第164話零と一の間の初恋5


 中学二年生になった。


「雉ちゃん!」


 もはや、すっかり慣れた様子で、笑って涼子は迎えてくれる。


 黒髪ツインテールの美少女……志濃涼子さんである。


「やほ」


 僕は、朗らかに挨拶。


 花束を抱えて。


 真っ赤な薔薇だ。


 情熱。


 愛情。


 たしか、そんな意味合い。


 花言葉には疎いから、絶対じゃないけど。


「えへへぇ」


 と涼子は笑う。


 涼子と出会ってから、僕は毎日、涼子のお見舞いに来ている。


 もはやルーチンワークと化しているため、止め時が見つからないのだ。


 見つかっても、止めるつもりは無いけど。


 そんなわけで、僕と涼子の間には、気安い空気が流れていた。


 秋子が、多大なストレスを感じてるのも知ってるけど、


「まぁ知ったこっちゃない」


 が本音だ。


「あのこと……考えてくれた?」


 僕が、そう聞く。


「あのこと?」


 クネリ、と首を傾げる涼子。


「アイドルになる件」


「ああ」


 どうやら忘れていたらしい。


「私でいいの?」


「美少女という点では百二十点だよ?」


「そなの?」


「じゃなきゃ僕は一目惚れなんてしないって」


「そうなんだぁ……」


 にゃー、と、鳴く涼子だった。


「それで? 電子犯罪……なんだっけ?」


「電子犯罪監視システムのアーティフィシャルインテリジェンスね」


「それ」


 と涼子。


「私わかんないよ?」


「その辺りは、こっちで調整するから気にとめなくていいよ」


「でも、その私は私じゃ無いんだよね?」


「アイデンティティの問題?」


「うん……」


 忍ぶように頷く涼子だった。


「でも大日本量子だって志濃涼子が居たからこそ存在することになるんだよ?」


「データ上でしょ?」


「ヴァーチャルリアリティの発達した現在においてソフトとハードの境界線に意味は無いと思うんだけど」


「そっかなぁ?」


「テセウスの船の問題だね」


「あは。そうかも」


 笑顔ほころぶ涼子だ。


 通じる辺りなんだかな……。


「じゃあ私は大日本量子として永遠に生きるの?」


「永遠では無いけど君という始点を持ってソレを引き継ぐのは事実だね」


「ていうか、なんでそんな大事な国家プロジェクトに、中学生の雉ちゃんが呼ばれてるの?」


「まぁ色々ありまして」


「はぐらかさない」


 ジト目の涼子。


「…………」


「…………」


 しばし沈黙。


 折れたのは僕の方。


「ちと技術が要ってね……」


「雉ちゃんにしか出来ないの?」


「オールライト」


「それは何?」


「人工知能にアイデンティティを与えられる技師が僕だけって事」


「雉ちゃんは何で出来るの?」


「ま、遊びの延長だね」


 ――オドでチートを使うため……とは言えなかった。


「大日本量子ちゃんが私の生きてる証……」


「そゆこと。死にたくないでしょ?」


「一つ……条件がある……」


「何でも言ってごらんじろ」


「キスして欲しい」


「ふえ……?」


 僕がたじろいだ。


「本気?」


「うん。本気」


「何で今更」


「毎日私に会いに来てくれる男の子に惚れちゃったから」


 儚げに涼子は、そう言った。


「苦節一年。漸く実を結んだね」


「雉ちゃんのせいだからね」


「何が?」


「私が恋を覚えて……これ以上生きていたいって思ったのは」


「そりゃ恐悦至極だね」


 くすくすと僕らは笑う。


「だからキスして欲しいな。志濃涼子が生きている内に……」


「分かりましたよお姫様」


 僕は、涼子の寝そべっているベッドの端に座る。


 そしてグイと、涼子に顔を近づける。


「準備はいいかな?」


「うん」


「志濃涼子の事は忘れない。君は大日本量子としてこれからも僕の心の傷であり続ける」


「ありがとう……雉ちゃん……」


 そして僕と涼子は、キスをした。

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