
「着いてきやがったのか!」
「振り払う時間が無かったのよ。」
執念深く追い掛ける管理人は閻魔に絶対服従、忠誠心のみでしつこく付きまとう。
「一斉に向かって撃ち落とすか?」
【いや、逆上して街の皆に危害を加えかねん。】
「お人好しかお前は‥。」
地獄の鬼とて街の人、意味もなく壊す理由は無い。
《ならばどうするつもりだ麒麟とやら?》
西の切れ者が麒麟を圧する。
【釈迦の使いよ、お主等の役目は未だ残っているな?】
四獣の回収の他、残った命令は…。
「閻魔との、和解‥。」
【左様。】
四獣を天国へ還した後、閻魔の元へ向かう必要性が有る。
【過去の記憶を辿り見た。シャラクといったか、お主釈迦の元へ向かう際円を描いた陣を貼っていたな?】
「はい。」
【共に来い、それで閻魔の居場所への道が開く。】
「分かりました!」
『ねぇ、何咄してんのー?』
ものを考えず、小鬼を連れて南の鳥が口を挟む。
「馬鹿鳥!
何一緒に連れてきてんのよ!」
「漸く捕まえた、侵入者!」
管理人は尾をよじ登り、朱雀の背に仁王立つ。
「閻魔様の元へは行かせんぞ!」
[お主、アケビか‥?]
《酒狂いの使い走りか、くだらん。》
{木通ぃ?
知らねぇなぁ!}《黙れ。》
アケビは袖から小さな瓢箪を取り出し、栓を外す。瓢箪からは、黒い靄が吹き出し、空間の背景を替えていく。
「なんだこれは…?」《沙楽、行け》
靄が掛かるより早く、沙楽を蹴落とす。
「白虎!」「麒麟、シャラクを!」
【解っている】
素早く下降しシャラクの元へ。
「こわいニャー!」[マタオ逃げろ]
逃げる何処ろか甲羅に張り付き離れない。
{手前は逃げなくていいのか?}
「馬鹿にしてんのかお前。」
『僕ちゃんも一応投げときな!』
「アチチチー!」背中が突如発火する
「あんた何してんのよ!」
『俺なりの気遣いさ、麒麟さーん!
その子頼んだー』
《女、空を飛べるのか。》
「放っといて!」何故か怒られた。
「ウワァアァ…アァッ!?」
柔らかな床に難なく着地。
「大丈夫か、シュノボウ」
【やはり大胆な事をする輩だ。】
「これからどうなるんですか‥?」
『まぁ、厄介な事になるのは間違い無いだろうね。』
空に漂う者共は黒い靄に包み取られ、完全に地獄から中心部から姿を消した。
「消えてしまいマシタ‥。」
地上に残されたのはシャラク、シュノボウ、麒麟の三名。
【案ずるな、四獣が付いている。癖は強いが強い味方だ。】
「それもそうだ。数は少ないが、彼方は皆に任せて、此方で私達に出来る事をしよう。」
「‥ハイ、頑張りマスヨ!!」
「その域だ。麒麟さん、案内してくれ」
【相判った。】
麒麟は地獄の土を蹴る。
{真っ暗だな、目眩しか?}
《元より目眩が何を云っている》
{一々嫌味云わねぇと気が済まねぇのか手前は。}
《事実を云った迄だが?》
[もういい、未知の領域で口喧嘩をするな!]
『未知って知ってるでしょうよ?』
慣れた口振りで咄混む四獣達。彼等からは恐れという感情が見られない。
「ここ何処なのよ」『厄介な処だよ』
「知ってるのアンタ?」
『そりゃ判るって。』
当然の如く云ってのける。
《瓢箪を開けて黒い靄‥》
[奴しか居らんの。]
『もう逃げ場は無いよ…。』
「判ってるじゃないか、君達は終わりだ!」
空間を創り出した張本人、管理人のアケビが怪しく微笑む。
「何を、したんだ‥?」
「おる緒方の部屋に招待したんだ、君達が余りにも余計な真似をしてくれるから私にも止められなくてね。」
酒を頻繁に嗜む閻魔に、いつでも運べる様にと待たされた部屋の鍵。
「ある緒方って誰の事よ!?」
「誰の事‥そうだなぁ、地獄に蔓延る鬼の長…と云った処か。」
「ニャんだか暗さに慣れてきたニャ」
[お主は下がっていろ。]
己の道を行く野良猫の長が、控えめに一歩身を引いた。
「筆頭、どうすんだ?
鬼の長だってよ。」
「難しいな…。」「難しいって何よ」
『今回ばかりは俺も遊びたく無いな。愉しくないからさ』
黒い靄は変容し、木造の茶色く広い酒蔵を形づくり背景とする。
「これが鬼の部屋…?」
地獄に群がる鬼の長であり酒の創造者
彼の名は〝酒呑童子〟
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