四獣の標へ

「さぁ!

四獣に逢いに行くわよ?」

街の中心の十字路の真ん中で、腕を横に大きく広げ指揮を取るは地獄の咎人、飯の運び屋、鎌鼬の聖羅。

「すっかり陣取ってやがる。いいのかセイメイ、筆頭の面目はよ?」

「ははは‥どうだろう?」

知らぬ間に列に加わり頭角を表す謎の女咎人に、一味の頭を奪われ気味だが、セイメイはそれを都合の良い事と捉えていた。勝手の分からない地獄の道も、元の住人、咎人であれば粗方の調べが行き届く。纏まりの無い一行も、頼りが有ればそれに従い列を造る。不満などは実に薄い、寧ろ利点彩る参入だ。唯一不満が湧きうるとするのならば目立つ役割を降ろされた事による優越感の欠落程度だろうが、元よりそんなモノの概念をセイメイは持ち合わせていない故、不満は無に等しく、内障的損害は皆無と云える。


「彼女の咄を聞きましょう。」

「そうか?

お前意外に潔が良いんだな」

白状な舞踏会でチョウヂョウが踊っている、「潔良いな」と嗤いながら‥。

軸を戻し聖羅の元へ。二人で雑談を交わしている間の聴取者はやはり我等がシャラク、筆頭に最も近しい男の名だ。其処に加わり雑談組は、聖羅の咄に聞き耳を立てる事に徹する。

「いい?

言うまでも無いけどこれからアタシ達は四手に別れるの、この十字路からね。」

「ヨンテ!」「わかってんのか?」

「理屈は判る、だが何故この十字路からなんだ?」

「街の中心だからよ、街に来て一番に判る理由だと思うけど‥気付かなかったの?」

広い街の何処を歩こうと最後に着くのは此処、と云う程はっきりとした中心の目印である十字路を、今の今まで知らずに街人を気取って四獣を捜し求めていたのだ。

「よくそれで咎人なんてやってるわね」

「それ程でもないニャ!」

「お前が〝飯だー!〟とか叫いて勝手に突っ走ってったんだろ‥?」

「ワタシも知リませんデシター!」

案内人の不覚、心なしか鴉天狗よりも頭低く感じた。

「はぁ‥面倒ね、理解わかってるのは白髪のお兄さんだけね…。」

呆れ溜息を吐きながら、一行に街の仕組みを丁寧に訓える。


セイラの云うにはこうだ。

街の中心から延びる十字路は、真直に進めば至れも外へと続いている。偶然か意図的な象りか十字の路は東・西・南・北の四つの方角を示しており、最終的にそれは、神の祠を導く標になるという。

「厄介なのは十字路が、街の中で途切れてるって事、外に出た後は何も無い。祠が本当にあったとしても、自分で野道を彷徨って、当てもなく進むしかない。」

「見た処無茶が好きな連中みたいだから参考になればと思ったけど、やはり雲を掴む様な咄に変わりはないね。」

御伽噺の類も刻に道を示す助力になると、現を抜かした会合であった。

「でも、条件は条件よ?

アタシも連れてって貰うからね。」

無茶への憧れか、単なる好奇心か、滲む彼女の動向はまさに鼬の習性と酷似していた。

「‥おぉ、まぁいいんじゃねぇのか。なぁ、筆頭さん?」

「うん。

女の人ですけど、地獄の咎人ですしね。」

「いいのか?」

「セイメイ君が云うなら、拒否する理由は特に無いかな。」

「そうか‥」

簡単な奴等だ、そう思った。

「ニャー。」特にコイツ。

(こんなもんで釣られちゃうのね、本当に無茶な奴等‥)

「ニャニャー!」特にコイツ。

「じゃ、行こうか皆。」「おう!」

「いきマショー!」「御意に。」

「ちょちょっ、待ってよ!

どうやって祠まで行くのよ?」

一同一致で無茶な進行を決行、途中からの参入者にはあり得ない愚行。

「どうって、云われた通りに‥」

「咄聞いてた!?

十字路は街の外には無いの、後は手探りよ」

「何騒いでんだ姉ちゃん?」

「可笑しな女だ」といわんばかりに冷めた瞳をセイラに向ける。

「アンタ達がおかしいのよ!

