第117話届くあなたに贈る歌6
そして満漢全席を堪能した僕と夏美は、以前にも縁のある庭園を、縁側から眺めていた。
あの時は、傷心中の夏美を慰めるために連れて来たのだけど、今回は夏美からの提案だ。
「相も変わらず綺麗な景色ですね」
四季折々の花が咲く、左右対称の庭園は、言葉に出来ない美しさだ。
データ上のものとはいえ、シミュレーテッドリアリティと思えば、有難さは目減りしない。
さて、
「で、何の用?」
僕は縁側に座っていて……そのすぐ隣に座っている夏美に声をかけた。
「ここですよね……」
何が?
「原点が」
はて?
「春雉は、ここで私を慰めてくれました」
「フォローしただけだよ」
「うん。だから嬉しかった」
「恐悦至極」
「私の苦しみを受け入れてくれた」
「まぁそんな場合もあるさ」
「私の不満を叩きつけても受け入れてくれた」
「まぁそんな案件もあるさ」
「私の不条理を受け入れてくれた」
「まぁそんな状況もあるさ」
「よっ……と」
夏美は縁側から、庭園に降りた。
僕の視界の中で、ドレスを華やかせて、夏美は庭園の中を踊る。
歌と共に。
「私の想いは一方通行で、口ずさむのは届かないあなたに贈る歌。さあクラシックを奏でよう。イッツソングオブトラジックラブ」
『届かないあなたに贈る歌』
大日本量子ちゃんのニューシングル。
それを口ずさみながら、夏美は踊る。
風が吹く。
花弁が舞い散る。
無論プリマは夏美。
風に舞う花弁が、それを彩る。
「春雉?」
何でがしょ?
「春雉は優しいですね」
「そんな自覚はあらしまへんがなぁ」
ポリポリと人差し指で頬を掻く。
「春雉は私のことどう思っていますか?」
「可愛い女の子」
即答。
迷いも無く。
ま、迷う必要も無いのだけど。
「光栄ですね」
「ならよかったよ」
苦笑した。
夏美は花を摘んで、僕に差し出す。
ハイビスカスだ。
受け取ろうとする僕の手を、
「……っ!」
当然のように掴んで、自身へと引っ張る夏美。
そして、
「「…………」」
引っ張られた僕と、引っ張った夏美の、その唇がランデブー。
つまりキスをしていた。
一秒、二秒、三秒。
そしてキスは終わる。
「私の勝手だってわかっています」
夏美は悔恨の表情で、そう言った。
「でも春雉には知っていてほしかった」
何を?
「私が春雉を好きだということを」
フラグ……立てちゃったか。
わかっていたことではある。
「ごめんなさい。困らせることを言ってしまって……」
「なんで僕が困るの?」
「だって春雉は秋子ちゃんと良い仲でしょう? 少なくとも秋子ちゃんの方からは」
「ああ。それで二の足を。馬鹿だなぁ」
簡潔に納得する。
「え?」
夏美はポカンとした。
「だって春雉と秋子ちゃんはいつも一緒にいるし。ご飯だって秋子ちゃんが作ってるんでしょ?」
前にも言った気がするけど、だからって男女交際しているかは別問題だと思ふ。
「じゃあ春雉にとって秋子ちゃんって何?」
「都合の良い幼馴染」
「本当に付き合っていないの?」
「さっきそう言うた」
そして受け取ったハイビスカスを夏美の髪に沿えると、腕を掴んで引き寄せ、僕はギュッと夏美を抱き締めた。
「両想いだね。嬉しいよ」
「だって……秋子ちゃんに量子ちゃんが……」
「僕は夏美が好きなんだ。届くあなたに贈る歌……だね」
「嘘……っ」
僕は抱きしめた夏美に、キスをした。
それもディープな奴を。
夏美は唖然とする。
「春雉は……私が好き……?」
「そう言ったよ」
「秋子ちゃんでも量子ちゃんでもなく……?」
「そう言ったよ」
「でも私は……まな板で、ペチャパイで、ペッタンコで、スットントンで……」
「胸に貴賤は無いよ」
「私は春雉を好きでいいの?」
「少なくとも僕は夏美が好きだ」
「いつ好きになったの?」
「君の瞳から、透き通った涙が、こぼれた時」
あの時、思った。
この子は純粋だ……と。
「でも……そしたら今度は秋子ちゃんが泣くよ?」
秋子を異性と捉えることは、僕には難しかったりして。
そう云うと、今度は、夏美がキスをしてきた。
「夢みたい……っ!」
こっちのセリフだ。
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