第152話量子と涼子5


 一応のところ、秋子との待ち合わせは、量子のライブが行なわれる、天空舞台近くの喫茶店とした。


 いつもの場所だ。


 本来なら、夏美もいるんだけど、今はコミケに参加中。


 まぁ、居て、どうなるもんでもないから、いいんだけどさ。


「アイスコーヒーを」


「アールグレイを」


 僕と秋子は、喫茶店で、そう注文して、何気ない会話をした。


 しばし歓談した後、


「じゃあ僕は行くから」


 そう言った。


 既に、精算は、済ませている。


 ネットマネーで引き落とし。


「頑張ってね」


「それほどのことじゃないけどね」


 苦笑してしまう。


 それから、指定のアドレスに飛んで、楽屋に顔を出す。


「おはようございま~す」


 ガチャリと、楽屋の扉を開く。


「雉ちゃん!」


 ジャンピングハグを敢行した量子に、上段回し蹴り。


 綺麗に決まった。


 電子世界でなら、格闘技チャンピオンにも、なれる僕である。


 現実世界では、もやしっ子だけど。


「さて」


 僕は言う。


「じゃあ最終調整を始めましょっか」


「どの口が」


 むぅ。


 と唸る量子であった。


 ちょっと萌え。


「よろしくお願いします」


 スタッフに頭を下げられ、


「任されました」


 僕は言う。


 それから、今日のライブのコンセプトを認識しながら、量子に適性を合わせていく。


 イメージキーボードを、カタカタと叩きながら、量子のデザインをする。


「…………」


 無心で挑んでいると、


「良くこんなことが出来るね」


 量子が、感心したように言った。


「今更でしょ?」


「そうなんだけどね」


 苦笑する量子である。


「ま、おかげで稼がせて貰ってるんだけど……」


「雉ちゃんが私には必要な人」


「光栄だね」


 僕も苦笑した。


「本当に雉ちゃんにならいいんだよ?」


「僕が却下……と」


 カタッ、と、最後のエンターキーを押す。


「はい。調整完了」


 そう云って、イメージコンテンツを消していくと、


「ん」


 量子が身振りをして、


「良い感じ」


 感想を述べた。


「なら良かったよ」


 サックリ、そう言って、僕は、スタッフの人たちと挨拶をし、秋子との喫茶店に戻る。


 秋子は、目を丸くしていた。


「おや。早かったね」


「まぁ毎度言ってるけど最終調整だけだから」


 僕は、コーヒーを飲んだ。


「じゃあ行こっか」


 僕は、秋子を引き連れて、天空舞台に誘う。


 しばし熱に浮かされた空気を感じ取りながら、特等席でライブの開始を待つ。


 会場に、闇が落ちる。


 それからスポットライトが、舞台の量子を映し出す。


「「「「「――――っ!」」」」」


 ワァッ、と、ファンたちが、歓声を上げた。


「今日は私のライブに来てくれてありがとーっ!」


 マイク片手に、良く通る声で、量子が愛想を振りまいた。


「「「「「量子ちゃーん!」」」」」


 ファンの熱気も、相当なものだ。


 何が、そこまで彼らを駆り立てるのか。


 僕には、良くわからなかった。


 と云うと語弊だけど。


 大日本量子ちゃんと一緒に暮らしている者の、傲慢だろうか?


 そんなことを思う。


「ま、いいか」


「何が?」


 と、ペンライトを振っている秋子が問う。


「量子は遠い存在だなって……」


「そうしたのは雉ちゃんでしょ」


 ジト目の秋子。


「そうなんだけどね」


 反論の余地は、微塵もない。


 少なくとも、


「大日本量子ちゃんは国民的アイドルだ」


 と言える。


 その原因を作ったのは、僕である。


 それでも……。


 それでもさ。


「涼子を生かしたかった」


 その気持ちだけは、嘘をつけない。


 だから僕も、ペンライトを振るう。


「じゃあこの曲から行こっかな! 『あなたはまるで』……聞いてください!」


 溌剌と、量子は、歌い出した。


 それは、僕の調整通りの歌声だった。


 とは言っても、本人の資質通りの、歌声なのだけど。

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