手掛かりも無いのに外に出るって云ってんのよ?」

「誰が無いっていったんだ?」

「‥どういう事よ?」

地獄の流行り咄程度のつもりだった。

「ワタシ達にハあるんデス、祠への手掛カリガ!」

まさか十字の続きの道を己共で携えているとは。シュノボウの手元の水晶で、セイラの顔が反射する。

「こんなモノ、一体何処で‥!」

「‥出処は伝えきれないが、四獣の居場所はこの水晶が、光で照らして教えてくれる。」

「速いハナシが問題無ぇって事だ。」

「ジュージロ通ってスイショー遣えばシジューのホコラにひと飛びニャ!」

無茶な事を簡単に説明する簡単で無茶なネコ。

「さ、四方に別れて祠をさがそう。」

「ちょっと待ちまよ!」

「今度は何だ、女?」

「その水晶一つしか無いのに、散り散りになったらどうやって祠さがすのさ?」

「…‥確かに。

どうするセイメイ?」「…うん。」

力は有っても、遣い方が下手。

「‥やっぱりね。赤タコちゃん、その晶(いし)ちょつと貸してくれる?」

呆れた息を漏らしながら差し出されたセイラの掌に、シュノボウは疑心を抱えつつ水晶を渡す。

「え〜っと‥あったあった、これよ」

がさがさと懐を探り黒く重たい塊を取り出す。

「鉄槌‥?

何でそんなもん持ってんだ」

「何かに使えるんじゃないかと思って、飯屋の店主が窯治すときに遣ってたやつ持って来たんだ。」

「それで何するのニャ?」

「こうするのよっ…!」

『ばりんっ!』

水晶は音を立てて元の原型を崩す。

「なっ‥!」

「あなた何シテるんデスカー!!」

「いや待った、良く見てみるんだ。」

「うん、これで丁度四つね!」

力任せに粉々に砕いたかに思えた。がしかし水晶は、多少の大小はあるもののきっちりと四等分され、石としてのかたちを保っている。

「ばらばらに動くなら地図も破らなきゃね!」

「無茶な女だぜ」

「何とでも云いなさい、ほらこれ!」

砕けた水晶はそれぞれチョウヂョウ、シャラク、シュノボウ、マタオに手渡された。

「‥石なんか貰っても嬉しくないニャ」天に拳を振りかぶる。

「止めろ投げるなネコ助!

絶対捨てずに持ってろよ?」

「ニャんだ、大事なものニャのか。ニャら仕方ニャいニャ。」

何故コイツに石を託したのだろうか。

「ウワァー。ズイブンと小さくナッテ戻ってきまシタネー。」

元の重量に慣れていたせいか妙な欠落感を覚える。単なる預かりモノで、自身の私物では無いのだが。

「それじゃあ行くわよー?

御神サンの住処へー!!」

「結局指揮ってらアイツ。」

「ははは、このまま変わってくれないかな…。」

一味は各自地図の切れ端を手に握り、四方へ散らばった。いよいよ釈迦の飼い犬の眠る場所へと足を踏み込む。十字路を歩み街を抜ければそこは未知数、何が起こるかまるでわからない。それぞれに予期せぬ脅威が牙を向く。

だがそもそも此奴らは、天一番の脅威の所為で此処にいる。失うモノ、怖いモノ、とうに無しの亡霊達だ。

地獄に最早、敵は去ないのかもしれない。

「十字路を抜けた、四獣を捜そう!」

セイメイは祠の在処を辿る。


…‥。

「うぃー、ひぃっく…あぁ〜!」

酒瓶が床に転がり、酔いの匂いが酷く漂う部屋で、顔を赫く腫らし虚ろなでぼんやりと、意識を飛ばす輩が一人。

「‥うあぁ、酒が切れたか…。」

傾けた瓶から垂れた水滴が、僅かに舌先を濡らす。

「っち、下らねぇ‥!」

怒りに任せ酒瓶を投げる。瓶は音を響かせ壁に当たって跳ね返り、床へ転がる。

「何で儂は空想でモノを創り出す事が出来んのじゃあ‥」

「何処ぞの〝誰か〟と違ってのぉ‥!」

朦朧としていた瞳が深い憤りの眼差しへ変わる。〝誰か〟に対して、余程の憎悪と怨みが伺える。

「閻魔様、御報告が御座います!」

「誰じゃあ、貴様?

