第61話ちょっとした深刻な変化4


 昼休み。


 相も変わらず雨は降っている。


 けれどザーザーがしとしとになるくらいには鳴りを潜めてもいた。


「きーじちゃん」


 秋子はご機嫌だ。


 髪の揺れから胸の揺れにまで喜色が弾んでいる。


「ご飯食べよ?」


「わかってるけどね」


 僕はコーヒーを飲みながら安直な返し。


「ちなみに今日の昼食は?」


「親子丼!」


「でっか」


 無難だけど秋子の親子丼は美味しいしね。


 で量子質量変換で親子丼が二人分具現化する。


 丼を見て、


「…………」


 沈黙。


 親子丼には違いなかった。


 ただし鶏肉と鶏卵ではない。


 サーモンとイクラの海鮮親子丼だ。


 産地直送らしい。


「何故にこんな豪華?」


「だって雉ちゃんオーディンセットの落札で、紺青家にお金入れてくれたでしょ? 少しは還元しろって両親が」


 おじさんとおばさん……ね。


「毎度言ってるけど気にしなくていいよ?」


 僕が言う。


「毎度言ってるけど気にしなくていいよ?」


 秋子も言う。


 まぁ今更却下も無いから食べるしかないんだけど。


「別に恩を着せたくてしてることじゃないんだけどな」


 僕が言う。


「別に恩を着せたくてしてることじゃないんだけどね」


 秋子も言う。


 でっか。


「ほら。夏美ちゃんも席寄せて」


 秋子は夏美と僕との机を接着させて三人での昼食空間を作った。


 夏美も秋子と同等か、それ以上の美貌を持つ。


 ルビーを溶かして染め上げたような鮮烈な赤髪が何より印象的な美少女。


 で、そんな二人を独占しているのだ。


 海鮮親子丼の味がわからなくなるほど繊細ではないけど、わさびの辛みを忘れるほどには後ろめたい。


 いいんですけどね別に。


 そんなこんなで三人で昼食をとっていると、


「俺も混ぜてもらっていいか?」


 総一郎の声が聞こえた。


 秋子が目を細くし、夏美が紅潮する。


「別に構わないけど友達付き合いはいいの?」


 海鮮親子丼をもっしゃもっしゃと頬張りながら僕。


「いやまぁたまには良いだろ? 新生ギルド『イレイザーズ』のギルドメンバーとして親睦を深めるのも」


 何にでも言い訳ってものはあるんだね。


「お、秋子さんの丼美味しそうだね。自分で作ったの?」


「この程度なら誰でもできます」


「でも匂いから鑑みるに醤油じゃなくて出汁でしょ? オリジナル?」


「ネットのレシピに乗ってますよ」


「でもすげえって。普通そこまでしないって」


「褒め言葉ととっておきましょう」


「今度教えてくれない?」


「レシピの乗っているアドレスくらいなら」


「そうじゃなくてさぁ……」


 やいのやいのと総一郎が喋る。


 よくもまぁペラペラと舌が回るものである。


 こういうのをコミュ力が高いと云うのだろうか?


 なんというか女子の扱いに長けている風だ。


 そっけない秋子にめげずに話しかけている辺りに、それは感じ取れる。


「…………」


 夏美はオロオロしていた。


 さもあろう。


 憧れのクラスメイトが同席して、別の女生徒に夢中ともなれば、慌てて当たり前だ。


 僕には関係ない案件だからかかわらないけど。


 もしゃもしゃと海鮮親子丼を頬張る。


「秋子さんいつも私服は何処で買ってんの? 今度モールに新しいブランド店が出来るらしいんだよね。一緒に行かない? なんなら奢るし」


「興味ありません」


「ならアイス屋とかどう? ちょっとお勧め知ってるんだけど」


「私より夏美ちゃんを誘ってください」


「夏美さんもね。どう? イレイザーズで親睦深めない?」


「あう……」


 困惑と歓喜。


 背反する二つの感情が透けて見えた。


「そういえばシリョーさんって……この学校の生徒?」


 いいえ。


 違います。


 面倒だから言わないけど。


「デート……ですか……」


 これは夏美。


「そうそう。ちょうど男子二人に女子二人だしさ。良い案だと思うんだよね」


 ケラケラと総一郎が笑う。


 チャラい。


 それが僕と秋子の持つ印象だった。


 目と目で通じ合う。


 秋子はうんざりしていた。


 僕にしかわからないサインで。


「というわけでイレイザーズ内親睦会決定。異論反論は認めない。いい?」


 異論反論を認めないなら確認とる必要も無いでしょ。


 秋子が小さく嘆息するのだった。

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