第145話きっと始まりが間違っていた4


 そして、香水を買って、ネットマネーで精算。


 電子世界から、現実世界に注文が行って、量子変換で、我が家に届けられる手はずだ。


 セカンドアースでも、日は沈む。


 システムの都合上、セカンドアースは天動説だ。


 一々、地球を、太陽や天の川銀河の周りを回らせても、演算の無駄だ。


 それならば、


「アステリズムに回帰して、星を点で表示した方が安上がり」


 と、そういうわけ。


 いいんだけどさ。


 宇宙にはロマンがあるけど、第一種永久機関が、酸素と水と栄養とを生み出さない限り、人はまだ宇宙には行けない。


 速度も必要だ。


「シリウスまで光速で往復したら青春時代が終わってました」


 では、あまりに悲しすぎる。


 どこかで、光速を超える可能性を、得なければならない。


 閑話休題。


「じゃ、私は仕事だから。夜のエンタメ番組に出なきゃいけないし」


 そう言って、量子は解散した。


 それから、秋子と解散する予定だ。


 三ツ星リストランテの予約は、二人分。


 僕と夏美の分だけだ。


「じゃあ……」


 と、僕が、場を進行させようと口を開いた瞬間、


「う、お腹が痛い」


 腹を押さえて、しかめっ面になる夏美だった。


「腹痛?」


「はい。一刻も早く、痛み止めを飲んで、トイレに駆け込まなければいけません。そんなわけで私はログアウトします」


「ちょっと。リストランテはどうするの?」


「秋子ちゃんが居るじゃないですか。立派に私の代わりを果たす逸材です」


「…………」


「私と……雉ちゃんで……?」


 あまりの展開に、秋子も驚いている様子だった。


「いたた。というわけで後は二人でごゆっくり」


「夏美?」


「何でしょう?」


「貸し一ね」


「了解しました」


 ニコッと笑って、夏美のアバターが、フェードアウトした。


 ログアウトだ。


「じゃ、いこっか秋子」


「私でいいの?」


「ていうか秋子じゃなきゃダメだ」


「夏美ちゃんとの予定だったんでしょう?」


「はめられた」


「?」


 わかっていないらしい。


「急性盲腸炎じゃあるまいし、電子世界で過ごして、突然腹痛が起こるわけないでしょ」


「えーと……?」


「僕と秋子を二人きりするために、一芝居うったってところかな」


「ふわぁ」


 頬を赤らめて、感心する秋子だった。


「夏美ちゃん……いったい何処まで良い子なのかな……?」


 秋子と量子に、


「春雉にアプローチしてかまわない」


 と公言しているのだから、今回の事も特別なことと(少なくとも当人は)思っていないのだろう。


 そういう優しさも、評価は出来るけど、僕と秋子に関してはなぁ。


 事情を知らない夏美であるから、しょうがないことだし、見当違いの気遣いも生まれるんだろうけど、言っちゃ悪いが有難迷惑。


 既に、予約を取っているため、今更キャンセルするのもなんだし、


「じゃあいこっか秋子」


 僕はそう言って歩き出した。


 量コンを使ってモデリング。


 僕をスーツ姿に、秋子をドレス姿に、それぞれインストール。


「即席で組み上げたから出来の具合は勘弁してね」


「ううん。雉ちゃんのオートクチュールってだけで値万両」


 秋子は安いね。


「それにしても……」


 とこれも秋子。


「夏美ちゃんはそれでいいのかな?」


「当人は善意のつもりなんだろうね」


「雉ちゃんは?」


「どうしろ……と」


「だよね」


 パリの夜景が一望できる席について、フルーツジュースとフォアグラのソテーを頼む。


 一皿だけの注文だ。


 さすがに、データのコース料理を食べきる自信は無いし、電子世界で満腹になるのは危険だから(少なくとも僕は)実行しない。


 カチャカチャと、食器を鳴らしながら、フォアグラを食べる僕と秋子。


「…………」


 僕と視線が合うと、


「ふえ……」


 と、狼狽えて、料理に集中しようとする秋子だった。


 が、予測するに、秋子の意識は、僕に向けられている。


 せっかくのフォアグラも、緊張で味がわかっていないだろう。


 パリの夜景を一望しながら、最高級フォアグラを食べる、豪華なデート。


 それも想い人と。


 委縮の一つもしようと云う物だ。


 気持ちがわかるだけになんともね。


 業が深いとも云う。


 フォアグラを堪能した後、フルーツジュースを飲みながら、しばし僕らは雑談した。


 そう云えば、秋子と二人きりって久しぶりかな?


 最近は、僕の周りも、姦しくなっていたしね。


 秋子にしろ量子にしろ、夏美の存在はイレギュラーだろう。


 僕?


 当然の帰結だと思ってるけど。


 それからネットマネーで精算して、リストランテを僕たちは出た。

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