儂の名を呼ぶ前に己が名を名乗れ」

「申し訳御座いません‥!

ワタクシ木通あけびと云う者です、地獄内に異常があり次第知らせろと先日閻魔様に役割を頂きました!」

「アケビぃ〜?、知らぬの〜。

名も知られておらぬ畜生如きが儂の名を呼ぶな下衆が!」

名も知らぬ、顔も見ずの地獄の民を蔑み罵倒する酒豪の暴君、名を閻魔。

地獄を統べ、支配する鬼の頭領絶対的覇者。

「済みません‥改めて御報告があります、地獄に新たな咎人が四ツ程加わりました…。」

「それじゃなんじゃ!」

「それが、現世このよから直接落ちて来た訳では無く、街の外れの空に、おかしな穴蔵を開けて侵入して来たのです。」

「廻りくどい輩が‥要点を云え、全く判らんぞ」

「はい‥要するに彼奴等は、命を終えて落ちた訳では無く、何処からとも無く侵入はいり込んだ可能性があるのです。」

「何処からとも無くぅ‥?」

「如何が致しましょう?」

ぼりぼりと首筋を掻き毟りながら片耳で外の聲を聞き入れる。

「知るか!

そんな事はどうだっていいんじゃあ!

‥それより童子の処に行って酒を鱈腹掻っ払って来てくれるか?」

「酒‥ですか?」

「酒じゃ酒、聞き返すな。酒呑童子の奴なら腐る程蓄えている筈じゃ幾つか持っていってもばれんわ」

「は、はぁ‥。」

「さっさとせんか!」「は、はぃ!」

アケビと名乗る咎人は、逃げるように尾を巻き閻魔の元から身を離す。

「阿呆が、屑の様な報告をしおって。腹の立つ馬鹿ばかりじゃなぁ!」

「だが一番腹立たしいのはあの女じゃ、天の神だか何だか知らんが苔にしおってからに」


「じゃが仕返しをしてやったわ!

彼奴の手を掛けている泥臭い犬っころ供を総て奪い去ってやった。放っておけば奴の国は我が国に喰い殺され跡形を失う‥!」

閻魔の気迫に部屋が軋む。びりびりと悲鳴を上げ震え揺れる。


「ざまぁ身晒せ釈迦サマよ!!

貴様の世は儂が喰らい尽くす…!

最早貴様の存在意義は‥冥土あのよには無いわ!!!」

高らかと嗤い猛る、部屋が圧を帯び脈打つ度に、部屋の酒瓶が割れ砕ける。


暴力と恐怖、権威と威厳。

相入れぬ神々の対立、それによって起こる惨劇。触らぬ神に祟り無し、しかし触れなければ祟らず滅びる。知らぬが仏と云う言葉もあるが、仏の居ない世界では概念すらも生まれない。平和な民は知らぬだろう。異なる世界の行く末が、矮小な町人に託された事を。仏などとは程遠い、虚無が世界を担う事を‥。


地獄・街の外れ

「おや、元の箇所に戻って来てしまった。」

西の道を進んだシャラクが着いた場所は、一行が始めに足を付けた緑広がる草原だった。

「訪れたのは数時間前だが、何故か久しく感じるな。天国とは刻の流れが異なるのかな?」

急足で動き回っていた故に見落としていたのか草原は視野を超える広さを誇り、緑は嫌に優美だった。セイメイかま目を疑う訳だ、此処はまるで地獄の景色とは程遠い。


「おっと、癒しを与えてくれるのは有難いけど‥ゆったりはしていられないよね。」

癒しの緑に目を瞑り、袖から砕けた水晶を取り出し、掌の上で翳し晒す。

「反応は特に…無さそうだ。もう少し歩いた方がよさそうだね。」

掲げた水晶を懐に仕舞い直し、草を避けながら原っぱを踏みしめる。

「咎人セイラが言っていた通りだ、本当に手掛かりが無いんだな。これは水晶を持ってしても手を焼きそうだ。」

釈迦の恩恵が及ばぬ箇所が存在ある。其れ程までに地獄の規模は拡大しているのだ。加えて地獄は物騒だ、規模に関係なく危険なごろつきが多く蔓延る。それは悪意の無い草はらでも容赦は無く、神出鬼没な抗い様の無い狂気である。


