第165話零と一の間の初恋6
白と黒が支配する中。
僕は、ご焼香をして、志濃涼子の葬式を終えた。
お別れは……既にしている。
誓いのキス。
そして別れのキスだ。
不思議と涙は出なかった。
テロメア欠損症候群。
今の医学では治せない病気。
故に寿命が、中学二年で尽きても、しょうがないと言えばない。
「雉ちゃん……」
秋子が僕の手を、ギュッ、と握りしめる。
そうして式場を出ると、ゴッドアイシステムで描写された、大日本量子が待っていた。
立体映像である。
「やほ。量子」
僕は気楽に答える。
「私の葬式はどうだった?」
「別段滞りなく」
苦笑。
そもそもにして、無宗教信者に、魂だの死後の安らぎだのを、信じさせる方に無理がある。
死とは即ち、生命活動の停止だ。
それ以上でもそれ以下でも無い。
人は何時か死ぬ。
何を残せるかは人によるけど、
「まぁ三秒に一人が死んでいくこの世界ですから」
そう言って、僕は肩をすくめた。
「それに量子がいるし」
「イチャイチャしようね?」
「健全な関係から始めましょう」
「雉ちゃ~ん……」
「僕の初恋は志濃涼子だよ」
「じゃあ私には興味ないってわけ?」
「そこまでは言わないさ」
鼻先を掻く。
「ただ志濃涼子のアイデンティティを尊重したいだけ」
「私だってリョーコだよ!」
「知ってるよ」
サックリ。
「これからよろしくね?」
「うん。いい返事」
「涼子と量子……どちらに対しても雉ちゃんは真摯だね」
「それだけ君に価値がある事の証明だよ」
「じゃあ早速」
「葬式早々なに?」
「エッチしよ?」
「却下」
「何でよ~?」
恨みがましい視線を受けた。
涼子のパーフェクトコピーは、存外筋が悪いらしい。
「電子セックスなんてありふれてるじゃん」
「国家プロジェクトアイドルなんだから貞操観念は大事にね」
「あうぅ……」
もどかしい。
そんな言外の言葉が聞こえてきた。
知ったこっちゃないんだけど。
「とりあえずよろしく量子」
僕は手を差し出す。
「よろしく」
量子は、アシストを使って、僕の手を握り返す。
「こんな姿になっちゃったけど雉ちゃんを諦めたわけじゃないからね?」
「恐縮だね」
心にも無い事を言ってしまう。
「覚悟するように」
高らかと宣言する量子に、
「雉ちゃんは私の!」
秋子が吠えた。
「えー……」
ジト目の量子。
「男が何言ってんだか……」
「雉ちゃんの前では乙女だもん!」
「私もそうだよ」
「電子存在じゃん!」
「そっちは性的に無理があるでしょ?」
喧々諤々。
どうやら子犬と子猫は、僕を譲るつもりは無いらしい。
「男の娘!」
「電子存在!」
ワンワンニャンニャン。
僕は、二人にチョップをかました。
一応のところ外ではあるが、葬式会場だ。
「自粛するように」
そう言い聞かせた。
今日は涼子の卒業日。
別れのキスをした後の、涼子の言葉は、耳に残っている。
「死にたくないよ」
だから僕は、電子世界に、涼子の人格を構築した。
正確には、国家管轄のサーバにだけど。
だから知っている。
一瞬を永遠に変えることのできる手段を。
山下清の『長岡の花火』程では無いにしても、僕にだって永遠は作り出せる。
さようなら。
僕の初恋。
そして改めまして。
大日本量子ちゃん。
「雉ちゃん?」
「ん?」
「大好き」
そう言って、量子は、僕の唇を奪った。
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