第142話きっと始まりが間違っていた1


「ダムダムショット!」


 音速の三十倍と云う、規格外の速度で、銃弾が発射されて、ゴッドニクシーがポリゴンの破片と砕け散る。


 これにてオーバードライブオンライン……そのヴェネチアエリアのクエスト達成である。


「順調に育ってきたね」


 クエストを終えて、妖精郷で茶をしばきながら、僕はミツナとコキアのステータスを確認して、そう言った。


「コキアさんパねぇ。すごく上手いよ。うちのギルドに所属しない?」


「特に興味は無いかな」


 涙無しでは語れない、スミスくんの肖像だった。


 で、紅茶を飲みながら、テラス席を飛び回っている妖精の一匹を捕まえて、悪戯していると、


「ルノワールの絵が見たいです」


 唐突にミツナ……夏美が提案してきた。


「はあ」


 意図を察せず、生返事。


「ダウンロードして観賞すればいいんじゃない?」


 一応、美術品や芸術品の類は、二次ェクトでも金銭取引が発生するものの、


「一般人にも美に触れる機会を増やすため」


 ということで、コピー品は、子どものお小遣いでも買える値段だ。


 さすがに、真作は、目玉が飛び出る金額。


 その辺は、今も昔も変わらない。


「美術品の価値は、いつになっても廃れない」――という良い証拠だ。


「どうせだからオルセーに行きませんか?」


「二人で?」


「皆で、です」


 ちなみに、この場合の「皆」は僕と夏美……それから秋子と量子が、含まれる。


 総一郎は……どうだかね。


「電子デート?」


「そうですね。さすがにリアルでパリに行く勇気はありません」


 ついでに、僕には、情熱も気力も無い。


「オルセーね……」


「駄目ですか?」


「いや、構わないよ」


 少なくとも、電子デートでなら、恋人の我が儘くらい、幾らでも聞いてあげられる。


「それから夜の食事をパリのリストランテでとりましょう? こっちは二人きりで。ワインをカチンとか。夜のセーヌ川を眺めるのも一興ですね」


 昼間は、和気あいあいと、皆で楽しんだ後、夜は二人きりの時間か。


「悪くないね」


 自然と、表情がほころんだ。


 パリの夜景は、夏美とのデートに、相応しいだろう。


「じゃあ行きますかオルセー」


「話がわかって助かります」


「恋人の我が儘を聞くのも彼氏の特権だしね」


 苦笑する。


「俺もついていって……あー……タイミング悪ぅ……」


 スミスは、言葉途中で、渋い表情になった。


「どうかした?」


「ギルドに呼ばれた。セカンド江戸エリア攻略に参加しろって」


 ご愁傷さま。


「じゃあ俺はこれで。コキアさん、またな」


「ええ」


 素っ気なく言ってから、スミスから視線を外し、茶を楽しむコキアさん。


 基本的に、邪険にしているはずなのに、スミス……総一郎くんはめげる様子が無い。


 いっそ本当のことを言ってしまえば、状況が解決するんじゃなかろうか。


 そんなことを思いながら、茶を一口。


「スミスも可哀想に」


 自然、そんな言葉が、口をついて出る。


「ハイドちゃんの方が百八倍格好いいからね」


「まったくまったく」


 幼馴染ーズが、僕を絶賛する。


「一応僕はVRオタクで、スミスはスクールカーストの天辺なんだけど……」


 どちらがリア充か、は明確に定義できる。


 僕はネト充だ。


 先述した通りの、VRオタクですから。


「ハイド……謙遜は時に皮肉ですよ?」


「そんなつもりはないけどなぁ」


 茶を飲んで、ほけっと言葉をもらす。


 だいたい自分の顔なんて毎朝(というと語弊があるんだけど)確認してるんだから、善し悪しの客観性を、持てようはずもない。


 秋子と量子は、ともあれ夏美が僕に惚れている以上、少しは「そんなものかな」って自覚くらいは生まれていたけど、基本的に精神が擦れているため、どうしても自重自虐が基準となってしまう。


 蓼食う虫も……という可能性も、ないではないのだ。


 僕としては、後者の方が、しっくりくるけど。


「そんなことないよ?」


 とコキア。


「そうなの?」


 と僕。


「ハイドちゃんは控えめな性格だから自認したくないかもしれないけど十分美少年の範疇なんだけどにゃ~」


 シリョーが、


「さも当然」


 と言ってくる。


「ハイドを好きな私たちを信じて」


「と言われましても……ねぇ?」


 とりあえず、


「それについては後世の研究家に任せるとして。デートの計画を立てよう」


 閑話休題。


「私はとりあえずオルセーに行ければいいかな?」


 とミツナ。


「はい!」


 と元気いっぱいにシリョー。


「香水選ぼうよ」


 せっかくのパリだしね。


「モンマルトル……とか?」


 これはコキア。


 芸術の都だね。


 成人してれば、シャンソン酒場にも行ってみたいけど、生き急ぐこともないだろう。


 そんなわけで、パリに行くことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る