「広い草道だ、流石に景色にも慣れて来たよ。悲しいけど、もう緑を見ても感じるモノが無いに等しい。」

「何が無いってぇ‥?」「おっと。」

「緩慢が赤を引き寄せたか…。」

「厄介だな」赤鬼が酒盛りの最中だ。

「何いってんだオメェ!」「はぁ…」

怒声と酒瓶が同時にシャラクの元へ。

「駄目だよ、こんなもの人に投げたら」

「俺あぁ鬼だぁ!」「聞く耳無しか」

「よっ‥と。」

架け橋の如く躰を後ろへ反らし真上に両腕を延ばしながら足を離し高く跳躍する。

「あの野郎、何処行きやがった!」

「見ろ、上だ!」

「これ、返すよ。」

左腕を元の長さに縮め握り締めた酒瓶を鬼の一匹の頭部目掛けて投擲する。

「がぁっ!」「瓶を投げたのか!?」

酒瓶は見事鬼の額に直撃し、破片となって周囲に突き刺さる。

「ふうっ‥。

少しずれちゃったけどちゃんと当たったね」

打撃を受けた赤鬼は額から血を流し、緑の上で気を失っている。

「で、君達はどうする?」「ひっ!」

「愉しんでいるところに邪魔立てはしたくない、私は此処を通りたいだけだからね。」

「だから何もしないで静かにさ。

此処を通してくれるかな?」

「お、お通り下さい!

此方こそお邪魔でしたぁ‥!!」

鬼共は血相をかいて脚早に去っていった。

「逃げる事ないのに‥。

少し通るだけだよ?」

飲兵衛が酒を置いていってはおいおい宴も開けない。赤い顔も青ざめるという訳だ。

「この先の道、草がより多く茂ってるな。日差しが良く差し込む箇所なのだろう。」

足に覆い被る程緑の増した草道、この先の道は、足場が酷く悪くなりそうだ。

「この先は進めるのか?」

草道の一歩踏み込んだ刻、シャラクの懐から薄い光が漏れ輝く。

「この光‥もしかして…!」

光の出処を懐から取り出し先程同様掌の上に乗せると、水晶の光は一点に収束し真っ直ぐ正面を指し示す。

「此方へ進めという事か?」

光の方向に沿って道を進むと、生い茂った足元の緑が、シャラクを避けるように脇へ逃げ、真っさらな道を形成していく。

「光に反応しているのか?

元々踏み入れば逃げる仕組みなのか」

どちらにせよ祠がこの先に有るのは確実、行かない手立ては無い。水晶に先導される通り道を進むと、やがて草が完全に消え、単純な土の敷かれた陽の光の恩恵の受け憎い場所へ出た。


水晶は一度石全体を鋭く輝かせた後、光を閉ざした。そこは草原というよりは森の類に近く、行き止まりで中心には小さな石の祠が点在する。

「水晶の光が消えた…。

此処が、目的地なのか?」

祠の中心の窪みには、けたたましく吠える虎の石像が供えられている。

「西の神白虎様か。

‥いや、今は地獄の使者白虎だな」

『がたりっ…。』「ん?」

強い風が吹き抜け、小刻みに揺れる白虎の祠。振動は徐々に強まり、大きく揺れ動く。

「なんだ?」『がたり…我は西の神』

石像は揺れるのを止め、シャラクの頭に語り掛けた。

『我を目覚めさせたのは、お前か?』

「恐らく‥いや、確実に私です。」

白虎の詰問に臆すること無く真実を応える。

『不届き者めが。言葉を濁さなければ、逃げられると思うたか?』

「くあっ‥!」

虎の石が白く眩い輝きを放ち、シャラクの視界を覆い隠す。

『甘ったれるな、小童が!

我の睡(ねむ)りを妨げた事を、根の底から悔いるが良い!』

「何も‥見えない…。」

実体の無い声に諭され、白い光に意識を充てられ朦朧としていく。

「駄目‥だ、意識が…」

光はやがてかき消え、天へと霧散する。祠の前には、シャラクの姿は無い。窪みに祀られていた筈の虎の像も、ぽっかりと穴を開け消えていた。

煌めく白い輝きは、導く者、それを辿った訪問者、総ての痕跡を消し去り、西という方角の概念を失った。

もぬけの殻。祀られるモノの無い、伽藍堂な祠を残して…。

















































































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