第31話超過疾走症候群4


「ん。むに……」


 意識が現実に回帰する。


 場所は僕の家。


 その寝室。


 辺りはもう暗かった。


 明かりが寒々と部屋を照らしている。


 フニュン。


 そんな感触。


「フニュン?」


 僕は右腕を動かせないことを知る。


 右を見る。


 コキア……いや秋子がいた。


 黒髪ロングの大和撫子。


 艶やかな髪。


 愛嬌のある二重瞼。


 愛らしいまつ毛。


 桜の花弁のような唇。


 そして僕の右腕にフニュンとした感触。


 大きな乳房が押し付けられていた。


「くぁwせdrftgyふじこlp!」


 言葉にならず。


 しかして仰天。


「ん……むに……」


 秋子もオドをログアウトしたのだろう。


 意識を取り戻される。


 いけない。


 色々と動揺してる。


「おはよ。雉ちゃん」


 罪の意識なぞ全く無い。


 どこまでも嬉しそうに秋子は目覚めの一言を述べた。


「とりあえず離れる!」


 秋子が抱き付いていた僕の右腕の自由を多少乱雑ながら取り戻して抗議する。


「なんで僕のベッドで寝てるのさ!」


「一緒に寝たかったから?」


 何をそんなに怒っているのかと秋子。


 駄目だ。


 火星人とだってもうちょっとコミュニケーションとれると思う。


「自分の家でログインしてよ……」


「少しでも雉ちゃんと一緒に居たい」


「…………」


 光栄では……あろうけど……。


 でも……ねぇ?


 言っても詮方無きことか。


「秋子。お茶淹れて……」


「はいな」


 ルンと嬉しそうに起き上がると、秋子はキッチンへと消えていった。


「やれやれ」


 僕は後追いでダイニングに顔を出す。


「緑茶でよかったかな?」


「構わないよ。秋子のお茶は美味しいしね」


「えへへ」


 こういうところは可愛らしいんだけど……。


 お茶を飲みながら僕は電子世界に意識の一部を割く。


 量子ちゃんの監視下の元で隔離スペースを作ってアドレスの作成。


「もしもし?」


 ブレインユビキタスネットワークを介して夏美に連絡を取る。


 ズズと茶をすすりつつ。


「ハローです」


「とりあえずアドレス。隔離ルーム作っといたから」


「はーい」


 そして通信を切る。


「雉ちゃん雉ちゃん」


「なに?」


「何か夜食はいる? 何でも作っちゃうよ?」


「いらないかな。それよりアドレス」


 ブレインユビキタスネットワークを介して秋子の脳に隔離ルームのアドレスを送る。


「ここに飛べばいいの?」


「そゆこと」


 そして僕自身も意識の一部を割いて隔離スペースに飛ぶ。


 二次元アバターが仮想空間に現れる。


 秋子と夏美は3Dのアバターだった。


 まぁ不都合が生じるわけじゃないんだけど。


「で? 何をするんです?」


 全背景真っ黒な隔離スペースを見渡して夏美。


「脳力の並列化」


 いっそ簡潔に僕は言った。


「脳情報の並列化……ですか?」


 わかってるじゃん。


「一級電子犯罪じゃないですか!」


「ま~ね~」


 コクコクと頷く二次元アバター。


「量子ちゃんが黙ってませんよ?」


「それについての心配はいらないかな」


「何故です?」


「まぁ色々ありまして」


 説明のしようがない。


 それが本音だ。


 それからイメージコンソールをカタカタと操作して秋子と夏美の脳情報アップデートのソフトを作り、頒布する。


「このソフトは何です?」


 警戒が先に立った夏美が問う。


「オドの超過疾走システムの意識改ざんソフト」


 僕は平然と犯罪を口にした。


 ちなみに秋子は疑うこともなくソフトをインストールしている。


「使っていいんですか?」


「大丈夫。それについては全面的に保証するよ」


「はぁ。では……」


 そして夏美もソフトをインストールした。


 良かれ良かれ。

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