第114話届くあなたに贈る歌3
「いいよいいよ~。髪かき上げて~。うん。いい感じ。笑って笑って」
カメラマンさんが、的確に指示を出して、被写体がそれに応える。
健全さと際どさが……ヒフティヒフティの水着を、被写体は着ている。
ぶっちゃけビキニ。
時間は昼。
場所はハワイ。
ただしグラビア撮影のため、今ここにいるのはスタッフさんたちとマネージャーと……それから僕と秋子と被写体だけ。
だいたい予想はつくだろうけど、被写体は大日本量子ちゃんです、はい。
セブンスガールという若者向け雑誌の巻頭グラビアに量子が選ばれた、とそういうわけ。
ちなみに量子が仮想体である以上、いま僕たちがいるハワイは、厳密に言わなくともハワイではない。
セカンドアースのハワイなら量子も行けるけど、この時期のセカンドアースのハワイは、地球人類の多くが集まるため、グラビア撮影には向いていない。
じゃあ何処かと云えば、ハワイとは名ばかりの、日本のとあるサーバに新規に構築された疑似ハワイである。
僕ら関係者以外だーれもいない。
正確には、僕と秋子は、関係者とは少しずれるのだけど。
そんなわけで、
「ハワイで仕事することになったから、仕事終わったら一緒に遊ぼ?」
と僕と秋子はゲストとして呼ばれ、疑似太陽がさんさんじりじりと肌を焼く中、波に揺られていた。
僕は水に浮かぶマットの上で『人間失格』を読んでいた。
ちなみに水着は無難な短パンもの。
柄はハワイらしい、目に痛い配色だ。
秋子は花柄ビキニ、パレオ付き。
豊満な乳房が、強調されてやまないけど、仮想現実であるため、この程度はどうとでもなる。
とは言っても現実の秋子も、アバターに負けず劣らず大きいんですけど。
ご褒美ですね。
誰にとってとは、そりゃ言わずもがな。
「雉ちゃん」
リング状の浮き輪を、腰のあたりに巻いて、バタ足で僕に迫ってくる秋子。
「泳ごうよ」
「めんどい」
快刀乱麻。
いや、一刀両断が正確か。
「なんのためにハワイに来たの?」
「泳ぐためでないのは確かだね」
そもそも論で語るならハワイですらない。
疑似ハワイだ。
サーバは日本国内に有るし、設計したのも日本人のエンジニア。
さらにツッコめば、車が車道の左側を走っている。
無念。
「一緒に遊ぼうよ~」
「泳ぐの苦手なんです」
「溺れても死なないじゃん」
そう云う問題でしょうか。
言ってることの正当性は、わかるけど。
「私が泳ぎ方教えてあげる」
「いや、水に顔を付けるくらいは出来ますよ?」
「そこから!?」
「冗談」
ペラリと『人間失格』のページをめくる。
「クロールは苦手だけど平泳ぎなら二十五メートルくらい完泳出来ます」
「だよね」
「問題はソレに体力が追いつかないことだね」
もやしっ子の宿業だ。
「だからこそ此処でなら、いっぱい泳げるでしょ?」
「さもあらばあれ」
しょうがないなぁ。
「では」
僕は『人間失格』をフェードアウトさせ、水中に身を置いた。
ちなみに量子は、汀で波と戯れながら、カメラのフラッシュを一身に浴びている。
元より体つきが良いため、水着が映えると云うものだ。
「きーじーちゃん?」
「何でっしゃろ?」
「量子ちゃんのこと見てた」
「それが何か?」
「私の水着の感想を聞いてない」
「似合ってるよ」
即答。
「そう?」
紅潮する秋子。
誠意なく言ったつもりだけど、満更でもないらしい。
「雉ちゃんもかっこいいよ?」
「まぁアバターですけん」
白髪赤眼のアルビノ。
さらに中肉中背の細マッチョ。
いいでしょ。
仮想空間でくらい見栄はっても。
現実と比べてしまって、時折悲しくはなるけども。
「スキューバダイビングしようよ!」
「まぁ良かですばってん」
そんなわけで(電子世界ではあれども)スキューバを背負って、僕と秋子は水中探検をすることにした。
現実世界とは違い、水中でも意思疎通が出来るため、コンタクトには事欠かない。
色とりどりの魚たちを追いかけたり、サンゴを観賞したり。
こういうところはハワイらしい。
スキューバの酸素供給は無尽蔵であるため、幾らでも水中に潜っていられる。
こういう時、電子世界は便利だ。
「雉ちゃん雉ちゃん」
「あいあい」
「サンゴ持って帰れないかな?」
データ上のサンゴの何に、価値を見出したの?
言ってやらないけど。
ちなみにサンゴって虫でありながら、二酸化炭素を吸収するらしいですね。
何でも、現状サンゴの保有する全二酸化炭素を地上に開放すれば、地球温暖化が急加速する程度には。
まぁ、また、そもそも論になるけど、地球温暖化はプロパガンダに過ぎないんですけども。
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