第170話データイーター5


 広い屋敷を歩き回って、僕はアリスの部屋に着いた。


「孫の話を聞いてやって欲しい」


 そう言って、公爵は辞した。


「失礼」


 立体映像なので、扉をすり抜ける。


 これだけだと幽霊みたいだね。


 涼子は、応接間で歓待を受けている。


 で、


「ミスター」


 アリスが、僕を見て、笑んだ。


 弱々しい笑みだ。


 可愛らしい幼女。


 どうやらガチのヒロインで、おっさんの成りすましではなかったらしい。


 チューブに繋がれ、延命処置を受けている、意識不明の本体。


 そしてその隣で、投射された立体映像の疑似体。


 前者には、意識が無いようだ。


 植物人間……となると立体映像の方は、幽離している意識だけか。


「ちょっと意外」


「あまり視界には宜しくないでしょ?」


「忌憚なく言えばね」


「よかった。ミスターに会えた……」


「病気を治せ……とは言わないよね?」


「いまの技術では、ちょっと無理な難病だからね」


 ますますわからん。


「何をしろと?」


「アリスの……」


「……………………」


「アリスの脳構造を整理して?」


「脳構造の整理……」


「クオリアを持った知能構築。ミスターならソレが適うでしょ?」


「つまり意識不明な自分の身体に、情報次元レベルで構造を造り直せ……と?」


「うん」


 細かくアリスは頷いた。


「損耗していない脳領域だけで、マッピングを完結させるの。出来るでしょ?」


「そりゃ出来はしますが……」


 いいのか?


 それで?


「あくまで模造品ですが?」


「オリジナリティは求めてないから」


「…………」


 そこまで理解した上で……か。


「オーライ。わかりましたよ」


 僕はイメージコンソールを展開する。


「やってくれるの?」


「別に」


 簡素に答える。


「暇潰し」


 そうには違いないのだ。


 ネットの大海にいても、やることは変わらないし。


 情報を集めて、取捨選択するだけ。


 であれば、


「いまと何が違う?」


 そうも思う。


「ニューロンマップを見せて貰いますよ」


「うん」


 弱々しく頷かれる。


 情報の開示。


 圧倒的な情報量が、奔流となって、僕を打ちのめす。


 それら全てをデータに落とし込み、自我変数を加えていく。


 まるで積み木を組み上げるように。


 タタタタン。


 軽やかにイメージボードを叩く。


 記録と認識を共通項目に。


 漂う意識に、人の鋳型を与える。


「アリスに何か出来ることはない?」


「じゃあ政治力を借りよう」


「政治力……」


「僕の肉体を救ってあげて」


 少しだけ、


「不憫」


 そう思えるから。


「うん。任せて」


 穏やかにアリスは笑った。


「そっちの方が良いですね」


「?」


「笑った方がアリスは可愛いですよ」


「えへへ」


 一丁前に嬉しかったらしい。


 アリスは、デザイナーチルドレンだろう。


 けれど、その愛らしさは本物だ。


「もう一人の自分……か」


 僕には、いる。


 死にかけてるけどね。


「きっと助かるよ」


 アリスの語調は強かった。


 口調は弱々しかったけど。


「絶対助ける」


 そんな意志が見えるかのよう。


 錯覚だろうけど。


「意識が戻ったら何する?」


 イメージボードをカタカタ。


「遊ぶ!」


 確かにね。


 出来るだろう。


 中々に遊べる時代だ。


「後は……」


「…………」


「好きな人を見つける?」


 ――頑張りもうせ。


 他に言い様もなかった。


 イメージボードを打鍵。


『アリスの脳構造』


 を組み上げていく。


 そこには、数々の業績と演算が必要になる。


「一応秘密にしてね?」


「わかっていますとも」


 本当だろうね。


 少し不安。

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