第115話届くあなたに贈る歌4


「いただきます」


 一拍して、僕は食事を開始した。


 依然として場所は、似非ハワイ。


 で、ある程度のグラビア撮影の目処がついたので、夕食と相成った。


 電子世界で食事をとると、現実世界に多少なりとも弊害を起こすけど、こんな時くらいは構わないだろう。


「雉ちゃん?」


 これは量子。


 スススと、僕の傍に寄ってくる。


「私の水着どう? 似合ってる?」


「似合ってます」


 どうにも誠意を込められないのは、何だかな。


 けれども、


「そっかぁ。えへへぇ」


 量子は照れ照れ。


 一丁前に嬉しいらしい。


 まぁ喜んでくれるなら、それ以上は無いんだけど。


 可愛い奴め。


「雉ちゃんになら好きにしてもらっても良いんだよ?」


「現実世界で悲惨な目に合うので勘弁してください」


「いつもそれを言い訳にするよね」


 言い訳じゃないんですけども……。


 一時の快楽のために、パンツを汚すのは、シャレになっていない。


「じゃあさ」


「何?」


「事前に雉ちゃんがコンドームを装備して挑めばいいんじゃない?」


 その手があったか。


 でもなぁ……何と言うべきか……。


 僕にだって男の矜持はあるのだ。


 それに、


「雉ちゃん? 量子ちゃん?」


 ほらね?


 こうして目を光らせる御仁もいるわけだし。


「気持ちは嬉しいけど却下で」


 量子の頭を撫でる。


「ん……」


 気持ちよさそうな量子。


 目がトロンとしている。


「雉ちゃんは私の!」


「秋子ちゃんは口を挟まないで!」


 小犬と小猫の喧嘩だ。


 別にいいんだけどさ。


 僕は、仮想体験バーベキューの金属串を以て、アメリカ産の噛みごたえ抜群な牛肉を咀嚼するのだった。


 和牛とは違う意味で魅力的だ。


 和牛は柔らかさと甘さを追及しているけれども、アメリカの牛肉は噛みごたえ抜群。


 なんというか、


「肉を食っている」


 という意識が高まる。


 たまにはこういうのも有りだ。


 基本、日本食党で、胃袋を秋子に握られているんだけど。


「量子ちゃんは仮想人格じゃん!」


「はぁぁ!? 秋子ちゃんがそれを言う!?」


「事実じゃん!」


「だったら秋子ちゃんは……!」


「バルス」


 最後の言は僕のだ。


 手に持った串を、秋子と量子の瞳に突き刺す。


「「目がぁ! 目がぁ!」」


 仮想の痛みに悶える二人だった。


「暴走しないの二人とも」


「「雉ちゃん!」」


「あいあい」


「雉ちゃんは誰が好き?」


 本音としては、特に意識したことは無い。


「秘密と云うことで」


 我ながら玉虫色の回答だ。


「私となら、雉ちゃんは幸せになれるよ?」


 これは秋子。


 でもねぇ。


 秋子の宿業は重すぎる。


「私だよね?」


 これは量子。


 でもねぇ。


 量子の存在は軽すぎる。


「他に好きな人がいるの?」


 どうでっしゃろ?


 秋子と量子の気持ちがわかるだけに、何とも言い辛い。


 別に、


「繊細に扱うことでもない」


 と横柄に構えてはいるものの、


「余計な面倒事を発生させたくもない」


 というのも本音で。


「とりあえずバーベキューを楽しもう」


 玉虫色の言葉を述べたてまつる僕だった。


「う~」


「む~」


 納得いかないらしい。


 知ったこっちゃないけど。


 とりあえず……二人の好意はわきに置いといて、バーベキューに再参加する僕の視界モニタに、ピロリンという効果音と共に、メッセージが届いた。


 僕の眼がどうかしていないかぎり、差出人は「信濃夏美」と読めた。


「はて? 何の用でっしゃろ?」


 メッセージを開く。


「日にちは何時でもいいから、公爵の庭園に連れて行ってくれない? そこで話したいことがある」


 簡潔に、そう綴られていた。


 夏美の言っていた【時間のかかる厚顔なお願い】がコレを指すのであろうことは言われずとも理解できた。


 やれやれ。

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