第126話儚い夢の痕3


「きーじちゃん」


「お邪魔します」


 二人分の、乙女の声が、聞こえてきた。


 声から察するに、二人とも可愛い。


 嘘です。


 声の主の美貌を承知しているため、言える言の葉だ。


 一人は秋子。


 一人は夏美。


「早っ」


 夏美の登場が。


 まさか秋子と一緒にやってくるとは。


 秋子の方は、当然、朝食を作りに来たのだろうけど、


「あれ? 雉ちゃん起きてるの?」


「まぁ夢見が良かったもので」


「悪かったじゃなくて?」


「色々あるんですよ」


 秋子に言っても、面倒くさくなるだけだから封殺。


 沈黙は金だ。


「夏美までこの時間に登場するとは思わなかったけど……」


「…………駄目でしたか?」


 拒絶を怯えるような、夏美の瞳を覗き込んで、


「可愛い可愛い」


 頭を撫でてやる。


「雉ちゃん! 私も!」


「雉ちゃん! 私も!」


「やっかましい」


 幼馴染どもめ。


「あう……」


 と夏美は、純情に、頬を朱に染めて恥ずかしがった。


 閑話休題。


「朝食作って~」


「はーいはいはい」


 さも当然と、秋子は、エプロンを纏った。


 そして秋子と夏美が、キッチンに立つ。


「…………」


 ……ん?


「夏美も朝食作ってくれるの?」


「はい。秋子ちゃんに教わりながら、ですけど」


「雉ちゃんの恋人になるなら、家事万能にならないとやってけないよ?」


 耳が痛いね。


 あながち間違っているわけでもないけど、ホームヘルパー(昨今はロボットやアンドロイドが主流だ)を雇えば済む話なんだけど。


「よろしゅくおねぎゃいします秋子ちゃん」


 どうやら、師弟関係を築いたらしい。


 良か事良か事。


 そんなリリアンな関係の二人を見つめて、ダイニングで茶を飲む僕。


 梅こぶ茶。


 秋子が用意したものだ。


「雉ちゃん?」


「何でっしゃろ?」


「私の料理も食べてくれる?」


 ――データ存在が何言ってんだ。


 って話だけど、出来ないわけではない。


 調理と云う名の、料理の設計図を作って、量子変換すれば、データ存在の料理も味わえる。


 ただシステム的に完備されているため、どうしてもそこに手作りの温もりを加えることは出来ないのだ。


 ので、


「却下」


 一刀両断。


「私にも体があればなぁ」


 まぁニューロンマップを人体に移植すれば、体は持てるだろうけど……その場合『量子が量子で無くなってしまう』のだ。


 おいそれと決断できることではない。


 元より電子犯罪の検挙が第一義であるため、フィジカルに身を置くことは厳禁なのだけど。


「私に良い考えがある」


 こういう時の、量子の思考は、大抵ロクでもない。


「雉ちゃんは後始末が面倒だから、私を抱かないんだよね?」


「ですね」


 可愛いのは認めるし、美しく整った乳房とお尻の曲線には欲情するけど、


「電子世界でコトを致してどうする?」


 って話でもある。


「だったら電子世界にダイブする前にコンドー……」


「稼働停止」


 量子が全てを言い切る前に、僕は投影機と連動スピーカーを止める。


 結果として、量子の我が家での活動が、停止される。


「きーじーちゅあーん?」


 秋子が、僕をジト目で睨みやる。


 その隣で、せっせと包丁を繰っている夏美。


 こっちは調理に没入してるため、量子のたわ言を聞いていなかったらしい。


「僕のせいじゃないでしょ……」


 睨みやる秋子に、僕は肩をすくめてみせた。


「だいたい量子の言動は秋子だって知ってるだろうに……」


「そ~だけど~……」


 ま、納得できるなら、乙女じゃないよね。


 夏美は夏美で、


「別段春雉を誘惑するのは構わない」


 と公言しているため、秋子と量子に、遠慮は無い。


 秋子にしろ量子にしろ、背景があまりにあまりなため、精神的に僕に依存するのはしょうがないことだとしても、乙女心パワーは、その依存症を、『恋心』と勘違いしている節がある。


 その辺りの事情を知らない夏美は、


「想いや思い出の深さで私は秋子ちゃんと量子ちゃんには敵わない」


 なんて一線引いてるけど、純粋に僕を好きでいてくれる人間と云うのは、これはこれで希少なのだ。


 何も後ろ暗いことは無いはずなのである。


「ま、割り切るにも時間が要るか」


 そう呟いて梅こぶ茶。


 量コンに、ブレインユビキタスネットワークを通じて、信号が来る。


「何で隔離するの!」


「邪魔だから」


 主に、量子のドアホな言動が。

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