第116話届くあなたに贈る歌5
「小俣」
場所は、僕の家の前。
僕が、玄関を開けて、外に出ると、夏美が待っていた。
赤いロングヘアーに赤い瞳……それから大きな胸。
きょぬー。
このことからもわかるように、現実世界じゃありません。
現実世界の夏美は、ペッタンコのスットントンだ。
着ている服は、桜色のドレス。
それがまた似合っていて……涙が出るね。
「待ってませんよ。時間通りですね」
夏美はチラリと視線を、余所へと振った。
視界モニタの時間を、確認しているのだろう。
こういうところは、現実世界だろうと電子世界だろうと変わらない。
ましてセカンドアースともなれば。
で、何故に、僕と夏美がセカンドアースで待ち合わせをしているかと云えば、公爵の屋敷を訪問するためだ。
時間と予定を摺合せて、予約をとった。
横紙破りとも言う。
公爵は朗らかだから、一も二も無く頷いてくれたけど、こっちとしては借りを作っているみたいで面白くない。
まぁ夏美のことを思えば、この程度は飲みこめるんだけどね。
公爵としても、「アリスが僕と会いたがっている」と言っていたし、本当は気にするものではないのかもしれない……。
その辺の意識の摺合せは、後日として、
「じゃ、行きましょか?」
「そうですね」
僕と夏美は、イギリスの公爵の屋敷に飛んだ。
時間は合わせたから、今のイギリスは昼。
日本とイギリスの時差は、九時間である。
一般的な豪邸より、二回り以上大きい豪邸の門を叩いて、
「お晩でやんす」
と声をかける。
さもわかっているとばかりに門は開いた。
開いた門の向こうには、一面広がる花畑。
そして、
「ウィータ!」
花畑から、ヒョコッと金髪碧眼の少女が、顔を出した。
「ウィータ! ウィータ!」
何が嬉しいのか少女……アリスは僕に駆け寄って抱き付いてきた。
「久しぶり!」
「ですね」
「もっといっぱい来てよ!」
「畏れ多くて……ね」
「お爺様もいっぱい来てほしいって!」
「恩着せがましいことはしたくないんだ」
「それをウィータが言う?」
それを言われると痛いなぁ。
「ウィータ。何して遊ぶ?」
アリスは、目をキラキラさせていた。
そんな喜ばれるほどの存在かね、僕は……。
ともあれアリスに悪いけど、今回は別件だ。
僕は、ツンと、アリスの額に、人差し指の切っ先を当てた。
「それはまた今度」
「あうう~」
「次は純粋に遊びに来てあげるから」
「約束だよ?」
「うん。約束」
「破ったら針五本飲んでね?」
その具体的な数字は、どこから出てきたんでしょう?
それから僕と夏美とアリスは、プレジデントに乗って屋敷を目指す。
これだけでも一苦労。
「ごめんね春雉」
「何が?」
「こんなことに付き合わせて」
「特に意識してるわけじゃないから大丈夫だよ」
僕は夏美の赤い髪を、ポンポンと軽く叩く。
「そっか」
愛い奴愛い奴。
屋敷に着くと公爵が待っていた。
「ようこそウィータ。間が開いてしまったね。もっと頻繁に会いに来てほしいよ」
「恐縮です」
「なんなら現実世界の我が家に招待してもいいくらいだ。今は目下夏季休暇中なのだろう? 時間は幾らでもある」
そうですけど……。
「まぁこうしてセカンドアースで招かれるだけでも畏れ多いですよ」
「何を気にする? アリスの……我が孫の大恩人が」
「それについてじゃありませんよ。単に後ろめたいことをしたくないというだけです」
「気にすることは無いよ。少なくとも私としては、ウィータには幸せになってもらいたい。もしも贅沢がウィータの幸福ならば、いくらでも享受させてあげたい」
「台所事情について不満はありませんよ。オドのネトオクと量子のサポートで稼がせてもらってますから。元来日本人は貧乏性でして」
「ノーミン……と言ったか」
「です。税を納めてお偉方の機嫌を取る習慣が身についてるんですよ」
苦笑する。
「何なら我が一族に組み込まれないか? ウィータなら見識も能力も申し分ない。血縁ばかりが縁者では……な」
「恐縮ですが辞退させてもらいます。肩のこることは好きじゃありませんので……」
「謙虚……と日本では言ったかな?」
そんな大層なモノでもないんですけどね。
「とりあえず馳走を用意しよう。ミス夏美? 中華料理は好きかな?」
いきなり話を振られて夏美は狼狽え、それからしどろもどろに答えた。
「抵抗はありません」
「よかった。では食事としよう。本来なら直に馳走したいところではあるが何分ウィータが恐縮するのでね」
「量子質量変換では駄目なのですか?」
「私はそうしたいのだが……」
「却下」
僕は一言で切って捨てた。
「とりあえずマンハンチュエンシーを用意してみた。楽しんでいただければ幸いだ」
結果だけ言えば美味しゅうございました。
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