第144話きっと始まりが間違っていた3


 で、湯豆腐を食べ終わると、秋子と夏美が片付けて、それから、また電子世界にダイブ。


 オドではなく、セカンドアースだ。


 場所はパリ。


 さすがに、芸術の都。


 多くの人が、ログインしていた。


 僕ら四人も、その範疇。


 セーヌ川を眺めやりながら、愛を語り合うアベック。


 橋で、似顔絵描きをしている、下積みの画家さん。


 オートクチュールを身に纏って、颯爽と歩く、モデル系美女さん。


 などなど色んな人がいた。


 こと芸術の集中する都だ。


 天下を取るために……そしてそれを観賞するために……世界中の人間が集まる。


「まずはオルセーからかな?」


「はいな」


 そんなわけで、そんなことになった。


 時間が時間ではあれど、基本的にセカンドアースは、年中無休。


 パリは、朝方だったけど、特に支障が出るわけでもない。


 ところで、僕は絵画に詳しくないため、ルノワールと言われても、ネットで見聞した程度の情報しか持っていない。


 夏美が、


「すごいすごい」


 と言ってるけど、ルノワールの絵よりも、夏美の方が素敵だ。


 敵を作りそうな言葉だけど、本音でもある。


 というか、裸婦画が多いのだけど、どんな頼み方をすれば、女性にヌードモデルをしてもらえるんだろうか?


 女性の体に美を見つけるのは、神話の時代から有り得ているため、とやかく言える事でもないんだけど、ルノワールは、女性の裸が好きだったのだろうか?


 チラリズム萌えも、理解してほしかった。


 とはいえ、絵を描けない身としては、素直に称賛にも値する。


 後に、病気にかかるも、命を削って、絵を描き続けた男の生涯。


 その遺産と思えば、有難い気になるから、不思議だ。


「好きじゃなきゃ絵なんて描かない」


 師に、


「絵を描くのが好きなんだね」


 と、問われて、ルノワールが返した言葉が、ソレだ。


 好きだから、絵を描く。


 そして後世にまで伝えられる傑作を生みだす。


 中々に極道だ。


 だからこそ、歴史に名が残ったのかもしれないね。


 ちょっと、歴史上の画家を美少女にして、プロデュースするゲームのコンセプトが、頭に浮かんでしまった。


 諸葛孔明しかり、アーサー王しかり。


 うっかり歴史に名を残すと、後世の娯楽屋に、好き勝手解釈されてしまうから、恐ろしい。


 いつか、ルノワールも、美少女になることだろう。


 あらゆるものに仏性が宿るというし、美少女化も似たようなものかもしれない。


 目をキラキラさせて、ルノワールの絵に見入っている夏美を見れただけでも、オルセーに来た価値はあった。


 喜んでもらえたなら、恋人冥利に尽きるというものだ。


 そんなこんなで、オルセーを後にする僕ら。


 次は、量子の提案で、香水の専門店の戸を叩いた。


 ブランド店では、あるけど格としては、下の上と云ったところ。


 というか、僕にしろ夏美にしろ秋子にしろ、一流ブランド店をまたげるような、スーパーセレブではない。


 そんなわけで、


「ちょっとお高い香水のお店」


 と云った様子の店を、自然と選んだのだ。


 量子がね。


 僕と夏美は、香水には興味なし。


 僕はVRオタクだし、夏美はサブカルオタクだ。


 そも香水に関心を寄せられるような性格をしているなら、夏美がぼっちになることもなかったろう。


 今時の話題を持ち合わせていないから、女子グループから弾かれた夏美であるのだから。


 秋子は、真摯に量子に話を聞いて、香水を選んでいた。


 まぁ語弊を承知で、乙女だから、身なり気になるのも致し方なし、か。


「ほら。夏美ちゃんも」


 クイクイと、量子が手招きする。


「私はこういったことに疎いモノで……」


 遠慮がちな夏美に、


「じゃあ私が選んであげる」


 量子は、爽やかに笑ってのけた。


 そんなわけで、かしまし娘は、やいのやいのと姦しく、香水を選んでいた。


 若いっていいね。


 振り向かないことなんだろうけど。


 ちなみに愛は躊躇わないことだ。


 いかん。


 夏美の影響を受けすぎてる気がする。


 懊悩する僕の視界で、量子と夏美が、香水を色々と品定めしていた。


「この香りはすごく好きです」


「ラベンダーだね。香りの弱い奴がおススメかな」


「そうなんですか?」


「日本人は体臭が薄いからね。あんまり濃い物をつけるとかえって逆効果。ほのかに香るくらいでちょうどいいんだよ」


「ふわぁ」


 量子の博識に、驚いているご様子。


「量子ちゃん」


 とこっちは秋子。


「これとかどうかな?」


「湖の香り。秋子ちゃんなら似合うかも。気に入った?」


「うん。良い香りがするよね」


「別に……」


 と云った後、声を潜める量子。


「高級ブランドじゃないんだから、自分の気に入った匂いを選べばいいよ。善し悪しは、この際自分の主観で選んで構わないから」


 それでも、パリで売っている香水だから、そこそこの値段はするんだけどね。


 もちろん、出費は、僕持ちだけど。


 夏美にも秋子にも、お世話になっているから、この程度の返礼は当然だ。


 というか、おにゃのこから、良い匂いがすると、それだけで男はクラクラするものなんですけど。


 僕も例外じゃない。

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