第15話彼女の事情8
さて、
「ご馳走様でした」
僕は鮭茶漬けを食べてお腹をくちくした後、犠牲への感謝に一拍した。
「お粗末様でした」
ニコリと秋子が笑う。
黒髪ロングの大和撫子然とした子だ。
青い髪のアバターではなく実物の秋子である。
セカンドアースでのデートも滞りなく終わり、ログアウトしてファーストアース……つまり現実世界に帰ってきた次第。
紺青さん家に刺身を送って、それから僕と秋子は秋子お手製の鮭茶漬けで夕食とすることになるのだった。
いやぁ紺青さん家には頭が上がらない。
無論、足を向けて寝られない。
「気にしないで」
とは秋子の言だけど無茶ってものだ。
なお罪悪なのはその上での僕の秋子に対する扱いである。
なんだかなぁ。
本人が望んでやっているから強くも出られないわけで。
それに浸っている自分を否定も出来ないわけで。
「雪に綴る足跡。今は平行だけど地平線の向こうで一つに成れる」
今流行りのJポップを唄いながらカチャカチャと秋子は食器を洗う。
アーティフィシャルインテリジェンスおよびヘルパーロボットが高性能化した現代において人間が家事をする必要は必ずしも無いのだけど、
「とかく雉ちゃんのお世話をしたい」
という秋子の意見に水を差すのも何なので僕は甘えている。
「何だかねぇ」
湯呑に口をつけて傾ける。
梅こぶ茶が喉をスルリと通過する。
うん。
美味い。
そんなこんなで、
「雉ちゃん。お風呂入ったよ?」
「あいあい」
あらかた片付けた後に、お風呂を勧めてくる秋子。
当然ながら風呂掃除もお湯張りも秋子の仕事。
で、その対価として、
「いいお湯だね雉ちゃん」
僕は秋子と風呂を一緒にするのだった。
どっちも全裸。
ちなみに僕の上半身についてない物が秋子にはついていて、秋子の下半身についていない物が僕にはついている。
けれどニャンニャンはしない。
別に不能じゃないですよ?
女性に興味が無いわけでもないですよ?
ただ秋子が例外ってだけで。
秋子は僕に体を重ねて入浴している。
お互いがお互いに向いた状態で。
ムニュウと秋子の乳房が僕の胸板に押し付けられている。
当然わざとだろうけど気にしても仕方ない。
「雉ちゃん?」
「なぁに?」
「夏美ちゃんの話、本当だと思う?」
「?」
さすがに意味がわからない。
「だから……その……墨洲さんをダシにして雉ちゃんに近づこうとしている……とか」
「あー……」
秋子にしてみれば危惧の対象と云うわけだ。
「そればっかりは夏美の脳にクラッキングしなきゃわかんないよ」
「……そうだけど」
「それより本当に秋子もオドをプレイするの?」
「駄目?」
……とは言わないけど。
「雉ちゃんと夏美ちゃんを二人っきりにしたくない」
さいでっか。
「そもそも結末は占えているの?」
「というと?」
「雉ちゃんが夏美ちゃんのオーバードライブオンラインのコーチをするのはいいとして……ならどこまで手伝ってやるつもりなの?」
「そこまで考えてなかったなぁ」
「でしょ?」
秋子は黒い瞳に憂鬱を乗せる。
「VRMMOに慣れるまで? 夏美ちゃんのレベルがある一定に上がるまで? それとも墨洲さんのギルドに入会できるまで?」
「多分最後者じゃないかな?」
「うー」
秋子は拗ねた。
「雉ちゃん? きっと夏美ちゃんはデザイナーチルドレンだよ?」
「知ってる」
なにせ髪も瞳も赤いし。
それも朱色に近い鮮烈さを持った赤色だ。
当然ながら日本人の子どもが自然出産でそんな色になるわけもない。
だからって差別するわけでもないけど。
そんな僕の意図を当然ながら秋子は察しうる。
「雉ちゃんは優しすぎるよぅ」
不満爆発だった。
「そうかな?」
少なくとも僕自身は自分が残酷だと定義してるんだけど。
例えば秋子への気持ちとか。
口に出しては言わないけどさ。
その辺りも救い難い。
「別に一緒にゲームしようってだけでしょ?」
「雉ちゃんに他の女の子が近づくのが許せないの!」
それも知ってる。
そもそも春雉秋子結界は秋子が意識して創ったモノだ。
僕を手放さないように。
僕を独り占めするために。
そして……僕を言い訳にするために。
お世話されている手前こっちとしては邪険に出来ないのも事実なんだけど。
「とりあえず明日から始めるから。アカウント作っててね?」
「うん……」
ムニュッと巨乳を僕の胸板に押し付けて肯定する秋子。
虚しいね。
お互いにさ。
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