第163話零と一の間の初恋4


「やほ」


 僕は志濃涼子……涼子に声をかけた


 時間は放課後。


 場所は病院の中庭。


 先の接触同様に、涼子は本を読んでいた。


「何の用でしょう?」


「ナンパ」


「他を当たってください」


「ま、そう言わずに」


 僕は、涼子の座っているベンチに、座した。


「とりあえず友達から仲良くしようよ」


「必要ありません」


「何で?」


「私は生きる事に絶望しています。あなたのような骨折で病院に来る人間とはわかり合えません」


「そうなの?」


「ええ」


「涼子の病気って?」


「…………」


 むずむず、と、涼子は、上下の唇を波立たせた。


「人に言えない病気?」


「そういうわけではありませんが……」


「じゃあ教えてよ涼子」


「気安いですね」


「そうかな?」


「ええ、勝手に下の名で呼び捨てたり、こっちの事情に食いついたり」


「フェアじゃないってんならこっちは雉ちゃんって呼んでいいよ。ちなみに僕の病名は骨折」


「知ってますよ雉ちゃん」


 中々、味な乙女だった。


 こういう皮肉なら、心地よい。


「で、なんで生に絶望してるの?」


「もうすぐ私は死ぬんですよ」


「医者でも治せないの?」


「ええ」


「そっか」


 軽く僕は言った。


「ちなみに病名は?」


「テロメア欠損症候群」


「あー……」


「知ってるんですか? マイナーな症状のはずなんですが……」


「知り合いに、そっち系列の人がいてね」


 アリスの事だ。


 涼子と同じく……テロメア欠損症候群の患者。


 今の医療では治せない、細胞分裂に欠陥を抱える病気。


 必然的に寿命が他者より圧倒的に短くなる、先天的なソレだ。


「そっか。涼子もか」


「さっさと同情して離れてください雉ちゃん」


 どうやら皮肉として「雉ちゃん」と呼ぶ事に決めたらしい。


「そうはいかないよ」


「何故です?」


「一目惚れしたから」


「…………」


 頬を朱に染める涼子。


 愛らしいったらありゃしない。


「やっぱり可愛いね涼子は」


 僕は苦笑した。


「帰ってください!」


「へぇへ。じゃあ退散しますよ」


 今日のところは、こんなもんだろう。


    *


 時間が経って、中学一年の冬休み。


「やほ」


 僕は、その間も、間断なく涼子の見舞いに来ていた。


「雉ちゃん……」


 ベッドで伏せっている涼子が、


「苦虫を」


 な表情をする。


「懲りませんね雉ちゃんは」


「迷惑を承知だから、憂う事がないんだよね」


 くっくと笑う。


「そろそろ私は寿命ですよ?」


「何かを残そうとは思わないの?」


「何を残せるでしょう?」


「両親は?」


「申し訳ないと思っています」


「…………」


「こんな早死にするような子どもを持って……。悲しむだけしか未来の無い子どもに生まれてしまって……」


「それ、両親には言っちゃ駄目だよ?」


「何故です?」


「愛されて生まれてきたんだから死ぬ事にも祝福を受けるのが必然でしょ」


「死ぬ事に祝福を……?」


「『千の風になって』って懐メロ知ってる?」


「知りませんが」


 でしょうね。


「――――」


 歌詞を諳んじた。


「――――――――」


「…………」


「結局のところ人の死はさ……」


 大仰に肩をすくめる。


「自然に帰る……生きる事を卒業する事だと思うんだ。山河愛すって云うのかな?」


「よくわかりません」


「とりあえず音楽データをそっちにあげるから聞いてみるといいよ」


 そう云って、ブレインユビキタスネットワークを通じて、僕は涼子に『千の風になって』のデータを渡す。


「じゃ、また明日ね」


「変な人……」


 ボソリと呟いた涼子の声が、少しだけ僕の後ろ髪を引っ張った。

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