第64話コの字デート1
日曜日。
その朝。
事後確認において午前十時くらい。
「雉ちゃん起きて!」
「週末ぐらい寝かせろぃ!」
「今日はいい天気だから布団干すの!」
「来週でいいじゃん!」
「それは先週聞いた! 今週はもう駄目!」
「ファ○リーズで妥協してください!」
「どっちにしろ軽食が出来てるんだから起きてもらわなきゃ困るの!」
いっそ秋子を我が家から追放して、ホームヘルプオートマタを賃貸するべきか。
悩んでしまう僕だった。
無論、秋子に言ったら卒倒されるだろうから、口にはしないんだけど。
「あ~う~」
根負けしたのは僕の方。
秋子はテキパキと布団をベランダから外気に晒して、パンパンと叩く。
君は僕のおかんか。
いや……まぁ……炊事に掃除に洗濯に、と両親を失った土井家をフォローしているため、ある種のおかん(に限りなく近い存在)には違いないんだけど。
それからバタバタと家中走り回って、布団のシーツを洗濯したり、風呂場のカビを根絶したりと八面六臂の大活躍。
僕はと言えば、秋子にしては珍しく和食ではなかった。
適温になっているコーヒーと牛乳とグラノーラ。
「まぁ体にはいいけどさ……」
僕は大皿に盛られているグラノーラに牛乳をかけて、
「いただきます」
と一拍。
スプーンですくって、グラノーラをザクザクと噛み潰す。
「雉ちゃーん」
と遠い声が聞こえてくる。
なんでっしゃろ。
「皿は水場につけといてね。すぐ洗うから」
支配されてるなぁ。
僕は秋子に。
「あーい」
と遠い返事をしてコーヒーを飲む。
それから量コンを起動させて、ブレインユビキタスネットワークに脳を接続。
テレビ番組(というと盛大に誤解を招くのだけど)を見始める。
日曜朝の生放送に量子が出ていた。
名目上はニュース番組と主張されているけど、実質的にゴシップ歓談番組だ。
故に、寒いギャグやリアクションの横行するモノ……と堕してるけど量子には、これくらいの空気の方が似合っているのも確かである。
「量子ちゃんは好きな人とかいないの~?」
ニュースキャスターが朗らかに量子に質問していた。
他の出演メンバーも和気あいあいとしている。
おい。
ニュースはどこ行った?
まぁ硬派なニュース番組が視聴率を取れる時代ではないから、仕方ないと言えば仕方ない。
結局のところ、
「水は低きに流れる」
ということなのだろう。
「え~? 好きな人ですか~?」
怖気づいたように量子。
僕と秋子は知っている。
それが演技であることと、量子が誰を好きなのかを。
が、んなことを生放送で暴露しても、一銭の得にもならないどころか、国家プロジェクトに甚大な被害を受けることがわかりきっているため、
「私を応援してくれるファンの人たちが私の恋人です!」
にこやかかつ無難に質問を躱す。
「じゃあじゃあ。好きなタイプは?」
出演者の一人……大学教授が問うてくる。
だからニュース番組はどこ行った?
「好きなタイプですか……。そうですねぇ……」
しばし悩むふりをした後、
「電子犯罪を起こさないぞって気持ちを持った人……ですね!」
嘘つけ。
いや本音を言われるよりいいんですけど。
「量子ちゃんのおかげで日本は平和だよね~」
番組に出演している、某男子アイドルグループのリーダー格の男性が、苦笑していた。
「でもでもぉ。『人権侵害だ』って怒られることもあるんですよぅ。私も怖い目に合ってるんです」
あざといなぁ。
さすがアイドル。
「多分その人、後ろめたいことがあるんだよ。公明正大な人なら量子ちゃんに監視されても問題ないわけだし」
「ですよね~。最近の電子ドラッグ服用者に直接言われたんですよ。でもでも監視して電子ドラッグの服用を止めたのに怒られるって理不尽なんです。私、泣きたい気分なんですよ~」
まぁ日本だけじゃなく、今じゃ世界中が管理社会と化しているから、どうしても犯罪は根の深い所に隠れなきゃならないんだけどさ。
「雉ちゃん?」
秋子がエプロン姿で腕の裾をまくって僕に問うてきた。
「ああ、ごめん。ニュース観ててね。何?」
「コーヒーのおかわりは……って」
気づけばカップの中のコーヒーは干されていた。
「おかわり頂戴」
「うん」
秋子は嬉しそうだ。
犬の耳と犬の尻尾が、ピコピコパタパタ動くのが幻視出来る。
「そう言えば昼食はどうする? 何か食べたいものある?」
「じゃあ寿司」
「私には無理だよぅ」
「量子質量変換でいいでしょ」
「散財するのもよりけりだよぅ」
「節税対策の一環ってことで。たまには接待費用に使わないとネットマネーは存在するだけで課税対象になっちゃうから」
こういうところは管理社会のデメリットだ。
もっとも要するに課税されないように、稼がなければ済む話でもあるんだけど。
どうしても仕事の方がやってくる。
業が深いなぁ。
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