第125話儚い夢の痕2


「…………」


 チュンチュンと、雀が鳴く。


 朝早く、目を覚まして、僕は茫然としていた。


 何にって?


 さっきまでの、夢の内容に。


「懐かしいなぁ」


 ぼんやりと、呟いてみせる。


 小学校の頃には既に、先の夢のように、いつも秋子が虐められて、僕が慰める構図……が完成していた。


 春雉秋子結界の前段階。


 結局、それが秋子を追い詰めたんだけど。


「くあ……」


 欠伸。


 さすがに、こんなに早く起きるのは、例外だ。


 今が夏季休暇中とはいえ、秋子にたたき起こされるのが、僕の習慣であるからに。


「にゃ~」


 鳴きながら、寝室を出て、キッチンに向かう。


 牛乳を、コップに注いで、一気飲み。


 それから量コンを起動。


 ブレインユビキタスネットワークに接続して、ニュースを見る。


 今日の最高温度は三十九度。


 ……体温より高いのか。


 外に出るのは……やめておこう。


 元からインドア派なんですけどね~。


 虚しい。


 欠伸をしながら、リビングへ。


 自動でクーラーが入り、僕はソファに寝っ転がる。


 朝早く起きても、することがない。


 趣味が少ないのは、この際致命的だ。


 かといって、春雉と交換するわけにもいかず。


 秋子が朝食を作りに来るだろうから、それまでは何とかして起きていなければ。


 そんなことを思ってると、


「きーじちゃん!」


 女の子の声が聞こえた。


 僕を、


「雉ちゃん」


 と呼ぶのは現在二人。


 一人が秋子で、一人が、


「量子……」


 である。


 量子。


 正式名称……大日本量子ちゃん。


 電子アイドル(主に電子世界にて活躍するデータ上のアイドルの総称だ)の国内トップランカー。


 元が国家プロジェクトであったため、ありとあらゆるネットメディアを席巻。


 結果として日本国民のお茶の間(死語)に浸透してしまった。


 黒髪ツインテールに、茶目っ気たっぷりの瞳。


 愛嬌のある顔に、花弁の様な唇。


 つまり、


「ミケランジェロでもこうはいかない」


 という躍動的な美少女だ。


 結果として億を超える支持者を持つのだけど、何故か(というと明らかに語弊だけど)僕に惚れている。


 仕方ない事情があるんです。


「仕事は?」


「さっき終わらせたよ?」


「なんで水着姿?」


「夏だしね」


 現実のプールでは泳げないくせに。


「ま、さっきまでグラビア撮影だったから」


 あ。


 そういうカラクリ。


「雉ちゃん?」


「何でしょう?」


「デートしよ?」


「君のファンに言ってあげなさいな」


「だから雉ちゃんに言ってる」


「…………」


 まぁね。


 たしかに、ファンの一人だけども。


「生憎今日は外出する予定はないよ。熱いからね」


「じゃあ電子デート!」


「秋子の準備する朝食を、終えるまで待っててね」


「量子変換すればいいじゃん」


「秋子の機嫌も取らねば」


 もはや、秋子が、僕に、食事を提供するのは、ルーチンワークと云うよりレゾンデートルだ。


 愛い奴愛い奴。


「それに夏美も遊びに来るだろうし」


「むぅ」


 量子は一気に難しげな顔に。


「何か文句が?」


「まさかのイレギュラーだよ!」


「ラブストーリーは突然に」


 ってね。


「私は側室でもいいよ?」


「夏美に袖にされたら考えてあげる」


「雉ちゃんが好きだよぅ!」


「知ってる」


「う~……」


「デートはしてあげるから機嫌直して」


「二人きり?」


「…………」


「何で目を逸らすのよぅ!」


「はっきり言葉で聞きたいの?」


「う……」


 形勢逆転。


「とりあえず服を着用して。それが第一条件」


「にゃーっ!」


 憤激しながら、量子は明滅した。


 パッと、一瞬で、カジュアルな服装に変わる。


 ……立体映像って便利ね。

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