第151話量子と涼子4


「とうちゃ~く」


 僕は、背伸びした。


 車で二十分ちょっと。


 小さなお寺に、僕たちは来ていた。


「別に雉ちゃんが気にすることじゃないよ?」


 量子は、涼しげに言った。


 まぁホログラムであるから、お盆の熱気も何のそのなんだろうけど。


「とは言っても僕の想い出の人だしね」


 無視するわけにもいくまい。


「にしてもあっつい……」


 さすが夏。


 基本インドア派だから、水着イベントとかありません。


 疑似ハワイには行ったけどね。


「…………」


 ちなみに秋子は、


「こんなこともあろうか」


 と、日傘を、差していた。


 僕を巻き込む形で。


 そんなこんなで、寺で坊さんに挨拶して、手桶とひしゃくを借りる。


 それから、ホースに繋がっている蛇口をひねって水を出し、手桶に溜めて、僕たちは一つの墓の前に立った。


 共同墓だ。


 志濃家と刻まれている。


「あっついね……涼子……」


 僕は、墓に水をかける。


 パシャッと。


 それを何度か繰り返して、


「はい。雉ちゃん」


 秋子から花を受け取って、墓前に差す。


 それから、ライターと線香を取り出して、着火。


 これまた墓前に差すと、


「さて」


 と、少し離れて、手を合わせる。


 祈りだ。


 志濃涼子という女の子に対しての。


 志濃涼子しのりょうこ


 それが、僕と量子を繋ぐ絆。


 であるから、僕は僕として、此処にいる。


 量子は量子として、此処にいる。


「無事、仏になれればいいんだけど」


 そんな思い故に、墓前で祈る。


「久しぶり」


 と。


「そちらはどんな状況でしょう?」


 と。


「いつか僕も行くから」


 と。


「だから……………………」




「あの世でこそ幸せに」




 と死者に祈るのだ。


 涼子と話したいことを、祈りで伝えると、僕は瞳を開いた。


 やっぱり、そこには墓しかなくて。


 骨が埋められているだけの装置。


 そもそも僕は、


「死後の世界を信じていない」


 というのが大前提なのだ。


 それでも何かを残したい。


 何かが残るはずだ。


 山下清の『長岡の花火』の様に。


 その意志あって、今この状況である。


「さて」


 僕は、背後に振り返る。


 秋子と量子がいた。


「じゃ、昼食にしよっか」


「うん」


 秋子は全てを知って尚……僕の感傷に付き合ってくれる。


 それから、お坊さんに許可を取り、寺に上がって昼食にする。


 秋子が量子変換で昼食と……それから飲み物も用意した。


「毎年毎年律儀だね君たちは」


 お坊さんは、カラカラと笑う。


「ま、それだけのことですけどね」


 僕は、カツサンドを、手にとって食べる。


「いやいや。その年で毎年墓参りなど出来るモノでは無いよ」


「ですかね」


 サンドイッチをもむもむ。


「大切な人なんだねぇ……」


「涼子が死んでも僕は生きていて……想っていますから……」


「彼女持ちのくせに」


 ボソッ、と、量子が言った。


「おや、恋人が?」


 お坊さんが、問うてくる。


「まぁ色々ありまして」


 苦笑してしまう。


「うん。良いことだと思うよ」


 やはりカラカラと、お坊さんは笑う。


「ですかねぇ……」


 まぁ良いことなのは、否定できないんだけど。


 と、僕のイメージモニターに、連絡が。


「あー……坊さん」


「なんだい?」


「ここからログインして良いですか?」


「構わないとも」


「ちと長くログインするつもりなんですが……」


「では奥座敷を使いたまえ。その程度なら気兼ねはいらないよ」


「申し訳ないっす」


 そして、僕と秋子は、セカンドアースにログインした。


 ついでに量子は、楽屋へと戻った。

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