第149話量子と涼子2


「雉ちゃん起きて」


 むー。


 まだ寝る。


「起きないの?」


 起きません。


「じゃあいいよね?」


 何が?


「お目覚めの……チュー……」


 待てぃ。


 カッと覚醒。


 VRゲームで鍛えた瞬発力で、秋子を認識。


 キスしようとする、その頭部を、ガッシと、両手で掴んで、押さえる。


「っ」


 それから間近で、目と目が合って、


「何してるの?」


「チュー」


「却下」


 元の位置へと、頭部を戻す。


「趣味が悪いよ秋子さん?」


「それはつまり夏美ちゃんと量子ちゃんの趣味が悪いって言ってるの?」


「まぁ平たく言えば」


 その辺りは、本当に理解しかねる。


 こんなVRゲームしか取り柄のない男の子の……何が良いんだか?


「朝食できてるよ?」


「有り難い」


 ちなみに夏休みの間は、夏美と秋子と量子は、我が家に泊まっている。


 量子に関しては立体映像なので、疑問を差し挟む余地があるのだけど、まぁ一緒に食事を取ったり、お風呂に入ったりしているため、時間的に一緒にいることが多くなった。


 一介の映像が学校に侵入するのも(可能か不可能かなら可能だけど)マナー違反であるため、夏休みは量子にとっても福音だ。


 一緒に遊べる仲……というのも貴重ではある。


「朝食のメニューは?」


「白米と納豆とメカブと白菜のお味噌汁」


「褒めて遣わす」


 秋子の頭、をナデナデ。


「えへへぇ」


 秋子は、恥じらうように微笑んだ。


 これで、女の子だったら、何の問題も無かったんだけど。


 まこと人の性は業の深い……。


「土井春雉が言うな」


 とも言えるけど。


 そんなわけで、シャツとバスパン姿で、ダイニングに顔を出す。


 薫り高い味噌の匂いが、鼻孔をくすぐる。


 うん。


 やはり秋子の料理は、お袋の味だ。


「いただきます」


 パンと一拍。


 そして僕と秋子は、朝食を開始した。


 白米はつやつや。


 納豆はネバネバ。


 メカブもネバネバ。


 それらを味噌汁で流し込むと、得も言われぬ多幸感に包まれる。


「量子は?」


「朝のニュースのコメンテーター」


「夏美は?」


「戦場に向かったよ」


 さいでっか。


 奮闘していることだろう。


 始発で、お台場まで向かわねばならないのだから、ご苦労なことではある。


 当人が望んでやっているのだから、アレコレ言い辛いし。


 僕は、家の投影機を操作して、立体ビジョンを映す。


「だからね。アングラ化して電子ドラッグを規制するのがだんだん難しくなってるの。プライベートの侵害と天秤にかけて『違法捜査だ!』って言われたりするんだよ!」


 ぷくぅと、フグのように、膨れる量子だった。


「そんなわけで独自の電子世界を構築してそこで電子ドラッグを広めている暴力団も多発しており……」


 一応のところ量子……大日本量子ちゃんは、国内における電子犯罪を検挙する、監視プログラムだ。


 アングラ化する電子犯罪には、手を焼いているのだろう。


「大変だね量子も」


「まぁそうだよね」


 秋子も同意した。


 僕は味噌汁を飲む。


「それにしても秋子の料理は美味しいね」


「ありがと……」


 プシューと湯立つ秋子。


「朝食とっててなんだけど昼食は?」


「サンドイッチ作ったよ?」


 さすが。


「住職の分もあるし」


「飲み物もお願い」


「紅茶とコーヒーで良かった?」


 ダイニングテーブルの隅を、指差す。


 二本の水筒が。


 量子化して持ち運ぶため、重くはないのだけど。


「じゃあ朝食を取り終えたら出かけよっか」


「だね」


 白米をもむもむ。


 と、そこに、


「きーじちゃんっ!」


 量子登場。


「ニュースはもういいの?」


「うん。今日の分は終わり。何より雉ちゃんとのデートが仕事より大事だし!」


「デートじゃないんだけど……」


「知ってる!」


「当の本人がコレだから始末が悪いなぁ」


 いや本当に。


 とまれ、テキパキと、朝食を取り終える僕だった。

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